剣戟的宇宙論(ソード・オブ・ジェネシス)
■ アラスカ州エルメンドルフ空軍基地
ボーイング747-400F型貨物機が全米からかき集められ、鼻先を切り落とす作業が急ピッチで進んでいた。
なめ茸の傘のようなメガワット級酸素=ヨウ素科学レーザー砲(COIL)を作業員がまるでビデオを早送りするかのごとく、取り付けている。彼らは人間ではなかった。正確には「ニンゲン」である。南氷洋捕鯨船がしばしば、氷上に浮かぶ白いヒト型の未確認生物を目撃したという報告例がある。シアは国防総省の極秘文書より、これらの標本をエリア51から発見し、ホムンクルスのごとく活用した。人体に有害な中性子線が降り注ぐ地球の運命は彼らの双肩にかかっている。
隣ではロッキードAC130ガンシップにCOILが搭載されている。最終調整を終えた機体から北極の空へ飛び立っていく。
■ ハワイ ダイヤモンドヘッドクレーター
青緑色の水面に浮かぶオアフ島の尾根にぽっかりと開いた円形の火口は、最後の活動を終えて十五万年を経た今もキラキラと尾根を輝かせていた。核を撃ち合う世界最終戦争の舞台とはとても思えない静けさである。上空でさく裂した弾頭は地上を業火を見舞う代わりに、生物の主成分である水素分子を徹底的にうちのめした。
アラモアナのショッピングモールには蒸気がたちこめ、強烈な放射線を放つ肉汁や人間の形をした焦げ跡が残っていた。
火口の半分を占めるフォート・ルーガー陸軍基地。海側に小さな穴が開口いているだけのこの地下空間は、外敵に対してほとんど完全に隠された要塞として使用できる。帝国軍は巨大な地下飲料水プールの下に潜んで中性子線をやり過ごした。
とっぷりと照明が落ちた地下戦闘指揮所。被曝による停止を避ける為に最小限の機器類が稼働している。非常用LEDの赤い照り返しを受けてデスバレーが兵士たちの前で憑りつかれた様に熱弁していた。第二次世界大戦末期にヒトラーが南ドイツのオーベルザルツベルグ山荘で語った予言に似た、荒唐無稽も甚だしい内容に聴衆達、とくに女達はみな陶酔していた。
「女性諸君!……
総統は、我々の宇宙が一個の知的生命体であると述べた。思考し、感情を持ち、繁殖もする。その様な物が実在し得るかといえば、虚構とは、すなわち、可能性の総和であるから、無いと考える方がおかしいのだろう。
今から一千億年前、「宇宙」という概念は人知の及ばざる理由により、虚構の世界から弾き出された。産まれたばかりの彼女は幼い心を孤独に打ち震わせ、同類を求めた。
やがて、自己の内面にもろもろの知的生命体を宿した。特権者と人類、その他。彼女は成熟するにつれ、己の寿命について思い悩むに至った。本能的な死への恐怖から、自己複製の道を模索した。
「いわば、異世界は彼女の胎児ともいえよう!」 狼男がうわずった声で講壇を叩く。
宇宙を生み出した概念の海には、羨望が含まれていた。宇宙は、可能性を可能性のままで終わらせず、実体化した。
その事に、概念の海は嫉妬の念を禁じえなかった。
「宇宙が……この子が何をしたっていうの!」 メディアは歯噛みした。
宇宙が孕んだ知性を簒奪し、可能性を具象化させる触媒とすべく、概念の海はある種の寄生虫を送り込んだ。ハイフォン、ツイフォン両彗星である。両者は宇宙を内面から蝕んでいる。
「諸君! 彗星は両異世界の安定を装って、確率変動エネルギーを巧妙に盗掘しているのだ」
黙って聞いていたドクターが腕組みをする。「両異世界を平定して確率変動の完全な均衡を図る計画を、シアが台無しにした!」
「……という次第で、大逆賊と最も因縁深い我が妻のほかに適任者はいないのだよ」 狼男は牙を光らせる。
メディアはこの世のありとあらゆる確率変動を司る存在を呪った。同時に、シアに対する殺意を新たにした。
彼女を殺せば、忌まわしい戦略創造軍の任務から解放されるのだ。
■ ハワイ諸島カホラヘ島
ハワイで最も小さな島は入植に適した土地ではなかったため、二十一世紀半ばの現在もアメリカ軍の射爆場として使用されている。
重量八十三トン、全長約二十六メートルの長大な野戦砲が二台のトレーラーに牽引されている。W19核砲弾を発射する
それらが二人の女戦士を挟んで向き合っている。
勝負に負けた方は、ただちに核の炎に焼かれ、苦しむ間もなく素粒子に還る。人道的な介錯というわけだ。
「こんな形であなたと再会したくはなかったわ」 リュセフィーヌの体を借りたシアが浜風にブロンドの髪を揺らせる。
「わたしとあなたは今でも親友よね?」 量子ブレードを構えたメディアが一歩、歩み寄る。
細かい砂粒がシアの長い睫毛に捕えられる。「友達だからこそ、良かれと思って忠告しにきたの」
メディアは、リュセフィーヌの肉付きを一瞥した。腕から斬撃の術式を輝かせる女は、中年で均整の取れた体つきをしているが、体脂肪率は高めだ。循環器系障害も多少は患っているに違いない。持久戦に持ち込めば息切れ必須だ。
「あなたのしている事は、宇宙の敵に利する行為よ」 呼吸を整え、追い風を受けて一気に間合いを詰める。
「狼男を真に受けるとは!」 シアはするりと右にかわし、術式でブレードを受け止める。
「あの時、わたしに悪意がない事を信じて任務を全うすればよかったのよ」 メディアは切り結んだ刃先を上腕に力を込めて跳ね除けた。
「どのみち、フランクマン帝国に殺される羽目になったのよ」 シアは腰を落として、メディアの内懐へ入る。「こんな具合にね!」
今度は向かい風を受ける側となったメディアの窮地を利用して、シアが突きを繰り出す。
「彼はあらゆる女性の味方よ。あなたは信じるという行為をどうしてできないの?」 メディアは相手の出足が砂に捕えられる時間差を利用して、足払いをかけた。
剣戟に不慣れなシアの体は大ぶりな動きで尻餅をついた。メディアは量子ブレードで頸動脈を狙う。
「は? 信じる? 幼女の仲良しごっこじゃあるまいし」 シアはすばやく体をねじり、ブレードを蹴り上げる。「信じ合えば信じ合うほど、不安が募るのが女よ」
メディアは、重力の落差を利用してシアの膝を迂回するように刃先をぐるりと回す。そのまま彼女の肝臓めがけて一気に押し込む。
人を確実に刺殺できる場所はここと頸動脈しかない。「根拠のない不安が戦争の原因よ。確証を積み上げればいいのに。馬鹿みたい」
シアは地面を転がるように体をひねり、起き上がった。「誰が保証するの? 人類、フランクマン帝国? 特権者?」
斬撃の術式が、がら空きとなったメディアの背中にピタリと触れる。「公平な神はもう、いないのよ」
「
向う脛を思いっきり蹴られたシアは、あまりの痛みに術式を忘れてしまう。 「━━ッ痛」
憑依したとはいえ、完全にリュセフィーヌの身体を掌握したとは言いきれなかった。しあわせ太りした主婦の身体である。ガチバトルの痛みに耐えきれる筈がない。
メディアは勝ち誇ったかの様に、シアの髪を鷲掴みにし、ぐいぐいと喉元に量子ブレードを当てた。
「勝負はついたようね。とっとと原子の塵に還れ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます