飛翔せよ! 冠婚の翼!!

 ■ ハイフォン第八彗星 中心核上空


 要衝ブレーメンを遂に陥落せしめた有志連合軍は、彗星本土への進撃を開始した。これに対し王国側は中央諸世界政府に保護を要請し、ライブシップ艦隊が背後から突く形になった。


「人類は二度も神を殺すことになりますが、宜しいとお考えで?」


 コロサス仮設空軍基地から飛び立った本土空爆隊の司令が仰山将軍に訊く。

「人間は三次元と一つの時間軸で出来た物質宇宙に生きておれば充分だ。高次元を玩具にするのは唯我論者の横暴だ。無自覚に神を演じる戦闘純文学者は他者否定に繋がる。殲滅せねばなん!」

「了解しました」


 制空権など最初から無に等しいと思われていた王国上空であるが、油断した爆撃機が濃密な彗星フレアの陰から襲われた。mic隊、首都防空を担うメイドサーバント達である。


「絶対防空圏に敵惑星間爆撃機プラネットボンバー侵入。その数二百!」


 暫定移動首都ハザウェイに防空サイレンが鳴り響く。直径五十メートルの甲羅を持つ陸ガメの上に天幕を張り、対空量子砲や遠距離投擲の術式を持つ戦闘純文学者が陣取っている。数十騎あまりの集団が量子共鳴リンクによって緩い首都代替機能を果たしている。


「たったこれだけの人員でやらなきゃいけないというの? やだ、マジ勘弁」 


 mic隊の総司令は肩まで広がる亜麻色の髪をかきあげながら、十五名の天使たちを順に見やった。


「君たちはよく頑張っている。もう残留派も移民派も関係ない。異世界の扉が閉じるまであと一日耐えてくれ」


 戦線に復帰したアバス首相が水を注いで回る。死路に赴く少女達はワイングラスを一気に飲み干し、地面に叩きつけた。

 車椅子に乗った偽シア女王の前に、ドラム缶のような物が披露された。うっかり手を伸ばした側近を技師が突き飛ばす。毒々しい原色の火花がバチバチと飛んだ。


「実にまがまがしい光じゃ。人間どもを根絶やしにしておくれ」

 女王が声をかけると、ドラム缶は蛍光灯の様に明滅した。咄嗟に警護兵が結界を張ったが、侍従長と近衛騎士が眼球を煮魚のようにして倒れた。


 天使たちは二手に分かれ、ドラム缶を抱えて魔法陣の上に乗った。術者のローブがまくれあがりボーダー柄のヒップが剥きだしになる。一陣の疾風と共に彼女らは消えた。


 上空では原色の花火が盛大に広がった。数秒おいて、量子ラジオから人類圏側の臨時ニュースが流れた。放射線被害により、モスクワが壊滅したという。



 ■ 強襲! 帝都レムス


 フランクマン帝国の外側を回るキイヘン星はさながら野戦病院と化していた。乳房の下からあばら骨をのぞかせた負傷者、全身に包帯を巻かれ、延命の術式を施されている兵士、担架の上で翼の切断手術を受けているメイドサーバント、輪切りにされたライブシップ、地獄絵図の形相を呈していた。

 ライブシップのカルバリー達は病院船を仕立て、主に重傷者の看護師として従事していた。緊急手術が必要なメイドサーバントや艦を本国へ搬送したり、延命より死を望む者に抗ライブシップ・バクテリア弾を処方したり、大忙しだ。


 それは総統府も同じ事だった。後方支援の司令塔として機能していた。それでも万一に備えて、中枢部は相応の警戒態勢が敷かれていた。

 モーリーは中央諸世界軍に医療品の供給や救急搬送を依頼するパイプ役となった。残り時間が少なくなる中、マリーが朗報を持ってきた。王国首都上空で大規模な衝突があり、双方に多数の死傷者が出ているという。


 カルバリーは、臆病者の離反を警戒する憲兵たちに、過剰な監視は救急活動の足かせになると苦情を述べ、キイヘンからの一時退去を要請した。元懲罰隊長の剣幕に押されて、憲兵たちはあっさり従った。


 満を持して、帝国総統府の奪取作戦が開始された。





 濃硫酸とマグマが逆巻く血の池にそそり立つ帝都ロムルス! 生半可な奇襲には十倍の返り討ちで応じる。

 総統の留守を任された防空網も普段に増して分厚い。ましてやシア女王の逃亡を許しているのだ。ライブシップの侵入は不可能に近い。


「まともにやり合ったら軽く死ねるわ」


 カルバリー達は奇策に打って出た。むきだしのワープデバイスが惑星フランクマンの成層圏にいきなり出現した。亜光速を保ったまま、相対論的速度を質量に変えて、惑星の大気を抉り取る。

 帝国側もこうした奇襲は対策済みである。ただちに、マイクロブラックホールが散布され、侵入者を食い荒らす。


「喰いついたわ!」


 量子気象レーダーで首都上空の大気流を観測していたモーリーが声を弾ませる。囮が蝕まれる際にブラックホールが大量の輻射熱を発生し、血の池で熱せられた大気を更にあぶる。

 たちまち、大陸の半分を覆う規模の渦動が発生し、濃硫酸のしぶきが首都を直撃する。緊急離脱しようとするフランクマン帝国軍艦と負傷者の収容を強行する部隊との間で戦闘が発生。

 これを鎮圧するために上空警戒中の戦闘機が首都へ向かう。


 全てはカルバリー婦妻が首都上空の気流を綿密に計算した上での強襲である。乱流を追い風にして、くるくる回る花弁のように、可変翼を開いたライブシップが総統府を目指す。黙って

 手をこまねく帝国軍ではない。暴動鎮圧に従事しつつも、手空きの対空部隊が量子機銃を猛射する。


「ミリアム女史がやられたわ!」

「レナムちゃん、しっかりして!」

「こっちはケリー嬢とプリメ姐さんが撃たれた」

「アマン、おお、わたしのアマン」

「キュリアス先輩! あたしをおいて逝かないで!」


 翼をもぎ取られたり、エンジンナセルに直撃を食らって爆散したり、元懲罰隊員の悲壮な最期にカルバリーは胸が張り裂けそうになった。


「あなたたち、狼男どもを誘う死神となれー」


 カルバリーは、後部可変翼に吊るした切り札を稼働させた。


「サラマンドラの咆哮!」


 バリバリっと、どす黒い稲妻が溶岩流に注がれる。鍋の湯が煮立つようにマグマのあぶくが、そこかしこで弾け、大地が震える。ぎっしり詰まった書架が倒れるがごとく、奇岩の斜面にそびえ立つビル街が崩壊する。


 西瓜サイズの火山弾が歩兵の頭を血しぶきに変えていく。


 総統府のある張り出した崖が、腐ったバナナが先端から溶け落ちるみたいに消えていく。


「あなた!」

「頼んだわよ、モーリー」


 メイドサーバントの女二人は信頼しきった目でアイコンタクトを取ると、二手に分かれ、超長距離ワープドライブとダモクレス弾頭を設置した。




 ぐらりと壺の形をした総統府ビルが横倒しになる。基礎部分が粉みじんに崩れ、一瞬、宙に浮いた。底部スラスターに点火、姿勢を建て直し、あかがね色の空へ蹴り上げられる。


 そのあとをライブシップのカップルが寄り添うように翔け上がる。


「結婚式はこと座の環状星雲で挙げようね」


 睦言を囁くモーリーの翼端を衝撃波がかすめた。


「きゃあ!」 通信帯域に彼女の激痛がきらめく。


 カルバリーが量子レーダーで全周索敵を行うと、あろうことか、首都レムスのビルというビルが槍の様に襲い掛かってくる。

 片翼を失ったモーリーは、みるみる高度を落とし、槍に突かれそうになる。


『あたしが全力で守るから』


 モーリーは薄れゆく意識の中で伴侶のプロポーズを思い出した。「カルバリー……あなた……」


「そのフラグ、全力でへし折る!」


 カルバリーはわざと高度を落とし、槍ビルをやり過ごす。そのまま、爆弾槽を全開、クラスター爆弾を空気中にぶちまいた!


 ミサイルは猪突猛進し、次々と誘爆していく。


 彼女は、爆風に呑み込まれる寸前のモーリーを重力アンカーでたぐり寄せ、ぴったりと機体を密着させたまま、補助ブースターを点火した。


 先行する総統府を見上げると、散って行った女子隊員達の顔が浮かんでは消えた。みな、頭に天使の輪をつけた狼男どもを従えている。


「護ってくれて、ありがとう」 モーリーはぐいぐいと機体をカルバリーに押し付けた。


 ワルキューレの紀行が鳴り響く空へ、  

 ……飛翔せよ! 冠婚の翼!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る