行き倒れ 後編 ~ 育った街の駅前にて

第7話 早朝のパチンコ屋の軒先から

 ありゃー、こんなところに人が倒れとるがなぁ・・・。


 1996年の春先のある日の、朝5時前。

 早朝からの勤務となっていた駅前のサウナの従業員D氏が、職場のあるサウナの下にあるパチンコ屋のシャッターの前に、ジャンパーを着てうずくまるように寝ている若い男性を発見した。

 このあたりでは見かけない人物だなと、彼は思った。

 とりあえず、職場の事務室に行ってタイムカードを押し、引継ぎを兼ねて深夜勤務の男性従業員F氏と連れだって階段下の若い男が寝ているところに行こうとした。

 ちょうどそのとき、顔見知りの中年の男性客が店にやってきた。

 彼はその日、朝7時台の新幹線で東京に出張に出向く前に、サウナでひと風呂浴びて行こうとしていたという。


「おい、あんた、階段の下で、若い男が寝とるで」

 男性客も、パチンコ屋のシャッター前の路上で寝ている若い男を見かけていた。

「やっぱり、まだいますか。とりあえず、今から警察を呼びますわ。そうじゃ、D君。外はまだ寒いから、着替えるのはあとでいい。警察の人らが来るまで、その服のままでいいから、下で待機して、警察の人が来たら事情を話しといてくれるか?」


 春先とはいえ、いや、だからこそ、早朝はまだ肌寒いものである。いくら温暖な瀬戸内地方の中心都市の岡山とて、それは同じ。

 仕事着に着替えてしまうと、とてもではないが外で長時間耐えられるとも思えない。まだ着替えていない彼にしばらく立会ってもらえば、警察が来るまで何とかなるだろう。こちらも、フロントの仕事をしないといけない。


「わかった。じゃあF君、フロントをよろしく」

 深夜番のF氏は、中年の男性客のチェックイン手続きを手早く済ませるとすぐに、フロントの電話から110番通報をした。

 さっきの客は、ロッカーで服を脱いで、サウナ室に入っていった。

 まだ仕事着に着替えていない早番の従業員D氏は、そのまま階段下に降りて、警察の到着を待った。

 青年はまだ、横になったまま動こうともしない。

 仕方ない。しばらく待つしかなかろう。

 確かに彼、このあたりでは見かけないが、どこかで見た気がしないでもない。

 D氏は、シャッターに寝転がって寝ている青年の顔をしげしげと見つめて、ふと、あることを思った。


 程なくして、数人の警察官が、パトカーに乗ってやってきた。

 早朝で交通量もほとんどない。到着まで、わずか数分。

 パトカーは、サウナとパチンコ屋がある建物の前に停められた。

 駆けつけた警察官は3人いた。運転手以外の二人が手分けして、一人は従業員D氏に事情を聴く一方、もう一人は寝込んでいる若い男を起こし、パトカーに乗せた。そして彼らは、所轄の警察署へと戻って行った。

 特にサイレンを鳴らすほどのことでもない。パトカーは、静かに駅前商店街のアーケードを進み、所轄の警察署へと去っていった。

  早番の従業員D氏は、警察が去ったのを見届けて、サウナの仕事場に戻った。


 それから約2時間弱経った午前7時前。

 さっきの常連客が、サウナのある風呂場を出て身支度を整え、チェックアウト手続のためにフロントにやってきた。

「さっきのオニイチャン、大丈夫だったか?」

「ええ、所轄の警察署の人がパトカーで連れて行ってくれました」

「そうか・・・。無事だと、いいけどな」

 常連客氏はそう言い残して、新幹線ホームへと向っていった。


 あれ、ひょっとして・・・?

 ふとD氏は、中学時代、確か3年生のとき同じクラスにいた人物を思い出した。


「よつ葉園からS中に来とった、あいつかもしれん。なんかよく似ている・・・」

 彼は特にその同級生を知らないわけでもなく、話したことも何度かあった。特に喧嘩をしたこともなかった。小学校はよつ葉園の移転先の小学校とは別だが、中学から一緒になった。1年生のときは体育や技術などの授業で一緒だったが、クラスまで一緒だったのは3年のときだけ。

 中学卒業後は、高校もまったく別で、一度も会っていない。

「しかし彼が宮木だとして、なんで、こんなところに来て寝込んだりするかぁ? 酒でも飲んだ後の帰りにしては、えらい貧相な身なりじゃったし、なぁ・・・」


 このことは彼の職場の同僚には誰にも話さなかったが、自宅に戻って卒業アルバムを見直してみた。確かに、あの青年の風貌と中学時代の宮木正男という少年の写真は、どこか共通した雰囲気があるようにも思われた。

「あいつじゃとしても、わしからは、何にもしてはやれんわなぁ・・・」

 彼はそうつぶやいて、そっと卒業アルバムを本棚に戻した。

 そうは言っても、何やら気になって仕方がないD青年は、S中学で担任だった山口光男先生の自宅に電話してみた。山口先生は何人かの同僚の先生たちとともに、ボランティアと生徒指導をかねてよつ葉園にしばしば出向き、学習指導もしていた。本来理科が担当だが、数学も教えていた。


 数日後、教え子の話を聞いた先生は、旧交を温めることをかねてよつ葉園に電話をかけ、宮木正男の消息を尋ねた。山崎指導員が応対し、宮木正男の行き倒れ情報が、元担任教師に伝えられた。

 山口先生はその後、D氏にも連絡した。


「先生、私らじゃあいつに、何もしてやりようがないですよねぇ・・・」

「まあ、そうじゃなぁ。D君よ、気の毒な気はするけど、しょうがないわな・・・」

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