電気提督はバロック天使の翼をMOF《もふ》れるか?
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未だ人間は、叡智存在として未熟な段階にあるが、宇宙の進化の流れは、叡智世界の確立へと向かっており、人間は、叡智の究極点である「オメガ点(Ω点、Point Oméga )」へと進化の道を進みつつある。
━━(Wikipediaより引用)
電気提督はバロック天使の翼を
リアル地球のオアフ島。ダイヤモンドヘッドの奥から骨盤を浮かせるような衝撃が湧き上がる。浸食に耐えうる岩盤が豆腐のごとく、クレーターの底へ崩れ落ちる。
人食いザメの顎骨を連想させる機械の歯列が、降り積もった火山灰を巻き上げながらつぎつぎと尾根を完成させていく。
『異世界砲。エネルギー充足率 百パーセント』
神殿の柱よりも太い軸に支えられた砲身がゆっくりと火口から姿をあらわす。砲口が無数の燐光を吸い込んでいる。
大本営奥の間でフランクマン総統は妃とささやかな祝杯をあげていた。
ワイングラスを前にした狼男が身をのりだして、もったいぶった口調で言う。
「私から君に伝えておくべき事がある」
「何ですの?」
夫人は影が出来そうなほど長い睫毛をしばたく。
「万が一、戦いの最中に私が大きな傷を負った場合の話だ」
「よしてください。縁起でもない」
女は右手でそっとグラスを払い、顔をそむける。
「
他人を思いやる夫の人となりを知っているメディアは、その言葉に振り向かざるをえなかった。
「我々の命運……でなく、宇宙ですか」
「そうだ。私の真意と異世界砲の事を語り継いでもらわねばならん」
狼男は渇いた喉を赤ワインで何度も癒しながら語った。
異世界砲は、この宇宙から確率変動エネルギーを奪いつつあるハイフォン彗星を焼き殺す最終手段だ。二つの世界の確率変動の差分を凝縮して撃つ。
そのために、フランクマン帝国軍はリアルな地球を征服する代わりに向こう側の世界でわざと負け戦を演じた。
こちらの世界では情勢が安定することで確率変動も凪いでいる。あちら側の世界では「特権者」がいる限り真の平和には遠い。両世界の格差をエネルギーに変えて、あの寄生虫たる彗星を破壊する。
その反動を利用して、このリアル世界を宇宙から切り離すのだ。異世界の扉は彗星もろとも破壊されるだろう。永遠に。これで寄生虫どもの意義が失われる。
「それで、わたし達はどうするのです? あちらに帰って特権者を倒すのですか?」
「わが帝国はこの地球上に君臨するのだよ」
ワイングラスが割れる音がした。メディアは食器を払いのけて狼男に詰め寄った。
「あちらの人々はどうなります?」
剣幕に気おされて狼男は首をすくめた。
「案ずるには及ばないさ!」
「まるであなたは他人事のように!」
「ま、ま、落ち着き給え」
「落ち着いていられますか!」
メディアはテーブルクロスごと料理をひっくり返した。派手な音を立ててナイフや大皿が落ちる。
「待ちたまえ! あちらにはトランジット夫婦がいるのだよ。戦闘純文学とチートが手を取り合えば、特権者など……」
メディアが何やら術式を唱えると、犬の吠え声に似た音が狼男の耳元をかすめた。壁の肋材やバラバラに砕けたテーブルが舞い散る。
衝撃で尻餅をついた彼の視界から粉塵が消えた時、基地のレーダーが大型の衛星を捉えていた。
■
太平洋上空千キロ。それは筒形の傘立てに類似していた。傘の代わりに長さ六メートル、重さ約百キロの金属棒が刺してある。
そいつの落下スピードは時速一万キロを超え、衝突時の威力は広島型原爆の十二万分の一に匹敵する。厚さ数百メートルの岩盤は余裕で貫通する。
帝国の重戦車部隊がクレーターに轍をつけながら襲ってきたが、トールハンマーにすべて破壊されてしまった。
岩陰に結界を張って帝国軍のセンサーから逃れたメディアは、術式を書き換えて究極戦艦ゲティスバーグと交信を試みた。
シアはなかなか呼び出しに応じなかったが、メディアが狼男から聞いた内容を交えて語りかけると喰いついてきた。
一度は剣を交えた間柄であったが、もとはといえばあんな男と関係を持った自分たちが悪いのだ。二人は共通の敵に対し団結した。
「異世界砲はトールハンマーで潰せても、両世界の確変格差は解消しようがないわ。かといって放置すると悪用する奴が出るし」
「チームフレイアスターを再編しないと。とりあえず、サンダーソニアを呼び戻して!」
メディアが火山灰から作った即席の水晶玉を使ってシアと相談していると遠雷のような響きが聞こえてきた。
「シア、なに?!」
「異世界砲が発射されたわ」
火口から吹き上がる光の柱が巻雲を焦がしていた。
■ 過去は変えられるか?
━━黒歴史の書き換えは可能か?
「可能だ。人間の記憶は風化する。現実はいとも簡単に伝説という虚構に帰す。その逆もしかり。シュリーマンがトロイの遺跡を再発見した例は言うまでもない」
「因果律は錯覚だというのか?」
「そうだ。可塑性をもっている。現実と虚構は同質のものだ。因果律そのものが不確定なのだよ。虚構と現実を分別するのは大脳だよ。観測者が統合失調症である場合に人間原理がどう振る舞うか、考えてもみたまえ」
「でも、エントロピー増大の法則は熱力学で定義されている」
「『過去』の観測者から見て、『現在』につながる分岐を特定することはできない。それこそ不確定性原理に反する」
「つまり、無限の可能性から『選択される』側も自由に相手を選ぶ権利があるというのか?」
「いいかえれば、被選択者が選択者、すなわち過去の観測者を『選ぶ』権利だ」
「なるほど。よくわかった。過去は変えられる」
薄暗いラボでアバス首相は戦闘純文学者との問答を終えた。等身大のガラスチューブの中は液体で満たされ、原始人が収まっている。彼の寝顔は険しかった。
戦争は物理的なものだが、結果を決めるのは情報だ。
アダムとイブの神話がいつ成立したのかは知らないが、進化論が正しいと仮定する限り、彼らが最初の人類である筈がない。
宗教が発生するより前の時代に後代まで影響を及ぼす思想家を送り込めばよい。キリスト教をはじめ、すべての信仰の原型となる開祖が原始人マクラザキテクスである。
人間が氷河期を生き延びたのは、崇拝の概念を発明したからだという説がある。自己を弱い存在と認め、形而上の存在を道徳の番人に据えることで、善悪や共助の精神がめばえたという。
では、いつ、どのような状況で宗教が生まれたかといえば、だいたい解明されている。
七万年前にホモ・サピエンスが絶滅に瀕した事がある。インドネシアのトバ火山が大噴火し地球規模の異常気象が起きた。
人口はわずか千人にまで激減した。人々はスマトラ島の洞窟でうちふるえ、身を寄せ合い、そんな危機下で祈りが生まれた。
「マクラザキテクスの子孫をアダムと挿げ替えるのだ。毒リンゴトラップさえ回避できれば、人が死を獲得することもなく、特権者涙目というわけだ」
「創世記と史実をごちゃにしとりませんか?」
「さっき、お前は虚構と現実はあいまいだと説明したではないか?」
言い争う首脳陣の前に、大型保冷車ほどもある鉄塊が牽引されてきた。粘菌のように細かい配線が糸をひいており、おもわず目をそむけたくなる。
「ドクタートランジットの別荘から押収した世界線エディターです」
アバスがうなづくと、作戦開始を宣言した。
人類初の過去への奇襲攻撃である!
「いよいよ、アダムとイブを出し抜くぞ。トバ大噴火の前夜へ!」
意味論の違いは文明の成熟度を表わす。たとえば青色のイメージ。
現代人が澄んだ空を見上げれば爽快感を覚えるだろうが、原始人にとっての青は悲しみの感情でしかない。
それよりも深い闇が墨のように濃くなる時間に、マクラザキテクスを連れた一行がタイムトリップした。
ここは、紀元前七万年のジャワ島。造山運動の激化により、地面がたえず震えている。大量の火山灰による斜光で寒冷化が著しい。
間もなく確実に襲ってくる大噴火の予感に半裸の老若男女が身を寄せ合っている。
マクラザキテクスが民衆の前に歩み出て説教を始めた。得体のしれぬ侵入者に群れの男どもが石鏃を構えた。
小柄ながら鋭い目つきをした男が歯をむき出しにして襲ってきた。
アバスが物陰から合図をすると、空からメイドサーバントが男の両脇に着地した。そのままねじ伏せる。
原始人たちは翼を生やした女達の降臨に度肝を抜かれた。マクラザキテクスがアバスの腹話術によって、いくつか戒めを述べると、民衆たちは彼の下にひざまずいた。
新たな支配の構造がここに誕生した。
■ マウント・ウェザー
リアル地球。アメリカ合衆国には全面核戦争を想定した冷戦時代の遺構がたくさんある。
ヴァージニア州ブルーモントのマウント・ウェザーはあらゆる政治的・社会的インフラを備えた巨大な地下都市で、米国の地下施設網の中心とされる。
復活したサンダーソニアの超生産能力によって小一時間のうちにアムンゼン・スコット基地をしのぐ機能拡張がなされた。
「困ったわねぇ。強襲揚陸艦を取り戻してもメイドサーバントに戻れないんじゃねえ」
格納庫の隅で究極戦艦ゲティスバーグことシアが嘆いていた。軍用スペースシャトルX-37を改造したボディでは何もできない。
さらに現在の彼女は機械に宿った魂というよりは、AIが人格を模倣している状態に近い。
「人類圏がぶっ壊した転生システムを復旧できたとして、そもそも機械のあたしは転生できるのか?! 狼男のばか!」
シャトルに内蔵されたサーバーが真っ赤なLEDを激しく明滅させる。
「機械になってもおか~さんはおか~さんよ。あと機体はわたしが運ぶから」
着陸装置の大きなタイヤにソニアが抱き付いている。
痛ましいやりとりを聞いていたメディアがポンと手を打った。
「そうだ! あなた、機械になっても戦闘純文学が使えるんだっけ?」
「それが? まぁ使えるっちゃ使えるけどね。ほんの悪戯レベル。それもシア・ウイルスというある種のチートを使えばの話」
シアは、戦闘純文学うんぬんより血の通った腕で娘たちを抱いてやれない事に意識が集中していた。
「逆の発想だけど、あの子たち、戦艦チャタヌーガやヴィックスバーグにAIを移植できないかしら?」
「はぁ? 何を考えてんだか……鋼鉄艦に人格を付与して、乗組員をシアウイルスで使役……」
意思を持った艦が生身の人間を操って、戦闘純文学を発動する━━これって、ライブシップとメイドサーバントの関係に似てないか?
「どうかしら?」 メディアは色よい反応が返ってくると確信して目を輝かせる。
X-37は着陸装置のショックアブソーバーを小刻みに震わせている。「ふふふふふふふふ……おもしろい」
「なになに? 艦隊ガールズ造るの? わたしもまぜて!」
サンダーソニア号がドックから姿を消し、空母レンジャーを甲板に載せて現れた。「この子もまぜようよ」
「新生チーム・フレイアスター。目にもの見せてくれるわ!」 シアのCGが鼻息を荒げていた。
■ 討伐!
「勝負はついているわ! 手順をこなすだけよ」
渦動が沸き立つ超空間を抜ける前に、カルバリーは部隊に激を飛ばした。暗殺の刃と化した総統府ビルの前衛を夫妻の艦が護り、マリーがしんがりを務める。
暫定首都の中央に鎮座する王宮を兼ねた揚陸艦は直上からの奇襲に備えを怠っていないだろう。そこに、つけ入る隙がある。
カルバリーたちは地平線の下から侵入し、えぐるように急上昇した。同時に囮のミサイルで飽和攻撃する。
王都の防空網は水平方向の迎撃に必死で、天空へ駆け上がる総統府にまで手が回らない。追いすがる迎撃弾も振り切られてしまう。
「ええい、無駄撃ちするな。逃げる奴は捨て置け!」
量子高射砲が五万発ものミサイルを裁き切れるはずがない。射撃隊長は想定される被害に優先順位をつけ、拠点の防御を命じた。
カルバリー達は一気に機首を引き起こし、総統府は逆に高度を下げていく。ちょうど両者は「う」の字を描く軌道をとった。
「大規模な重力波探知! 帝国総統府出現! 直上! 迎撃間に合いません!」
同盟国の首都が丸ごと奇襲を仕掛けてくるなど、いかなる軍師でも想定不可能だ。敵味方識別装置を根本から設定し直す暇もない。
「デブリを展開しろ」
近衛師団が頭上に現れた脅威に慌てふためく。総統府ビルは黒光りする表面に傷一つ負うこともなく、めりめりと首都上空に浮遊する岩塊を押しつぶした。
「シア・フレイアスター、覚悟ーーっ」
遠ざかりつつある首都を誘導していたカルバリーは、万感の思いを込めて叫ぶ。
「シアのロックオンを喪失!」
デブリが全滅した瞬間にモーリーが異常を検知した。
「えっ?」
カルバリーは一瞬動揺したものの、シアの真贋はもう些末事だった。共存共栄をはかるべき種族の片方を絶滅に追い込んだ張本人は、懲罰されるべきだ。
フレイアスターの世界線をかき集め、デブリに反映させることで仮面を被っていた偽帝が命乞いを始めた。
「違う! わたしはシアじゃない! 許してくれ~」
舷窓に総統府が迫りくる恐怖に老いたワロップが失禁する。
「なおさら許せない!」
カルバリーは総統府に加速を命じた。
遂に総統府が揚陸艦の艦橋に接触した。構造物が衝撃を吸収しきれず、たわみ、圧潰し、あふれた運動エネルギーが熱に変換された。
揚陸艦の機関部が高熱であぶられ、炉心がむき出しになる。隔壁を打ち破った火球が、総統府を引き裂く光芒と一体となり、彗星の明度を上げた。
とうとうやったのだ!
王都を正義の鉄槌が砕いた。額から鮮血が飛び散るように彗星の表面に紅蓮の炎が咲いた。この程度の衝撃では中心核は割れないものの、大きく軌道を外れた。
■ Step mother
「グレイスちゃんはお義母さんについてきてくれるよね?」
「……」
ブーケは聞き取り損ねたので、もう一度を耳を傾けた。愛娘は長く柔らかな前髪を風に梳かして、うつむいた顔をあげた。なぜか痛ましい気分を感じて胸を詰まらせたブーケは、グレイスを抱きしめようともう一歩、あゆみ寄った。
「もう一度だけ言うわ……わたしはペットじゃない!」
ありありと殺意に満ちた目つきでグレイスは睨み返した。
ブーケはよけいな茶番劇を演じた夫を憎んだ。美少女フィギュアを買いそろえるような感覚で継子を連れて来る父親に、グレイスがどう反応するか。軽挙妄動にもほどがある。
「何を馬鹿な事を言っているの? あなたの居場所はここしかないのよ」
ブーケは身に着けているものをすべて破り捨て、グレイスの術式を封じた。
「あるわ! あんな母親でも、まるでペットのつがいを補充するようにふるまう人より、ずっとずっとマシだもの!」
「シアは貴女を捨てたのよ!」
「あんたの亭主より狼男の方がいい!」
グレイスはすたすたとブーケの前から独房に向かって歩み去る。
「どこへ行こうというの? お前はこの艦から逃げられないのよ」 ブーケが嘲笑する。
黙って扉を閉じようとするグレイスの腕に掴みかかる。
「もう一度、向き合いましょう!」
「ほっといて!」
部屋の中には粗末な寝台と天体望遠鏡しかない。二人の女がベッドに転げる。のしかかられたグレイスが足の指で器用に三脚を引き倒す。
「そんな幼稚な手段で」
ブーケは頭を振って望遠鏡の直撃を回避し、両腕でグレイスの首を締める。
「このまま、殺してやる! 記憶の中の存在となれ」
グレイスは薄れていく視界の片隅に彗星を捉えた。思わず声にだす。
「ハ、ハイフォンが爆発してる!」
「なんですって?!」
ブーケは頸動脈を圧迫する手を緩め、舷窓の方を向いた。彗星が二股の尾を引いている。一つは中心核の側面から勢いよく噴出している。
「あれは王都?! じょ、冗談じゃないわ。異世界の扉は?」
頭を抱えてうずくまるブーケが作り出した隙をグレイスは最大のチャンスに変えた。先ほどゼノンのパラドックスを発動した際に、ペイストリーパレスのシステムに自分が介入できるよう細工を施した。
義母を突き飛ばし、大切な天体望遠鏡を担いでエアロックに向かう。
「待ちなさい!」
気付いたブーケが呼び止めるが、もう遅い。艦の超生産能力を乗っ取って、脱出用ポッドを小型のシャトルに作り替える。
ペイストリーパレスの規模ではオーランティアカ級のライブシップを急造できないが、手持ちの資材を用いて恒星間ワープシャトルぐらいは作れる。
シャトルの中枢機能とグレイスの脳波リンクが確立した。
心地よい一体感が蘇る。やはりライブシップあってこそのメイドサーバントだ。
グレイスがコクピットに乗り込むと、即座に二十ミリ量子機関砲が船尾をぶち破る。ペイストリーパレスの非戦闘純文学兵器にロックオンされる前に、ワープデバイスを起動。
シャトルを超空間へ滑り込ませた。
■ 確変の嵐
ダイヤモンドヘッドから立ち上る確率変動の奔流は一直線に木星をめざした。分厚いメタンの大気を貫いて大火山クロノスの麓を穿つ。
紫色の飛龍が螺旋階段を昇るがごとく、ライブシップの成る樹が荷電粒子の渦を纏った。
そのままツイフォン第二彗星を貫いて、彗星ハイフォンの先端からほとばしる。
確変の嵐は、四分五裂する世界線の潮流となって異世界の隅々まで浸透していく。
「ベローゾフ・ジャボチンスキー試液に激しい反応! 撹拌パターン青」
「青だと?」
白夜大陸中央(旧南極点) アムンゼン・スコット基地。地下深奥部の中枢シャフトを護る隊長は耳を疑った。
「青? 貴様、あまりの恐怖に正気を逸したか?」
「では、隊長殿がじきじきにご覧ください!」
半信半疑で下士官から差し出されたフラスコを見やる。ごぼごぼと青色の液が激しく噴きこぼれている。
「特権者の攻撃だと? 弱り目に祟り目だ! もうおしまいだ」
「隊長! 戦況マップをご覧ください!」
ほぼ中央諸世界軍の部隊で真っ赤に染まった勢力図。友軍部隊はパネル中央の染みに過ぎない。見事な四面楚歌である。
ところが、オセロゲームの終盤に逆転勝ちするかのごとく、赤が一気に衰退していく。
中枢シャフトの堅牢な防壁に肉薄した中央諸世界軍は総崩れになっていた。
「どういうわけ? 術式が発動しない」
「やり方が悪いんじゃない? こうするのよ! あれ?」
「やり方もへったくれも無いわよ!」
戦闘純文学者がああでもない、こうでもないと口論している。
事情を知らない者が見たら、アイドルグループが振りつけを論争している様に見えるだろう。誰もがすぐに悟った。特権者が介入している。
■ Cleavage
いかなる世界であれ、取引という行為には利得と損失が発生する。異世界砲の発射によって現実世界は確率変動エネルギーを奪われた。
その代償が何であるか誰も想像できない。
兆候は太平洋上にあらわれた。トケラウ諸島のヌクノノ島が東西に裂け、日付変更線に沿って地球が分割し始めた。プレート境界に位置するハワイも例外ではない。溶岩に呑まれる異世界砲をフランクマン帝国の艦隊が見下ろしていた。
「赤道上にも同様な地殻変動が見られます!」
部下から報告を受けた狼男はしたり顔でうなづいた。
「
ダイヤモンドヘッドが呼応するように噴煙をあげ、デスバレー艦隊はいずこかへと消え去った。
卵割を開始した地球では海が煮えたぎり、大陸が崩壊した。すべての生き物は液状化し、薄皮のように世界を覆った。
マウントウェザーを脱出したシア艦隊は、ゲティスバーグを筆頭に、サンダーソニア、空母レンジャー、モンタナ級戦艦の三隻からなる。一隻を除いて、いづれもが機械の頭脳を持つライブシップであった。
彼らはモザイク状になった地球を後にして、木星をめざした。受精した地球は確率変動を失う代わりに絶対不変の何か……おそらくは、神の磐石を得たはずであり、生まれいずる物が何であるかはいうまでもない。
■ 異世界の扉が閉まる時
間一髪とはまさに、今しがた起きた事を指すであろう。
シア艦隊がハイフォン彗星王国の王都跡にワープアウトしたと同時に、バタンとドアが閉ざされるような重い衝撃を多数の人々が同時体験した。誰もが思わず振り向き、ある筈のない扉を感じ取った。
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