第4話 宮木正男の少年時代 ~高校中退後の所業

 彼を別室に残したまま、高田警部補はデスクで電話をかけた。

 彼が電話番号を覚えていたとしても、それが記憶違いの場合もあり得るし、まして覚えてないとなれば、確認を取らないといけまい。


 まだインターネットがようやく世上に出始めた時期。確認手段として一番迅速で無難なツールは、電話。これとて当時は携帯電話がさほど普及し切っておらず、固定電話しかないも同然だった。

 ただし、ここは警察署。警察用の電話回線がある。

 業務での使用だから自分の懐をどうこう言われることもないのは救いだが、さてどこに架電したらよいものか。

 104で聞いてもいいが、他県の養護施設がどこにあるかもわからない。

 そこで、岡山県庁に電話をかけて福祉関連の部署につないでもらって、よつ葉園という養護施設が実際にあるのかを確認した。

 養護施設「よつ葉園」は、岡山市内に実在するという。

 電話応対した職員に事情を話し、よつ葉園の電話番号を教えてもらった。


 宮木青年は特に被疑者というわけでもない。逃亡等されるのも困るけれども、その気力さえないままここに長居されるのもいかがなものか。とりあえず若い警察官に頼んで、彼の話し相手がてらに様子を見てもらった次第。


 彼の言う「山崎先生」は確かに実在していて、幸運にもまだ在籍して、その日も勤務していた。

 どうやら、自分より幾分若い男性のようである。


 高田警部補の高校時代の同級生の中には、短大を卒業後すぐに県内の養護施設に就職して3年ほど勤めた女性がいた。

 数年前同窓会で会ったときにたまたま話したら、あの手の施設というのは男女を問わず長期間勤める職員はそういないと述べていた。かくいう彼女も、3年間の勤務を終えてほどなく結婚している。そもそも、退職の理由が結婚だったというわけだ。その頃彼女の息子が高校生ぐらいに達していたのだが、養護施設の職員時代に年長の男子児童を担当したことがあって、その経験が今生きているとか、そんなことも言っていた。

 今でこそ妙齢の女性ではあるが、当時の彼女は、少女っぽさが完全には抜けきれないうら若き20代前半の乙女。とびぬけて何か人を圧倒するような能力があったわけでもない。姉弟としてならまだしも、それほど年齢の離れていない男子児童たちの対応には、随分苦慮したと語っていた。

 その施設でもまた、この電話口の向こう側にいる山崎氏のようなベテランの男性職員がいて、彼女をサポートしてくれていた。

 その男性児童指導員は、園長の息子で副園長格の男性だったという。そうか、彼女の若い頃の職場と同じような環境で、この青年は幼少期を送ったというわけかいな。


 高田警部補は、宮木青年が行き倒れになって保護されるまでの事情を報告した。


 それがですねぇ先生、宮木正男君やが、言いにくいのですねんけど、今朝「行き倒れ」になっていると地元の方から通報があって、うちで今、保護しておりますのや。聞けば、そちらのよつ葉園さんで幼少期を過ごしたそうで。もしそうやったら、当時の彼はどんな状況やったのか、まずはお話しいただければと思いまして・・・。


 山崎指導員は、彼の幼少期からの情報を知り得る限り話すことにおした。

 宮木少年と接触があったのは、前に勤めていた同じ岡山市内にある養護施設のくすのき学園から「移籍」してきて後、およそ1年とほんのちょっとの間。担当になった時期は、彼が高2の年、それも、最後の数日間だけだった。

 その前後の経緯と、その後、彼が1学年下の岩本誠という元園児と一緒によつ葉園に忍び込んで「盗み」を働いていたことを、電話口の警察官に伝えた。


 宮木と岩本、いやぁ、彼らの盗みには、私らも手を焼きましてねぇ・・・。

 当時同僚だった梶川という男性の児童指導員と一緒に彼らを見張っていたら、よつ葉園の敷地のある丘の裏手から二人で園舎に忍び込んで、児童寮の職員が住込んでいる部屋に入って金品などを盗んでいました。さすがに管理棟の事務室には入って来ませんでしたけど、ある日の昼、ようやく彼らを見つけた私と梶川が彼らを追いかけて、梶川が何とか岩本だけは捕まえました。

 梶川が岩本をぶん殴って、二度と来るなと怒鳴りつけて放り出したのですが、宮木については捕まえきれないままでした。

 警察に突き出してもよかったのですが、手間なだけなので、やめておきました。

 一時期宮木は、公衆電話から電話をかけてきて、梶川だけは許さんと息巻いていましたが、彼がその後よつ葉園に来ることはありませんでした。

 お聞きになったかもしれませんが、彼には4歳上の姉がおりまして、その姉を頼って、大阪に出向いたという話は聞いております。うちにも、姉の夫から連絡がありました。彼も妻である正男の姉と同じ年で、結婚して子どもも生まれて間もないし、あまりにだらだらした生活を送る義理の弟まで、とても面倒は見切れませんわなぁ。子どもの面倒でもしっかり見てくれるわけでもないし、かといって大金稼いで何かをしてくれるでもない。

 結局姉夫婦からも義絶され、同じく大阪近辺の尼崎にいる父親からも最近疎まれているようですわ。そこまでは、園長と別の児童指導員にも情報が入っています。

 その後どうしているのかは、私どもでは把握しきれておりませんでしたが、よりにもよって、縁もゆかりもないところで「行き倒れ」ですか・・・。


 事情をひと通り聴取した後、高田警部補は、思い切って尋ねてみた。


 つかぬお願いなのですが、山崎先生、あるいは、園長先生でも、他の先生でも構いませんが、宮木君の身元引受人になっていただけないでしょうか?

 彼の話では、ぜひ、山崎先生にお願いしたいと言っておるのです。あ、いやもちろん、先生に無理強いまではできませんけど、何とかならへんものやろかなぁ・・・。


 この「先生」という敬称、よつ葉園では職員同士、あるいは児童すなわち子どもたちから職員に対して使用するようにしているが、職員同士ならともかく、彼の指導する子どもたちは、ほとんどが「先生」という呼称を使わない。「山さん」と呼ばれて久しい。彼はこの頃、「児童指導員」であるという意識を捨て、あくまでも、子どもたちの周りで彼らの成長をそっとサポートする「大人の一人」であることを意識して、子どもたちと向き合っていた。だからこそ、そんな事情を知らない県外の警察官からとはいえ「先生」とたびたび呼ばれるのには、正直なところ、辟易している。


 高田警部補の話を聞きつつ、山崎指導員は、事務所の電話の前で逡巡していた。

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