最終兵器 異世界砲

 世界線とは、三次元における粒子の軌跡を時系列で表わしたものである。あなた自身も、あなたの身辺にある物も、全ての物質が世界線を引きずっている。運命と呼び換える人もいるだろう。

 今、扉を挟んで、二つの彗星にそれぞれの世界線が集中しつつあった。


 物語は終局に向けて動き出す。



 ■ ハイフォン第八彗星中心核


 陥落したブレーメン岩塊より、偽女王シアことワロップとアバス首相一行は、強襲揚陸艦シア・フレイアスターで辛くも脱出した。中心核地上で体制を建て直し、迫りくる有志連合軍の爆撃機を退けた。


 彼女らが撃退に用いたのは、禁断の戦闘純文学『自己言及のパラドックス』であった!


 《この文章は「偽り」である》という文章は、真であるか、偽あるか?


 真であるなら、文自体が「偽り」となる。偽であるなら、字句通りの事が実現するので、文章は真である。しかし…… → 最初に戻る。


 つまり、永遠に問答がループする。


 カムチャッカリリー隊の報告により、王国側は敵軍のチートの原理をほぼ解明した。彼らが腰に着けたモーダルシフター(王国ではキビ団子、もしくは団子と呼んでいる)の内部にはヒーラー細胞から培養したドナー女性の大脳が入っている。

 彼女は自分の不幸を呪っている。


 戦闘純文学者達は、彼女に自己言及のパラドックスを施した。「しっかりして! あなたは間違っているわ」 ただ、それだけの事を吹き込んだ。


「あたしが間違っているですって? じゃあ、あたしは幸福なの? ちがうし! あたしは絶対不幸だし でも、間違ってると言われるし!」


 彼女の脳は思考をループさせ、モーダルシフターは焼き切れてしまった。mic隊一五名の精鋭たちは、自己言及のパラドックスを爆撃隊にお見舞いしたのだ。

 そして、別働隊が戦闘純文学になり替わるエネルギー源としてモスクワ郊外に建設されたモーダルシフター発電所を攻撃した。あわてた地球側は古びた原子炉を再稼働させた結果、臨界爆発を招いたのである!


 総統デスバレーがこちら側世界の指揮を怠ったため、有志連合軍は劣勢を強いられている。彼ほど猛将がなぜ失敗したのか?


 実は狼男は、やはり狼男だった。



 ■ ハワイ諸島 カホラウェ島


「さっさと原子の塵に還れ!」


 量子ブレードがリュセフィーヌの前髪をかすめた。鼻につく臭いで彼女は我にかえった。「きゃっ!」 驚いて逃げ出すが、破れたスカートの端を踏んで無様に転げる。


 《やめてあげて! 彼女は身体を貸してただけよ》 戦艦ゲティスバーグからシアが猛抗議する。


「うわははは! この期に及んで女帝陛下じきじきの命乞いか!」


 狼男は何よりも美学を重んじる男だった。勝負に負けたら潔く核の炎に焼かれる約束でリュセフィーヌの招いたのだ。彼は粛々と原子野戦砲の発射を命じた。

 スカートを脱ぎ捨てて、砂浜に足跡を刻む女の頭上を白い噴煙が飛び越えていった。


「一二時の方向に大規模な重力波探知! 熱帯低気圧発生の兆候! 未確認飛行物体、直上! ワープアウト、来ます!」


 貴賓席の警護にあたってた兵士が対空量子レーダーの異変を察知した。


「何者だ?」 デスバレーが吠えるように敵味方識別を急かす。


「わ、量産型ワロップ級ライブシップ×1、判別不能艦×1、それと……」 言い終わる前に砲手が視界から弾き出された。


 核砲弾がピンク色の立方体に捕えられ、ゆっくり砂浜に降りてきた。そして、クシャクシャと紙を丸めるように収縮し、ぽいっと水平線の彼方へ飛んで行った。



 オーランティアカ級航空戦艦 サンダーソニア。白銀色のボディに鮮やかなオレンジ色で、そう記されていた。


 ■ 小説家になろう


「これは異世界人と現実人の対立構造なんかじゃありません」 スコーリアは、誤解してくれるなと言わんばかりに眉を吊り上げた。

「固有の文化的思想がどう変遷するかの問題です。特定の種族が遺伝子工学で疫病に勝利し、少しでも宇宙に版図を広げたなら、殆どの場合、膨張圧力を緩めています。縄張り意識は本能ではなく、発展途上の習性なんです」


「戦闘純文学者が持つ個人的な小宇宙は、幼稚な換言をすれば縄張り意識だ。チートによる全体主義的なかさ上げでも解消しないというのか?」


 ドクタートランジットは、小説家を志望する妻に喝破されて機嫌を損ねた。


「現状が詰んでいるんです。ブラック企業、格差、結婚難。うまく言えませんが小手先の改良で克服できない閉塞感があります。だからみんな、異世界に憧れるんです」


 ハウの口添えにドクターは疲れた表情を見せた。「リセットか……初期化で黒歴史の循環から解脱できるのなら苦労はせんよ」


「停滞の原因は何だと思います?」 スコーリアは、にこりと笑って質問した。

「進化論的な袋小路だよ。だから私は、淘汰圧戦争という外科的手段を霊長類ヒト科に施したんだよ。誰もがチートで進化するという同調圧力に、必ず抗うやつが出てくる」

 ドクターはつい、本音をこぼした。

「先鋭化した個体が発生する。その先に待つのは何ですか?」 自分とは異なる答えを導いた夫にスコーリアは興味を持ったようだ。

「最強の集団を出し抜く者こそが神だよ。戦闘純文学者の世界には神が実在して、撃ち滅ぼされたそうだが、私達は神を未だ見たことがない。だから、私は神の人工的な発生を試みた。世界に神一人いれば平和だ。これが私の最終結論だ」


 スコーリアはきゃらきゃらと可愛らしい声で笑った。


「何がおかしい?」

「あなたは考え過ぎですよ。世の中はもっと単純です。時代の圧迫感は心理的な幻影です。消費者マインドって言うじゃありませんか? 希望が持てれば解消します」

「だから、ライトノベル作家を志したのか?」

「先生、お世話になりました」


 ハウとスコーリアは、ぺこりとお辞儀をすると硬直したドクターを置き去りにして立ち去った。


「待て!」

「何か? ここまで初期化が進んだのなら、あとは私達で世界を記述します」


 スコーリアが、ドクターを消そうとした。その瞬間、背中にむず痒さを感じた。ハウも体に異変を感じ、うずくまっている。


「私は臆病な性格でね。色々と保険をかけているのだよ」 


 ドクターが手のひらサイズの機器を叩くと、少女たちはメイドサーバントに変化していく。


「神の子が失敗した場合、お前たち二人をあの女に差し出すのさ。なぁ?」


 純白の翼を背中から垂らしたハウとスコーリアが、浜辺にワープアウトした二隻の航空戦艦に向かって歩いていく。


 一隻はサンダーソニア。あの狼男の頭上にワープアウトした機体とは別物である。そう、ドクターが首都レムスの別荘で培養した、あのライブシップ達である。

 残る一隻は、アストラルグレイス。あの時、ドクターの養魚池から世界線をさかのぼって、彗星上空で最初にオーランティアカ姉妹と交戦した、謎の同型艦そのものである。


 ややこしいので、偽グレ、偽ソニと呼称する。


 ドクタートランジットの狂気は同性ですらドンびく女々しい物であった。

 手段を問わずに子どもを得て、妻を見返してやろうというのだ。普通、子種がない事を馬鹿にされた男がここまでやるか?

 長々と御高説を垂れているが、要は世界をリセットしてでも女房を見返してやりたい。ただ、それだけの事である。


 偽グレ艦隊はオリジナルを抹殺すべくいずこかへ消え去った。


「ブーケ、もうすぐ君のもとへ連れていくよ。元気な女の子達だよ」 ドクターがうつろな目で空間をいつまでも眺めていた。



 ■ 北極海 ノバヤゼムリャ島上空


 アラスカを飛び立ったAL−1の赤外線センサーが、ロシアのミサイルを探知した。まさに第二段ロケットに点火した瞬間である。NATO軍が魔王と名付け、恐れている。

 西側最大の脅威にして、旧ソ連時代からの切り札に対し、弾道弾迎撃機は淡いレーザーを放った。ミサイルは威風堂々と加速を続ける。

 次に、出力をやや絞ったレーザーが発射された。びくともしないようだ。勢いづいたミサイルは、小ばかにしたようにAL−1を見下ろしつつ、上昇を続けた。


 先ほどの照射は小手調べではなかった。大気の乱流は光線をねじ曲げるため、補正値を導くための試射であった。

 いよいよ、満を持して機首のCOILが渾身の一撃を繰り出す。目標は燃料タンクを過熱され、漏えいした燃料に引火した。


 レーダーから最初の目標が消えると、操縦席の「ニンゲン」どもは、キィキィと歓声をあげ、人並み外れたスピードで魔王を次々と北海へ葬った。


 ローマ帝国から連綿と続く双頭の鷲の国章は、地上に君臨するにふさわしい超大国の玉座を守り抜いて見せた。


 ■ ペイストリーパレス


 そもそもの発端は、よくある夫婦間のイザコザだ。


「仕事とわたし、どっちが大事?」


 残念ながら多くの男性はここで過ちを犯す。


 あなたが男性なら、「当たり前だろ、仕事に決まっている。生活がかかっている」と答えるだろう。

 女の出題に正論は通用しない。


 彼女が望む回答の一つは「もちろん、君が一番大事さ。でも、二人で食べていかなくちゃいけないだろ? 君の意見から聞こうか」である。

 だが、それは正解ではない。次なる難問が控えている。おおよその男性はここで激昂するだろう。

「それで、あなたの収入でやっていけるの?」である。

 なんたる矛盾。まことに女はややこしく、恐ろしい。しかし、くじけてはいけない。彼女は正論より安心をもとめているのだ。

「ああ、今はな。今度、昇任試験を受けようと思う」とか、何とか言ってくれれば、不安や苛立ちも和らぐというものだ。

 癒しをくれない男など女性にとって無用の長物だ。


 トランジットは冴えない研修医だった。合コンの数合わせとして無理やり呼ばれた合コンの席でブーケと出合った。当時、彼女には婚約者がいた。

 大手製薬会社の若い営業職だったが、親どうしの合意で結婚話が進んでいた。ところが、これもよくある話で男は、親に反発して同じ職場の若い女性と駆け落ちしてしまった。

 結婚を前提とした交際はお互いが好きでないと続かない。ブーケは嫌々ながらも彼に惹かれていったのだ。そこへ、一方的な破談である。

 玉の輿を不意にしてやさぐれたブーケにダメ男どもが群がった。彼女から見ても元許婚者の妻はタヌキ顔の眼鏡っ娘でオタ可愛いタイプだったので、よけいに腹が立った。

 当て馬ならだれでも良かったが、特に気骨のあるトランジットを生涯の伴侶に選んだ。


 トランジットには重大な欠点があった。彼は血を見るのが怖いのだ。医者を志す者なので多少の出血には耐性があった。ところが解剖実習が苦手だった。献体の腹をメスで掻っ捌くのだけはご免こうむりたい。


 彼は医者でなく、剖検、つまり解剖した内臓の組織片を検査する研修医となった。切除した内臓ならば食用肉か何かだと思えば我慢できた。

 医者と研修医では将来性が雲泥の差がある。ブーケはそんな彼に医者を目指すよう何度も叱咤激励したが、聞き入れてもらえなかった。

 トランジットはトランジットで、再生医療の分野で成果をあげたかった。

 二人の間に子供でも生まれれば意識変革も起きるだろう。ブーケは妊活に励んだが、学会発表や徹夜続きの実験を理由に誘いを断られた。

「なかなか出来ないのは、あなたの方に問題があるんじゃないの?」 ある夜、ブーケは蜂の一刺しを彼にお見舞いした。

 トランジットにも思い当る節があったのだが、この事をきっかけに彼はますます研究にのめりこんだ。



 ペイストリーパレスの戦闘指揮所にアバスから通信が入った。「自己言及のパラドックス」による特攻が奏功し人類圏は総崩れになっている。

 残るは白夜大陸のアムンゼン・スコット基地攻略を残すのみとなった。フランクマン帝国の方は総統が不在の上、政府機能が丸ごと強奪されたとあって、もはや国家の体をなしていない。

 帝国の植民地では至る所で独立運動が展開し、戦後の厄介な火種となりそうだ。

 中央諸世界政府の霊長貝ラ・バウル女帝のあと添えもあり、反人類側は揺らぎない支配を確立しつつあった。

 一部ですでに占領政策が始まっている。冥界崩壊時の復活者によるいびつな人口分布を是正するため、男性の間引きがはじまっている。

 高度百キロから下も女の天下になりそうだと、老シア女王は冗談交じりに語った。


「げっ! ミイラすぎる!」 グレイスはひさかたぶりに見る元保護者の姿になつかしさより嫌悪感を覚えた。

 同時に、彼女は惑星ホールドミー・スライトリーでの親子げんかを古びたお笑い番組のように感じた。今は頭を撫でてくれるブーケがすぐそばにいる。


 捨てられた女児は本能的に母親を憎んでいる。たとえ、養母が心の底から慈しんだとて、殺意に近い憎悪は払しょくできない。それが女というものだ。


 生き別れたサンダーソニアはどうだろうか。彼女も量産型ワロップの間接的な母親になったと聞く。

 グレイス的には形はどうあれ、一人前の母親となったのだから、もうどうでもよかった。季節の折をみて量子通信で近況を確かめ合うぐらいの関係に落ち着くだろう。

 自分はどうするか? 中央諸世界による人類圏の占領統治が始まる。ブーケ女王か総督か、とにかくファーストレディの娘として社交界で生きていくのだろう。


 昔、シアが言っていた。黒歴史は払しょくできるか? グレイス的にはこれから始まるバラ色の人生を引きたてる額縁としての黒歴史となるのだろう。


 グレイスは舷窓を通してハイフォン第八彗星の輝きを見やった。あの星がこれからの将来を照らしてくれる。

 あんな田舎のホームプラネットで暮らしを振り返って、ぞっとした。同時に、ブーケと出会うまでに無駄にした時間を思うと、シアと言う馬鹿女に対してマグマの様な怒りが沸いた。



 ■ ニューメキシコ州、国境付近。


 フランクマン帝国の侵攻を頑迷に押し返すアメリカ陸軍。M1エイブラムス戦車が雲霞のごとく押し寄せるチート能力者達に量子榴弾を放っている。

 バリケードを乗り越えるチート兵の頭上にF−111Cアードバーグ戦闘爆撃機が量子滑空爆弾を惜しげもなく投下している。ロシアから鹵獲したブラックジャック爆撃機も量子クラスター爆弾でダメ押しをする。


 爆炎があがり、チート兵の手足が四散する。「やったぞ!」 米兵が歓声をあげる。しかし、喜びもつかの間だった。ぼごっと地面を突き破り大型バスほどの大きさの節足動物が現れた。

 黒光りした羽根を震わせ、戦車部隊を飛び越える。


「な、何なんだ。ぐわぁ」 


 強力な顎でキャタピラが噛み砕かれた。「ブルーピーコックを使え。総員退避」 現場指揮官の判断で中性子地雷が使用された。

 しかし、「ヤツ」には全く通用しなかった。全面核戦争すらも耐え抜くという、強靭な生存力を持つ、黒いアイツには……



 ■ チート・パンデミック



 サンダーソニアの奇襲から逃れた貴賓席が、ダイヤモンドヘッドの帝国軍大本営にワープアウトした。


「ドクター! ドクター!」


 栄えあるフランクマン帝国の総統ともあろうお方が、声を枯らして探し回るのだから、大ピンチに違いない。


「総統も相当の一大事ですな」なんて迂闊に口を滑らそうものなら、ブラックホールに叩きこまれそうな剣幕である。



「話が違うのだがね! 居るんだろう? 確かにリアル地球人を滅ぼせと言ったが……」


 真っ暗な戦闘指揮所に煌々と明かりが点った。見覚えのないメイドサーバントを従えたトランジットが、大写しになる。大小ありとあらゆる画面が同期している。


「チート進化させろとは言ってない。そう、仰りたいのですな?」

「ドクター! どこにいるのかね?」 狼男が今にも泣きだしそうな顔をする。


「ご忠告申し上げた筈ですが? 進化を捻じ曲げるとロクでもない結果を招くと」

「君はチートゴキブリの大繁殖を予想しえたのかね? なぜ、早く言わない?」

「私めの忠告を聞き捨てになられたのは、他でもない、総統ご自身です」


 ドクターの横から、見覚えのあるメイドサーバントが割り込む。


「スコーリア?! これはどういう事かね?」

「どうもこうも。お望み通り、人類は衰退しました。戦争は無くなりました」

「そういう事ですよ。総統。モーダルシフターもお役御免です。では……」


 大画面には見せつける様に翼を振る二隻の偽ライブシップが写っていた。


「オーランティアカ級だと? ば、馬鹿にしおって!」



 紅潮した狼男は、虎縞模様の枠に囲まれた透明プラスチックケースを叩き割った。


 赤地に白で、でかでかと、こう書かれている。 


『取扱注意!! 異世界砲 セーフティ・ロック 取扱注意!!』

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