第33話 心残り

約束の時間になっても、シェンリュは現れなかった。


こんなこともあろうかと、ギヨウは、シェンリュの家の場所を調べさせていた。


家の方角へと向かう。その道中で、シェンリュを見つけた。


シェンリュは、道端にうずくまっていた。脇腹のあたりが、赤く染まっている。


ギヨウは馬から降りて、シェンリュを抱き寄せた。細い手足は、ひどく冷たい。


今この瞬間にも、命が消えかかっていることに気づき、ギヨウは愕然とする。


「…嘘をついていた。ずっと」

肩で息をしながら、シェンリュは言う。


「私は貴方を…」

ギヨウはそこまで聞いて、シェンリュの言葉を遮った。


「お祖父様のところへ連れて行く」

「…いいの…もういいの…」


ギヨウは悲しそうな顔をする。シェンリュの目から涙が溢れた。


視界の先にいるのは、輝かしい未来が待っている若者だ。


成人も迎えていないのに、既に有能な君主の片鱗が見え隠れする。


迷惑はかけられない。お荷物になるわけにはいかない。でも、もしかしたら。


もしかしたら、ギヨウなら、この願いを容易く叶えてくれるのかも知れない。


いよいよ息が続かなくなったところで、シェンリュは心を決めた。


「…あの子を…助けて…」

ギヨウは目を見開き、シェンリュを見た。


「…シユを…助けて…お願い…シユを…」

シェンリュは祈るように、掠れた声で繰り返す。


「…分かった」

それを聞くと、シェンリュは安心したように微笑み、ゆっくりと目を閉じた。


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