第三次真珠湾奇襲攻撃〜シア・フレイアスター無双伝説

 ■ ハワイ ヒッカム空軍基地


 真珠湾の一角を占める面積約十二万平方キロの基地は、フランクマン帝国の御用艦隊で埋め尽くされていた。

 飛行場のほぼ中央にアメリカ陸軍の双発軽爆撃機インベーダーが展示してある。その脇に、でんと総統の重戦闘機が鎮座しているのは、皮肉のつもりであろうか。

 帝国軍トルーパー達の手によって記念碑が爆破された。往時は世界の警察官を気取った超大国に対する最大の侮蔑である。


 ストレートの長い髪に灰が散った。メディア・クライン妃は頭を振ってそれを払いと落とした。


「ブレーメンが落ちたそうですわ……」 言いながら、物憂げにヘアクリップを留めなおす。

「君たちの上層部はどこまで計算済みだったのかね?」 狼男デスバレー・フランクマンが勘ぐるように鼻をひくつかせる。

「ハイフォン第八彗星とツイフォン第二彗星は異世界の架け橋であること。こちら側の世界における特権者不在の確認です」

「他にもあるだろう。君は人類圏と共闘する偉大なる我が帝国の皇后なのだよ。気に病むことはない」


「第八彗星自体が確率変動の源、それもコヨーテ枕崎のような天然モノであることぐらいです。二年周期で、あの星が人類圏と帝国の軋轢で生じる様々な確率変動を微調整していること。それゆえに、上層部は腫れ物に触るような扱いをしてきました。事実、両国間の平和は保たれています」


 総統はふん、と鼻を鳴らした。「堕落した人間は探究心を忘れてしまう。あれの由来と将来を懸念する者はいないのかね?」

 メディアは困った顔をする。「人は安心を求めます」


「君たち女は特にそうだろう。だが、私の様な小心翼々の現実主義者は常に危機感に苛まれているのだよ」

「あなたがですか? ご冗談を」

「前にも言ったよ。暗殺未遂の話を。私は常に耳をそばだてている。宜しい、メディア君。教えてやろう」


 狼男は帝国情報部の見解を自慢話のように長々と語った。


「異世界砲ですってぇ?」 アーモンドの様な目を真ん丸にしてメディアが仰天した。

「それゆえに、我が偉大にして慈悲深い帝国は、両世界の平定を急がねばならんのだ。宇宙かのじょを真の敵から救うために」


 メディアは雷で撃たれたように硬直し、惚れ惚れするような目で爪先から頭頂まで狼男を舐めるように見据えた。


「あなた!……本当に善い人なのね」 彼女は、目頭を押さえきれず、わっと総統の胸に飛び込む。

「ああ、私はすべての女性の味方だよ」 デスバレーは愛妻の髪を何度も撫でた。 


 ■ カリフォルニア州サスーン湾


 始めがあれば終わりもある。艦たちにとって人生の始発駅が造船所であるならば、終着駅がここにである。

 忘却の彼方に取り残された艦の骸が西日を受け、波にもまれている。

 アメリカ国防予備役艦隊。有事の船舶枯渇に備え、退役した艦艇をストックしてある。


 かつて活躍し、色あせた歴史の一頁となりつつある彼女達の多くは解体の憂き目にあう。だが、中には戦争の生き証人として永久保存される艦もある。


 モンタナ級戦艦BB−71ルイジアナもそんな老兵の一つだ。


 基準排水量七万トンの戦艦は、ノーフォーク海軍工廠で建造され、湾岸戦争、ソマリア戦争、イラク・イラン・シリア三国戦争、南沙戦争を歴戦し、ここで戦いの傷を癒し、博物船として、新天地で余生を送るべく、出航準備がなされていた。


 テロリストの襲撃に備えて民間軍事会社が定期巡回をしている。

 ちょうど、日付が変わった頃だった。いつもの様に装輪装甲車が厳重なゲートを通過しようとした矢先だった。

「おい、何だあれは?」

 ヘッドライトを白い人影が物凄い勢いでよぎった。「侵入者か!」 後部席の兵士が12.7ミリ重機関銃を発砲する。

 二つの大きなあかりの狭間に全裸の成人女性が浮かび上がった。白目を剥いている。

「うわあああ!」 

 三人の兵士は狂ったようにブローニングM2をぶっ放す。徹甲弾がゲートに火花を散らすなか、女は軽い身のこなしでルイジアナに向かった。


「出せ!」 タイヤを鳴らしてピラーニャが不審者を追うが、闇の中に見失ってしまった。後部座席で歯噛みする兵士の背中に触れる者がいる。

 先ほどの女だった。振り落とそうと、がむしゃらにハンドルを切る運転手から彼女は通信機を奪い取った。黒板を爪で引っ掻くような声で叫ぶ。

「何を言ってい……」 通話口の男は喀血して倒れた。通話を記録していたサーバーに異常が発生した。更新済みのパターンファイルを食い破ってコンピューターウイルスが蔓延し始めた。同時に、男が白目を剥いたまま、むくっと起き上がる。そして次に犠牲者をもとめて、よろよろと立ち去った。

 血だまりからウイルスが空気中に飛散した。

 戦艦ルイジアナのインフラを制御するすべてのネットワークが乗っ取られ、艦は桟橋を離れ始めた。


 人類史上初のネットワークを介して人とコンピューターに同時感染する画期的なウイルスは全米のインフラを掌握しつつあった。



 ■ 究極戦艦ゲティスバーグ改級ヴィックスバーグ、チャタヌーガ、マナサスギャップ。


 グルームレイク空軍基地。通称、エリア51。エイリアンクラフトを秘密開発中だとか宇宙人を冷凍保存しているとか都市伝説の宝庫であるが、民間人の想像を凌駕している。

 宇宙戦艦を建造しているのである。とはいってもアニメチックな有翼艦ではない。極超音速巡航ミサイルを搭載した軍用無人シャトルで、地球上の任意の点を一時間以内に攻撃できる「プロンプト・グローバルストライク・システム」のプラットフォームである。同サイズのプラチナ塊よりも高価な機体ゆえに特別な命名がされている。


 戦艦ゲティスバーグ。米軍の統合戦術情報システムとリンクし、世界中の基地や部隊を掌握できる。


 シア・フレイアスターの魂はメインAI開発技術者の妻、リュセフィーヌに働きかけてシステムの乗っ取りを果たした。さらに、CDC(全米医療センター)のシステムをハッキングし、特別なウイルスを作成、流出させた。感染者をネットワークを介して意のままに操る画期的な疫病である。

 人間の大脳には他人の感情を共感するミラーニューロンがある。このウイルスは、視神経を経由してミラーニューロンを変異させ、感染するのだ。


逆の感染経路は戦艦ルイジアナの事件のとおり。



 シアは感染者の体内にナノマシンを発生させ、シャトルの自己改造を促進した。そしてわずか数時間の間にアメリカ政府はもとより、産軍複合体のすべてを手中に収めた。



 シア・フレイアスター無双伝説のはじまりである!



 彼女は、ノーフォーク海軍工廠を筆頭に全米の造船所、兵器メーカーを主導し、水上打撃部隊を編成した。いかなナノマシンとはいえ、軍艦の新造には相応の歳月を要する。シアは、米本土各地に係留中であった軍艦を急ピッチで改装した。

 戦艦ルイジアナをはじめ、戦艦アイオワ、ミズーリなどを流用、究極戦艦ゲティスバーグ改級ヴィックスバーグ、チャタヌーガ、マナサスギャップとした。



 ■ 第三次真珠湾奇襲攻撃


 真珠湾には怨念が眠っている。旧日本軍の奇襲で着底した戦艦アリゾナからは、今でも千百余名の恨みを代弁するかのごとくオイルが染み出ている。これはアリゾナの涙とよばれている。


 衛星軌道上の究極戦艦ゲティスバーグ

 からリンク16/TADIL回線を通して、きびきびとした指令が飛ぶ。彼女は鋼鉄の肉体に宿っても、嬉々としていた。



 太平洋の波濤を割るシア艦隊の先陣を切るのは戦艦ルイジアナあらため、旗艦チャタヌーガだ。


 主砲下のリニアモーターに電源が入り、主砲基部の固定ラッチが外れる。甲板を震わせて砲身が進路上のハワイ諸島へ向けて旋回した。


 大気圏外で観測機の役目を果たすシアが怪気炎をあげる。


「ふふふふふ。個艦性能では帝国に劣ろうとも、艦隊性能では負けないわよ〜」 


 フランクマン帝国に落日が訪れようとしていた。

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