第8話 今度は、地元警察署からの電話

 新年度への体制移行もほぼ終了し、落着きを取り戻しつつあったよつ葉園に、よつ葉園のある場所を管轄している岡山X警察署から電話が入った。

 かけてきたのは中年の警部補で、しかもよつ葉園と幾分縁のある人物。

 その時すでに、16時過ぎ。

 そろそろ、子どもたちも相次いで帰ってくる頃。


「わたくし、岡山X警察署の品川といいます。山崎先生はいらっしゃいますかね?」

「はい、山崎は本日出勤しております。少々お待ちくださいませ」

 席を外していた山崎指導員は、女性事務員に促され、電話に出た。

 

「お待たせしました。御無沙汰しています。山崎です」

 品川警部補は、今回の電話の用件を話した。山崎指導員とは旧知の間柄で、くすのき学園の時代から入所児童のことで職務上関係があった。くすのき学園の頃の管轄はW署だったが、今のよつ葉園の管轄はX署。なぜか、山崎指導員の職場のある場所と勤務先の所轄が同じ時が多く、養護施設がらみのことでたびたび接点がある。


 山崎先生、ご無沙汰しております。くすのき学園がらみでW署在職中よくお世話になった品川です。お久しぶりです。実は先生、御存じの人物だと思いますけど、宮木正男という26歳の男性が、岡山駅周辺で行き倒れになっておりましてねぇ。昨晩から駅前のサウナの前でへたり込んでおりまして、今朝の5時ごろにたまたま通りかかったサウナの従業員の方が発見して、うちに連絡をくれました。とりあえずうちで休ませて、事情をいろいろ聞いて、こちらもいろいろ調べておりましたところ、よつ葉園さんの出身だとわかりました。それはいいのですが、彼、聞くところによりますと、一度、兵後県北のⅩ市でも行き倒れになって、そのときは父親を頼って大阪に出たと言っておりますが、そのときにも山崎先生に電話をかけて身元引受をやってもらおうとしたと、担当だった高田正三さんというⅩ署の方から照会がありまして、その件で今朝照会を求めましたら、ちょうど高田さんもおられて、事情をお聞きしたら事実であると判明しました。

 その後彼、大阪に戻って、しばらく父親のもとに身を寄せていたそうですけど、結局、居辛くなったのか、また岡山に出てきて、昨晩あたりから岡山駅近辺をうろうろしていたようです。所持金も今、手元に200円あるかないかです。

 それでもって、今朝からいろいろ彼に話を聞いておりますと、どうも、中学時代からの知合いに会おうとしても会えなかったり、相手にされなかったりで、いよいよ頼る場所がなくなったからどうしようかという話でねぇ。大槻先生や尾沢先生のお名前が出るかと思いきや、お二人には頼み辛いのか、あるいは余程気に入らんことでもあったのか気に入られてないのか、あの人らだけはやめてくれとまで言うわけですよ。高田さんと違って私は御存じのとおり地元の者で、大槻園長や尾沢さんも存じ上げていますしね、何よりよつ葉園にずっとおられるのはあのお二人ですから、身元引受はともあれ、まずはそちらに話でもしてみたらと思って、彼に尋ねてみたのですが、とりつく島もなかったですわ。そんなこんなで、彼、またここでも山崎先生のお名前を出してくるものですから、申し訳ないですけど、このたびも電話させていただいた次第です。

 山崎先生のほうにも御事情があるでしょうし、正直、下手に受けられると後々厄介なことにもなりかねませんから、こちらからは言い辛いのですけど、おいかがですかね?


 品川克也警部補は、岡山市内の商売人の家の出である。大学に行けないこともなかったが、さして勉強が好きではなかったことと、できるだけ早く社会に出て稼ぎたいという思いがあって、高校卒業と同時に警察官になって20年以上になっていた。

 警察官になったのは、高校まで剣道をしていて、警察関係者と一緒に稽古をすることがあっていろいろ話を聞いていたというのもあるし、実際、彼の通っていた名門男子高の先輩で高校卒業後警察官になった人が何人かいて推薦してくれたというのが、その大きな理由。警察官になった後も剣道を続けており、国体出場経験こそないものの、剣道の大会でも県レベルならそれなりのところまで行く力があった。

 現在もなお、近所の剣道場で少年たちに剣道を教えていると同時に、県警の柔剣道の師範もしている。

 よつ葉園の山崎指導員の同僚の尾沢康男指導員とも面識があるが、こちらは、剣道の練習試合や大会などで会うことが多い。

 彼は数年前、いわゆる「厄年」を、何とか無難に乗り切った。40代半ばであるから定年を考える年齢でもまだないが、先はおおむね見えつつある。何より彼は、警察官という仕事が「好き」である。捜査の第一線にいたこともあるが、今はそれとは少し外れた部署に所属中。

 彼には息子と娘が一人ずついて、それぞれ大学生と高校生。もう少しで、二人とも社会に巣立つところまできた。


 彼の実家は、3歳下の弟が継いでいる。

 彼は大学まで行った。それで得られた人脈は今の商売に役立っていて、そのおかげもあってか、商売は順調。

 すでに結婚していて、今は小学生と中学生の息子と娘2人がいる。どちらも特に家庭上の問題はない。

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