復活のサンダーソニア

 ━━人生は美しい。未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ。「遺書」より。トロツキー ロシアの革命家、思想家、政治家。



 ■ 中央諸世界 『わし座知性極』 衛星軌道上


 要衝ブレーメンにおける戦闘純文学者達の劣勢と援軍の要請が中央諸世界に伝わると、女帝は直ちに総動員令を発動した。

 本土防衛軍や予備役のみならず、民間のライブシップやカルバリーたち亡命者まで根こそぎ強制的に駆り出される羽目になった。


 衛星軌道上のドックでは増援部隊が編制され、武器弾薬を超生産したり、攻撃に参加する艦や輸送艦がひしめいていた。

 後方支援部隊のドック。人類圏やらフランクマン帝国やら中央諸世界の植民地やら、てんでばらばらな規格の物資が山積みされている。


「ひどい装備ですね。戦略創造軍では骨董品を使っているんですか? 戦前の物ですよ?」

 カルバリー&モーリー婦妻の奇襲計画に賛同して集まったライブシップ達は、不平を漏らした」


「賢い人間なら小石をどこに隠すかしら?」 モーリー艦は試作型超長距離ワープデバイスをぼろ糞に貶している艦に聞いた。

「浜辺に決まっているでしょう」 彼女は小馬鹿にされたと思ったのか憤慨した。

「普通はそうでしょうね」 モーリーは増派第一便が待機しているドックを見やった。

「違うんですか?」 

「長距離デバイスや抗ライブシップ・バクテリア弾頭を前線に隠し持つ愚か者はいませんよ」

「敵前逃亡するライブシップがいるかも知れませんよ? わたしたちの様に無理やり徴募された」

「反逆者を懲らしめる方法は他にもありますよ、マリー」

「じゃあ、どうやって帝都を攻めるんです?」


 モーリーは隣のドックに停泊中の伴侶に呼びかけた。「あなた? 偽装は終わったの?」

 カルバリー艦はスラスターを吹かしてしずしずと脇へ退いた。純白の船体が現れる。病院船特有のマークを尾翼につけている。赤色の上向きの矢印が交差するデザイン。

「うちの部隊は前線に赴くんじゃなくて後方支援に徹するの」

 マリーは隊長の意外な返答に腹を立てた。「やる気があるんですか? こんなジョークにつきあう位なら前線部隊に志願しますよ!」

「小石を隠す場所があるんですよ」 カルバリーが二隻に微弱な電波で囁いた。

「まぁ! ヤダ、あはは……そういう事ですか。わたし、こういう悪戯大好きなんですよ」 マリーは通信帯域を黄金色に煌かせて笑った。


 ■ ギヌンガガップ渓谷地下 暗黒粒子加速器本棟。


 鉄扉の前で黒百合部隊の最後の一団、クミ隊長直属の護衛部隊二十名が、同じ数のチート能力者とスキルを撃ちあっている。

「ドライツェン!」 メグが率いる数名の班が術式を唱えると、チート能力者の一群が黒焦げになる。

「ふは……ぬるいぬるい」 男達は焼けただれた上半身の皮膚を玉ねぎの様に剥き、鍛えた胸をむき出しにする。

「おりゃあ!」 上腕筋にチートを込めてメグたちに殴りかかる。


「そこっ!」 メグは打ち出された腕を踏み台にして、大きくジャンプした。スカートがめくれ、瘡蓋だらけの脚に履き替えたばかりの純白パンツが映える。

 男が気を取られた瞬間に、右わきから山吹色の光線が射した。彼の腰で被弾したモーダルシフターが弾ける。十字の閃光が彼と周囲の仲間を呑みこむ。


「みんな! 連中の腰を狙ってー」 狙撃兵のナミが天井のエアダクトから顔を出す。たちまち蜂の巣にされ、眼球が飛んでいく。

 戦闘純文学者たちはナミを慎む暇もなく、狙撃のスキルを男達のモーダルシフターに向ける。


 扉の向こうではクミが凪子を見送る最中だった。頭上の地球を覆い隠す様にワロップ級空母が浮かんでおり、船底のハッチからタラップが降りている。

「ほんとうにこれで現実の地球に戻れるの?」 ジュラルミンケースを担いだ凪子が確かめるように言う。

「USSペイストリーパレスが地球から辿って来た世界線をさかのぼってちょうだい。その後に凪子の地球へ向けてシャトルを射出してね」 クミが艦に言い聞かせる。

「あなたは乗らないの?」 凪子はクミの手を握る。

「わたしは最期までこの子の船出を見守らなきゃ。髄液をありがとう」 クミは船賃の代わりだとばかりにガラス容器を掲げる。


 向こうからメグの断末魔が聞こえた。扉が爆散し、ターバンを頭に巻いた男が現れる。


「ミスター念力?!」 クミが向き直って量子小銃を連射する。男が左腕を掲げると、銃弾が見えない壁にぶつかった様にバラバラと床に落ちる。

「凪子、忘れ物だ」ミスターは、翡翠のリングを持っている。

「それは?!」 

「貴様、任務を忘れたか? しかも騙されて黒百合に協力するとはな」 男はリングを靴で踏みつけた。


「どういうこと?」 凪子は血相を変えてクミに振り返る。


「凪子の厭戦気分をエネルギーに換えて、リアル地球の帝国軍をぶっ飛ばすつもりだろう?」 大声で詰問され、きゅっと唇を噛むクミ。

「嘘でしょ? 嘘と言って」 凪子はジュラルミンケースの重みに耐えかねて、へたり込む。

「こいつは最初なぁ、お前をミセス・ドライフラワーの娘にして、全てを終わりにする積りだったんだよ」 ミスターに踏まれたリングから細い光が漏れる。


 虚空に像が結ばれる。セピア色の画面に挙式したばかりの若い夫婦が映る。二人は古い役場に出生届を提出している。名前の記入欄には「なぎこ」


「子種に恵まれない二人は、やかて、いさかいを起こす。赤ん坊でもいれば、ドクターの励みになったろうさ。そこで、クミはお前の世界線をぶっこんで、夫婦の娘にしようと企んだ」

「うそ!」


 凪子はスカートのホックを外した。ジッパーに手をかけ、パンツの腰紐が見えるまで降ろす。


「嘘つきは、お前よ!」 クミは勝気な目でミスターを睨み返す。くっくっくと含み笑いする念力。 「そうかい? じゃあ、なぜ凪子から髄液を奪った?」 


 凪子はわななき、スッと膝の高さまでスカートを降ろす。


「俺が代わりに言ってやろうか? 上の艦はワロップ……自爆特攻用だ。てめぇは、カムチャッカリリーの残党を連れて、その髄液で育てた艦で逃げるって算段だろ」


 凪子がスカートを闘牛士のマントのごとくひるがえす。「もぉおおおおおお!」 


「言えよ、なんでサンダーソニアじゃ無いんだよ。ライブシップ・クミ=ナギコさんよぉ」 


「もぉおおおおおおおお! いい加減にしてえええええええ!」 ダークマター・デバイダーがミスター念力を一刀両断する。


「ぐあああああああ!」 彼は稲妻で出来た籠に包まれて、もがき苦しむ。


「凪子さん、こっちよ」 クミは一気に凪子の髄液を飲み干すと、ジュラルミンケースを拾い上げ、駆け出した。

「クミさん、わたし帰らない!」 凪子は、彼女の手をしっかり握りしめて、ワロップ級に駆け込む。

「あたしは、みんなを連れてかなきゃ!」 凪子をハッチに押し込み、クミが飛び降りる。彼女のセーラー服が背中からざっくりと裂け、鵞鳥の翼がふわりと広がる。


「クミちゃん! クミちゃん!」 凪子のワロップ級が遠ざかる。


「黒百合は永遠に咲き誇る!」 クミがキーワードを叫ぶと、虚空にメビウスの輪が現れ、二つの地球がその縁を目にも停まらぬ速さで駆け巡る。


「暗黒粒子加速器、臨界突破」 神々しい光がメビウスの輪からジュラルミンケースに降り注ぎ、航空戦艦サンダーソニアに変化する。


「ソニアちゃん、超生産能力を、お願い!」 メイドサーバントと化したクミが甲板に着地する。

「はいな!」 エルフ耳の女子中学生が指を鳴らすと、鏃型のライブシップが出現した。


「ぬぉおおおおおおおお!!!!」 ミスター念力の悶絶が絶叫に変わる。


 部屋全体が一瞬で白熱の世界と化した。マウント・オメガを中心に閃光の亀裂が放射状に広がる。横たわるカムチャッカ・リリーたちをオレンジ色の繭がいとおしむように包み込む。

 それらは、一群となって、サンダーソニアに収納されていった。



「クミさん、あたし、一生ついていきます」 ワロップ級の舷窓で凪子が涙ぐむ。

「隊長、ご結婚おめでとうございます!」


 ライブシップ・クミ=ナギコの艦橋でKL隊がクミを祝福する。

「あたしだって、恋をしたい……」 サンダーソニアは、羨ましげに少女達を見守った。


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