第2話 狗子仏性

峠で野良犬が歩いている。

「腹でも減ってるのか」

侍は残った昼飯を与えた、小柄で雌犬のようだ。


「まだ追いつかないか」

先を急ぐ事にする。

今は、敵討ちのために上役を追いかけている。


敵討ちの理由は、密通だ。

その日は、たまたま体調が悪く

家に戻ると妻が布団で寝ていた。


「どうした」彼が声をかけると、布団から

驚いた男が立ち上がる。

上役だった。

反射的に刀を抜くと、上役はほぼ裸のまま逃げる

妻は驚いたまま凝視をしている。


「なぜだ」と問いかけるが黙ったまま部屋を出た。

追いかけると、

自室で妻は喉をついて自害していた。


【女敵討ち】が認められる。


山奥の藩で、一番早く他国に逃げられる道は

一つしかない。

他の道ならば遠くに逃げてしまうだろう。

今はこの道と決めて

先を急ぐと、犬が吠え合っている。

三匹居る。


二匹は雄同士のケンカにも見える

小柄な雌犬が、そばで見ている。

「犬ですら、女で争うのか」

吠え合う犬は、うなるだけで噛み合うまではしないようだ。


後ろで声がした

「貴殿に決闘を申し込む」

上役だ。

ゆっくりと振り向いて侍も刀を抜く

力量は相手の方が上だ。

侍は、自分が敵(かたき)を追い抜いた事を悟った。

待ち伏せされたのだ。


対峙して気合いとともに

何合か打ち合う。

「わんわんわん」

犬が一斉に吠えだした。

なぜか上役を吠えている。

気が散る上役の隙をねらい、右手を切り落とす。


「なぜだ」

理由が知りたかった。

上役は「お前の昇進を頼んできたのだ」

無言でとどめを刺した。


犬たちはもう居ない。

「さっきの飯の恩返しか」


妻がなぜ自分の昇進のために、体を許したのか

それほど愛されていたのか

家のためだろうか


ぼんやりと上役の死体を見た。

「犬なら殺し合いはしないな」

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