論破ルーム! 中二病娘VS中二女神
■ 孤児たちの軍隊
彗星の尾が凪いでいる。狂気の科学者一味が然るべき場所に召されて、生き残ったソニアは罪の意識に苛まれていた。気持ちに区切りをつけるため、しぶしぶながら彼女は母の言いつけ通り儀式を執り行った。
サンダーソニア号の戦闘指揮所には黒縁の写真が二つ飾ってある。人を小ばかにした様に斜に構えた中二病エルフ娘と、頬紅をしてはにかんでいる幼女。
その傍らに十インチの液晶モニタがそっと置かれた。
「ごるぁ! 並べたらあかん!」
画面の中でエルフ主婦のCGが憤っている。不謹慎と言われようが、こういう時にはブラックジョークの一つでも為さねばソニアの気持ちは収まらないのだ。
「こうやって呼吸しているのは、家族の中でわたしだけ」
膝を抱えてうずくまる彼女に手を差し伸べる者はいない。モニターを介して心を通わせられるというシアの弁明は弱弱しく聞こえた。
養父母と姉の肉体と魂は滅んだ。母親を真似た機械は気休めにすぎない。精神的支柱にするほど病みたくないソニアは、ひそかにシャトルの破壊を企んでいた。
そんな娘の内心を察したシアは、カルバリー・モーリー婦妻と接触し、長い葛藤の末に和解した。親がなくとも子は育つとはいえ、ソニアには保護者が必要だ。シアは二人に娘を託した。
ソニア自身も、ライブシップの婦母(ふぼ)に育てられる方が幸せであると判断した。ただし、法の番人とはいえ、同胞を殺すような職業からは足を洗ってほしいと二人に嘆願した。
サンダーソニア号は二隻のライブシップに連れられて、わし座の方向へ飛び去った。
戦艦ゲティスバーグは空母レンジャーの甲板に鎮座して、残り三隻の戦艦と共に倒すべき相手のもとへ急いだ。
ライブシップ・ペイストリーパレスは彗星核上空で小型シャトルを執拗に追跡していた。
「やっと追い詰めたわ」 シアの言葉は自分自身に向けられたものでもあった。
「ミセス・ドライフラワーに引導を渡すわ」
まだ熱い焦げた表面がぼろぼろに崩れたクレーターの淵に、大小二つの影が踊っていた。王都であった残滓がドロドロに溶けて深い孔を満たしている。
シア艦隊は速度を上げて、ペイストリーパレスとシャトルの追いかけっこに割り込む。チャタヌーガが進路を妨害し、他の艦が囲い込みながら地表へ誘導する。
星のさざ波を蹴立てる不夜城のような戦艦のへさきに火花が散った。拿捕されるべき艦が発砲してきたのだ。
「デストロイド指数……オーランティアカ級十隻と対等!」
ゲティスバーグの射撃統制システムがペイストリーパレスを評価する。
ちなみにデストロイド指数とは、ワープ技術を持つ一個の文明が、その持てる軍事力のすべてを自身の完全破壊に費やした場合を一とする指数で、オーランティアカ級の場合、だいたい五~七である。
「あんな小さな船一隻にどんだけの破壊力よ?!」
シアは思わず自己診断システムを起動しそうになった。
戦艦に阻まれて減速したシャトルにペイストリーパレスが追い付いた。
ブーケは引きつった顔で弾むように笑いながら問いかける。
「グレイス、あなたのおうちはこの艦の他にあるの?」
狭苦しいシャトルの操縦席で行く手を阻む戦艦に舌打ちしながら、グレイスは暗算を続けていた。継母を自称する女が幼稚な煽りをするからイライラが募る。
「わたしの親権を独占する資格があるの? 子供が欲しいなら戦災孤児でも引き取れば?」
「質問に質問で答えないで!」
ペイストリーパレスのマストから極太の電光が投げられた。クレーターに溜まったタールが弾け、業火の柱がいくつも立つ。
我慢しきれずに、シアが通信回線に介入した。
「やい! クソババー! うちの娘に何の恨み?」
「お母さん?!」
不安で萎縮しきったグレイスの胸の内が熱くなる。
「それはこっちの台詞だよ。お前かい? あたしの亭主を殺した鬼ババアは? おまけに次女に殺人をさせた挙句、厄介払いしたそうじゃないか? くそビッチは身軽になって新しい男でも作るつもり?」
シアは安い挑発に乗らなかった。
「あたしもビッチの元締めしようかねぇ。男尊女卑の黒歴史を裏から操って、旨みを搾り取ってやる」
政略結婚の道具にされたブーケは加害者の立場になる事で溜飲を下げようとしていた。メディアはモニタごしに彼女の眼を見据えた。
何に苦しんでいるか、手に取るようにわかる。ブーケ自身に罪は無い。誰もが打算的でなければ生きていけない。その点は自分も同じだ。
罪悪感は指紋のように個性的で一生消えない。
そんな呵責に多くの人が蝕まれる。だが、シアやオーランティアカの姉妹は違う。負の感情を頭から追い出し、復讐を成功させるために冷静な計算をする。
「あんたら、雇ってやってもいいよ。腰が壊れるほど扱き使ってやる。売春、権謀術数、権力者の寝取り、そのうちあんたらの興味ある仕事はすべてやらせてあげる。頑張れば西太后を凌ぐ悪女になれるかもねぇ」
ねっとりしたタールの海がざわめき、人類史のありとあらゆる暗黒面が目まぐるしくフラッシュバックしている。女によって踏み誤った男たちの生きざまが。
「世界線を一手に握っている? 彗星は『あらゆる可能性』の焦点だったわけ?」
メディアの傍らにあるモニタ画面にペイストリーパレスから文書が転送されてきた。戦略創造軍上層部のごく一部しか知りえない、ハイフォン彗星の正体。
そこには虚構世界から生まれ出でたる宇宙の経緯や、確率変動エネルギー寄生虫の詳細などブーケが補足した真実が網羅されていた。
「そういうことさ。アダムとイブを挿げ替えて、創世記を書き換えるのさ。すでに、人工のアダムは過去に送り込んでいるよ。お前の亭主をね」
「!!!!!!」
絶句するシアの心中をグレイスが代弁した。
「そんな横暴、神としての才覚がなければ無理よ! そして、あんたには確実にない」
「ふっ……神の脚本なんて合作すればいいのよ。フリーメーソンにイルミナティ? 闇の支配結社は既に分業制だわ。整合化が大変でしょうけど、わたしには造作もないわ」
「何も、うちの家族を執筆の道具にすることないでしょ?」
「いいえ。あたしは既にお前の父親を使って七万年前の人々を掌握したのよ。そのあたしの感覚がお前たちの挙動を見て、大正解であると宣言している!」
「はっきり言うわ。ウザいんでこの世から消えろ。どっかの世界線であんたを見かけたら、消えるまで粘着してやるわ」
グレイスがシャトルのワープエンジンを励起させた。彼女はブーケが長冗舌している間にシャトルの超生産能力を用いて、世界線が持つ「可能性」そのものを資源として活用できるシステムを構築しつつあった。
ペイストリーパレスのデストロイド指数を底上げしている原理と同質のものだ。もうすぐ単騎で彼女を抹殺できる。
「ご自由に! 世界は因果律で構成されてるの。あたしは決定論者よ。お前という原因が、あたしに新たな結果をもたらすかもしれない。それに、小娘ごときに煽られるようじゃ、女神なんてやってられないわよ。 こんな簡単な事も教えなきゃいけないの? 粘着してやると言った相手に逆に粘着されるなんて、金メダル級の無能よね」
「あなたに神を名乗る資格はあるの?」
「馬鹿なの? この世は創造主の工場かい? 自称すれば創造主になれるのかい? 因果関係を立証してよ。そんな事いわれないと判らないのね。神たる資格の有無がなぜ非難に値するか逐一説明してよ。 非難するならお前が神を名乗ればいいじゃない。あたしに資格がない事が非難されて、お前が無資格な事は正当化される理由があるんでしょうね?」
ブーケは顔を真っ赤にして口角泡を飛ばす。彼女は天才だ。背理法で神の資格要件を無効化してしまった! グレイスは押し黙ったままだ。
「説明しなさいよ。それとも逃げるの? 粘着すると言っておきながら、はぐらかすの? それも広義の逃げじゃないの?」
中身はいい歳をしたおばさんがセーラー服の似合うエルフ娘の格好をして、本物の中二病女子と喧嘩している。こんな愉快な出し物はめったに見られない。
「ちなみに面白い話をしてあげる。わたしには
「あんたが神か、凡人か知ったことか。おばさんのくせに中学生みたいに気持ち悪い空っぽな主張はやめてくんない? ウザいから、唯一神である資格を示せっつてんだよ。あんたが神であるならば、宇宙は平和で安定する。あたしも神学論争から解放されて万々歳よ。継母だったあんたに恩返しする積りで構ってあげてるけど。もっともあんたの説教など誰も聞かないから。存在するだけ邪魔」
議論を聞いていたメディアが口をはさんだ。「決定論者が創造主だなんて、矛盾してるわ」
もっともな話である。神は自由意志の権化であるのだから!
「面白い指摘ね。わたしは被支配者のままでいたくない。人間は本当に自由意思がなく、盲目的に生きているという確信が日増しにつのるの。神に挑戦することは内宇宙に自由意志を探索する気分になれる。煎じ詰めればそうなる」
ブーケは吐息する。「わたしの本心は自由意志を肯定したいんだけど、理論的には肯定しがたいという事実に困っているの。それに世の中を見るに、ほとんどの人間は世界が決定論に支配されていなかったとしても、決定論的な人生を送っている。わたしは、それがとても嫌だわ」
「だから、ドクタートランジットを『あなたは何も変わらない』とこき下ろしたのね?」
お似合いの夫婦だわ……とメディアは納得した。自分にも、こんな素敵な議論ができる伴侶がいればいいのに。恋をしたいなと彼女は羨望した。
『キチガイどうしがやりあってるわ』 周囲に聞かれぬようグレイスは、シアに思念を飛ばした。
『中二病母娘の上司だもの。世界はキチガイを軸にしているのよ。きゃあっ!』
強力な重力波がゲティスバーグを捉えた。過去を映す鏡となったクレーターめがけて落下を開始する。
「お前の娘はイブの身体に宿ってもらうよ。わたしが
ペイストリーパレスが重力アンカーでグレイスのシャトルを捕まえたまま、急降下する。
シアは躊躇することなく、艦隊に斉射を命じた。ロックオン不可能だと戦艦たちが報告してきた。敵はクレーターを突き抜けようとしていた。
三百メートル先の標的をライフルで狙うこともままならないのに、どうして七万年も先の対象を撃てようか。
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