第8話 北軍の将

ハクインは銭袋ごと受け取ると、陣幕の中へは戻らず、どこかへ行ってしまった。


気になりつつも、シユは次々に来る武官たちの対応をする。


馬の扱いは得意だ。幼い頃、ギヨウから乗馬を習い、遠乗りする際は必ず同行している。


「ちょっと」

声がして、シユは振り返った。


バシャ。よける間もなく、顔面に水を浴びせ掛けられる。


「よくも、ハクイン様との時間を邪魔したわね」


目を開けると、先程ハクインに話しかけていた少女が、視界の先に立っている。


歳の頃は、自分と変わらないか、少し上、といったところだ。


シユに水を浴びせたのは、彼女の侍女だ。馬用の手桶を持っている。


少女は満足そうに鼻で笑うと、長居は無用とばかりに、侍女を従え、足早に去って行く。


下ろし立ての服を早速汚して、リゥユエにまた小言を言われそうだ。


振り返ると、気難しそうな顔をした武官が、そばに立っているのに気づく。


顔を拭く余裕もなく、シユは慌てて馬の準備に取り掛かった。


「そちらの馬で用意せよ」

男は、一番奥に繋いでいた大きな軍馬を指差した。ギヨウの愛馬ヨモギだ。


その馬は気性が荒く、乗りこなすのが難しい。シユはチラッと、男を見た。


今日は、北の将軍が参加すると聞いている。この男に違いないと、シユは思った。


この国の四大将軍の一人で、その実力はギヨウに並ぶと評される、北軍の将オウエン。


シユは、ヨモギの腹をさすりながら、白い深衣の男に、その手綱を預けた。

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