……さようなら、人類
■ 東太平洋グアダルーペ島
カリフォルニア半島から約二百四十キロ離れた、別名シャークアイランドと呼ばれるこの島に数億人の命を一瞬で屠る鋼鉄の鮫が終結しつつあった
ロサンゼルス級原子力潜水艦キーウェスト。
アメリカ海軍で最速を誇る空母CV−64コンステレーションを護衛していた。同空母はワシントン州ブレマートンで空母レンジャーと共に
コンステレーションの戦闘指揮所に今や、アメリカ合衆国第二代女帝ノートン二世となったシアが降臨する。まばゆい光が提督の不安を一気に払拭する。ちなみに、アメリカに初代皇帝が実在したかといえば、自称とはいえ、一九世紀のサンフランシスコに半ば公認の形で存在した。ジョシュア・ノートンは王位僭称者とはいえ、このような確率変動のゆらぎを許したアメリカ国民の心理に付け入るのは容易であるとシアは判断した。実際、独立戦争当時に王家の創立が検討された事もある。シアは究極戦艦ゲティスバーグから指向性電磁波を照射して提督に聖母の姿を見せた。
「提督、ゴリ押しのチート能力者とて所詮は生身の人間。中性子爆弾の敵ではありません!」
「イエス、ユア・ハイネス!」
ホロマン空軍基地を離陸したB52G爆撃機の並列翼下パイロンに二発ずつ、一機当たり計四発のスカイボルト・ミサイルが吊ってある。この空中発射弾道ミサイルには出力1.2メガトンのW59改核弾頭が搭載済みであるが、ウラン258を包む中性子反射材に細工がしてある。
スカイボルトが母機から十分な距離を取って、後部フェアリングを分離、初段ロケットに点火した。濃紺より深い黒みがかったカリフォルニアの空に復讐の狼煙が立ち上った。
戦艦チャタヌーガの後部に増設されたMk41垂直発射システムが順番に噴煙をあげる。巡航ミサイルの誘導システムにゲティスバーグからの偵察情報がマッピングされ、シアが帝国軍艦の予想配置図を転送する。
あの狼男は事後の話題に事欠いて、シアに武勇伝をまくし立てた。彼女は計算高い女なので、つまらない男の自慢話と聞き流さす、詳細に記憶した。
あの男の戦術は夫の給与明細よりよく判る。「終端誘導が楽しみよ!」
敵艦は想定し尽されたシアの翻弄策によって、ことごとく迎撃を出し抜かれるであろう。タクティカル・トマホークの誘導装置は臨機応変に変更可能なのだ!
行け! シア・フレイアスター最強伝説!
「あたしの誘導チートを見切ってみろぉお!」
ハワイ沖で哨戒中のイージス艦はリムパック演習のさ中にフランクマン帝国が鹵獲したものだ。それの三次元レーダーがトマホークを捕捉した。同時にRIM−116迎撃ミサイルが発射される。煌々と輝くトマホークのレーダーめがけて、迎撃ミサイルが機体を回転させる。シーカーを巡らせて目標を索敵圏内に収めるためだが、シアはこの時間の無駄を逆手にとった。
トマホークは突如、レーダーを停波。パッシブホーミングに特化した迎撃ミサイルは標的を見失い、パニックに陥る。ただちに、赤外線シーカーがトマホークを探し回るが、シアの巧みな再プログラミングによって、既に索敵円内にはいない。艦艇自衛システムはCIWSによる迎撃を命じるが、最早、タクティカル・トマホークから逃れるすべは無かった。
「行っけー!」
長すぎる槍と揶揄されるトマホークであるが、射程百二十七キロを誇るハープーンの比ではない。三千キロの彼方より撃ち込まれたる怨嗟は敵艦を微塵に打ち砕いた。
「イージス艦が巡航ミサイルに沈められただと? どういうチートだよ?」
報告と言う名の罵倒を狼男から受けたドクター・トランジットは椅子から転げ落ちた。
■ ハワイ沖 ロサンジェルス級原子力潜水艦キーウエスト
「メインタンク・ブロー! SLCM発射深度まで浮上」
艦長の号令一下、キーウェストは魚雷発射管にシア御用達タクティカル・トマホークを装填した。白波が氷山のごとく盛り上がり、亜音速の戦斧を投擲する。
大宇宙を進軍するフランクマン帝国の科学力をもってすれば、土人の吹矢ごときSLCMをはたき落すなど、蠅を打つより容易いはずだ。何がどう狂えばこうなるのか?
そう、戦闘純文学である。物理法則を強い人間原理に基づいてねじ曲げるこの力こそ、帝国が恐れ、欲したものであった。ゆえに、万策を尽くして人類圏と中央諸世界、チート対戦闘純文学者の対立を煽った。
しかし、チートを許す者はチートに律せられるのだ。
大逆賊の誹りを受けたシアである。激昂した彼女はその名に恥じぬ汚いやり方で狼男に反撃を開始した。
シアが流布したウイルスによって感染者はわずかながら戦闘純文学が行使できつつあった。微力であるが。繰り返しのべるが、戦闘純文学はセミ・アクティブホーミングな魔術である。
シアは米軍が構築した偵察網を活用してハワイ諸島を視界に収めた。
モスボール状態から復帰したSR−71ブラックバード、U2偵察機、無人機、それらに搭載された光学機器からの視覚情報がシア・ウイルス感染者の脳に入力される。
そこから
早い話が、彼女は第三者の視覚や偵察機の眼を通じて、広範囲の視野を得たのだ。トマホークももちろん、彼女の視界にある。戦闘純文学による支援はやり放題である。
完全なステルスには及ばないが、不特定多数による術の蓄積は、トマホークの発見を遅らせるだけの効果を十二分に発揮した。
真珠湾。帝国が拿捕した艦艇が次々と爆沈していく。フランクマン帝国は地球を大艦隊で包囲するなどという愚挙は侵さなかった。未開人の制圧などエイリアンシップ一隻で事足りる。
戦力評価もまともにできないエイリアンほど艦を並べたがる。「美しくないのだよ」と狼男が気取っていた。
それが、みごと裏目に出たのである!
さらに、シアはトマホークは勿論、米軍の軍曹品すべてにナノマシンによる
「ドクター。話が違うのだがね? 言いたいことは明日言え、などという地球の格言は私には無用のものだ」
詰め寄る総統に、トランジットも落ち着きを欠いた言動で返す。
「これはもう、チートなんかじゃない。だいたいチートした機械なぞ理論上ありえん」
「誰かが魔法でも使っているといいたいのかね?」
狼男は、はっと思い当った。「魔法だと? まさか、あの女が……」
悪童の様に微笑み、メディア妃に耳打ちする。「君にもうひと肌ぬいでもらわねばならん」
彼女は、その提案に身震いし、露骨に拒絶した。
「ほう、では、私の顔を汚したいと言うのかね?」
デスバレーは最愛の妻に銃を突きつけた。「お、女の味方というのは嘘だったんですか?」
「あれは女ではない。魔獣の雌だよ」
■ シア艦隊
空母レンジャー水上打撃群を構成する駆逐艦モンロービルが突如、轟沈した。
「な、何なんだ、こいつらめ」
巡洋艦リーハイ・バレーの喫水線から上にびっしりと緑色の肌をした子どもが張り付いている。甲板上で、よじ登ってくる半魚人を水兵が銃撃するが、びくともしないようだ。
「リーハイ・バレーを放棄する。総員退艦!」
遂に人間の枠外へ踏み出したチート能力者に襲われては、シア艦隊もひとたまりも無かった。
アスロックにW44改中性子核弾頭が装着され、巡洋艦にロックオンする。艦隊が遁走した海には、半魚人の屍で覆いつくされていた。
虚空では、B52Gの放ったスカイボルトがハワイ諸島に無慈悲な中性子の雨を降らせていた。
■ ロシア連邦南ウラル山脈
ヤマンタウ山はバシキール語で「不吉の山」と呼ばれている。核の直撃にも耐える岩盤の奥底に「死の手」と呼ばれるロケットが鎮座している。
ロシア指導部が壊滅的打撃をこうむった場合に、アメリカ本土に向けて、全自動で核報復を行うための火付け役である。
ウラル山脈南部に配備されたセンサーがスカイボルトの熱源を探知した。
ロシアに向けた無差別核攻撃の開始が認知され、死の手が国内各所の地下核ミサイルサイトに反撃を促すべく、特殊な電波を発射しつつ、空を巡った。
戦略核ミサイルが北極海上空を破竹の勢いで進軍中である。
……さようなら、人類
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