明かされる謎と異世界

 ■ 越えられない溝〜ライブシップとヒト

 特権者と人類。不信と疑心暗鬼に満ちた宇宙に、更なる毒素を注ぐ者がいる。ライブシップとヒト。些細な誤解から生じた摩擦は、新たな対立軸となって燃え上がる。

 私たちは常に、自分や万物の本質を問いかけ、その回答に満足しない。自己不信を拠り所とし、存在理由を外部に求め、奮い立つ。

 ライブシップは、ヒトのips細胞を「生きている宇宙船」に分化させたものだ。鋭角的な外見をしているが、本質は宇宙怪獣だ。

 小惑星帯の資源を安価に採掘するために、木星で育ち、繁殖するよう創られた。

 先の大戦……特権者戦争の末期に実戦投入される際、制御するために人格を付与された。その素体となったのが、オーランティアカ姉妹の脳だ。

 人間の生理的嫌悪に基づいた排外主義が、戦後、ライブシップ達の独立機運を高めた。コロニー国家「中央諸世界」は、彼女らの希少な受け入れ先となった。

 人類側は、ライブシップの建造に要した莫大な費用を、債務として彼女らに課した。シアたち航空戦艦が人間に仕えるのは、そういう事情だ。

 ともすれば、宗主国と植民地に類似した関係が続いてきた。不満は蓄積する一方だ。


 戦闘の火ぶたを切るのは簡単な事だ。人は、平和と安定を兵器の生産に費やすからだ。


 旧南極点アムンゼン・スコット米軍基地。ライブシップ二隻の失踪から始まった混乱は、暗殺疑惑に発展した。

 中央諸世界政府は、露骨な殺処分として猛抗議し、人類側は、危険任務中のMIA(戦時行方不明者)だと反論した。

 そして、シアの亡命宣言である。彼女の軽率さを非難するのは、あまりに可哀相だ。

 ライブシップは、感染防止のため、採掘した資源を軌道上で投棄し、太陽へ突入するよう条件づけられていた。

 さすがに、人道面からその制限は解除されたが、プログラミングされた鬱は、完全に治らない。

 シアだって、いきなり娘を二人も喪った恐怖で、短絡的な逃げ場をフランクマン・ロムルスに求めたのだ。DV夫から逃れる母子のように。


「同僚であり、親友でしょう? わたしを信じて!」 秒単位で深まる亀裂を、メディアは埋めようと必死だった。しかし、あまりに短時間に、雑多な事が起こりすぎた。

「もう、思い入れはないわ。互いに傷つけあう事を恐れて、本音が言えない関係も、これまでよ」 シアは、心の疾風を吐き出した。

 強襲揚陸艦シア・フレイアスターが、ゆっくりと彗星の軌道から離脱していく。

「これから、どうするつもりなの?」 往生際の悪いメディアは、最後まで説得を諦めない。去る者に身の振り方を聞いて、どうなるわけもないが。

「帝国は工業力を欲しがってる。 わたしの超生産能力で、テコ入れしてあげようかしら。 落ち着いたら、彗星で娘たちの骨を拾うわ」 シアは、サバサバと答えた。

「そう……」 メディアは威厳を取り戻した瞳で、シアをまっすぐ見据えた。彼女は、最後の言葉を口にしかけた。

 メディアは、くるりと踵を返し、中央作戦局全域に通じるモニタに叫んだ。

「懲罰艦隊、総員に告ぐ! 強襲揚陸艦シア・フレイアスターを撃沈せよ。 観測可能宇宙の果てまで、追い詰めて殺せ」


 ■ 停まらない戦い 

 白夜大陸(旧南極) ボストーク湖。分厚い氷を、機械的な振動が苛んでいる。

 地下、数千メートルの空洞に、重武装したライブシップがひしめき合う。


「彼女にとっては、絶対に勝ち目のない戦いだ。落ちついて、訓練通りにやればいい」

 粗削りな氷の壁をこすりながら、重合金装甲(フルメタル)を着た旗艦が、湖面へ滑り落ちる。つづいて、抗ライブシップ・バクテリア弾頭を満載した巡洋艦が、滑走をはじめる。


『超長距離ワープカタパルト。目標、コンサイス恒星系』

 氷原に連なるアンテナが一斉に花開く。調教師に従うように、ぴたりと虚空の一点を向く。 天空の一か所が赤みを帯び始め、格子状の投網が基地を覆う。

 垂直に上昇する艦隊を網が絡めとる。 各艦はみなぎる筋肉を見せつけるかのように、電光を迸らせている。

『ヴァイキング・ディパーチャー。クリアード・フォー・テイクオフ』 

「テイク・オフ」

 電流が同時に艦をほうり上げる。成層圏に滑り込んだ艦隊は、同心円状に広がる深みへ消えていく。


 ■ コンサイス星系 第十二番惑星 フランクマン・ロムルス帝国 首都レムス

 地獄の一丁目をこの国の画家に描かせると、こうなる。煮えたぎる溶岩を、鍋ごと斜め右上にぶちまける。ひしゃげたΩ字状に冷え固まった奇岩。

 その、それぞれに、ひと房のブドウが実っている。一粒直径百メートルのガラス宮殿が、総統府だ。

 血の池を見下ろす、みごとな展望が、テーブルクロスの向こう側に映える。

 複雑に入り組んだ蔓が、窓枠や背もたれに装飾され、黄金色のドレープカーテンが、大雑把に空間を仕切っている。

 低く、物悲しい遠吠えが、しっとりした空気をさらに湿らせている。石柱のそこかしこに、青白い炎がゆらめいている。

 キンキンに冷えたフラスコに、エメラルド色の液体が注がれる。炭酸ガスの発泡が心地よい。

「私を冷酷な拡張主義者だと、無学な人間どもは評するがね……」 肉球の上で、フラスコが波打つ。

 カチンと、もう一つのフラスコが澄んだ音を立てる。

「雑音は雑音が、かき消してくれますわ。 ときに、今回の計らいに感謝します」

 シアが、テーブルの上に右かかとを乗せ、喉を震わせながら、一気飲みした。金切り声で帝国流の謝意をあらわす。

 毛むくじゃらの手が、ぱふぱふと打ち鳴らされる。

「シア君。きみの忠告通り、人類との交渉は一切拒絶したよ」 貴族っぽい狼男が、相手の飲みっぷりを讃える。荘厳な合唱が続く。


 ハイフォン第八彗星が、窓いっぱいに後ろ髪をたなびかせている。シアは、うっとりするように見上げ、要件を切り出す。

「ありがとうございます。異世界への扉について、そろそろ、お聞かせ願える約束ですが」 値踏みするような狼男の目を、シアは睨み返す。


 男は、咆えるように爆笑すると、狼女の侍従に料理を運ばせた。肉汁たっぷりの香辛料が効いたメニューだ。

 フランクマン族の女は階級に関係なく、獣毛を整え、甘い香りに包まれている。

「あれは、あそこにいる女性たちの成果だよ! 仮に私が掌握したとしても、まず、恩恵を被るべきは我が臣民たちだ」 彼は星空を指さして、主張する。

「最新鋭のシャトル二百機と、わたしの艦でもまだ不足ですか?」 シアは、困り果てた表情をする。

 男は、ふらふらと手を振って否定する。「優先度の問題だ。総統デスバレーは常に臣民を第一に考える、と慕われている」

 とんだ狼少年だわ、とシアは心の中で舌を出した。亡命前の調べでは、フランクマン族は国粋主義者だ。侵略を「拡張」、と言い換える所なぞ小賢しい。

 海老で鯛を釣る作戦は暫く中止だ。とはいえ、収穫はあった。総統は、彗星の住民をはっきり「女」だと言い切った。

 やはり、あの異変は戦闘純文学者の仕業だ。彗星を二酸化炭素で満たして、何の利益があるのか? 情報を得るには、別の餌が必要だ。

 シアは、ねめつける様な視線を背中に感じた。スカートのホックを毛深い手が探っている。

「くつろいで、二人で彗星を愛でようと思うが、どうかね? 上等な寝酒を用意してある」 デスバレーの下卑た誘いが耳障りだ。

 ゆっくりと、ジッパーに添えられた手を振り払う。「いいえ、明日も早いので」 

 総統はニヤッと笑うと、侍従を呼び寄せた。「では、部屋に案内させよう。これから、夜が段々長くなる」 

 彼はそれ以上求めてこなかった。


 ■残された男?と女とブルーオーシャン

 惑星ホールドミー・スライトリー。私用宇宙港フォーコーナーは、フレイアスター邸を下った、岬の端にある。

 銀河破壊戦にでも使えそうな、無軌道強攻装甲艦が泊まっている。

「それは、本土決戦用の船じゃないか。よく持ち出せたなもんだ」

 十歳ぐらいの女児が、メディア・クラインに感心する。

「総力戦発動中ですから。ああでもしないと、大量破壊兵器保管庫をおおっぴっらに開けないんです」 メディアが、向かい風にしかめっ面で答える。

 画面いっぱいに迫るシアの形相が目に浮かぶ。

「まったく、君は私の妻になんてことしてくれるんだ。鬱病気質の女を追い詰めてはいけないよ」少女が大の成人を諭す。

「枕崎軍神、ここまで問題を放置した軍上層部にも責任があるのですよ」

「まぁ、上がりなさい」

 二人は、押し黙ったまま坂道をのぼった。


 台所には、朝食の食器が浸けっぱなし。母娘三人分の席が、ぽっかりと空いている。入道雲が水平線に浮かぶ。

 ビヘイビアー・ラボラトリーの解析結果が食卓に並んでいる。「中心核に炭酸ガスを確認しました」 メディアの指がページをめくる。

 ぐにゃりと溶けた放熱版の写真が痛々しい。「酸素か。なるほどな」 枕崎が、数枚のプリントアウトを見比べる。

「予測では、恒星に接近するまでに充分な光を得て、中心核全体を緑化できます」 メディアがグラフを示す。

「彗星表面の時間経過を遅らせている連中は、何のために温室を欲していると思うね?」 枕崎が組んだ両手を卓上に置き、身を乗り出す。

 すっ、と彗星の大気成分表が指で押し出される。木星と同じだ。

 メディアは、数秒間、遠い目をした。「さぁ。ライブシップを造るより、雇う方が安上がりですし」

「君はブルーオーシャンという言葉を知っているかね?」 弄ぶように枕崎が、メディアを見つめる。

「手つかずの市場という意味で合ってますか」 平然と彼女は答える。枕崎が軽くうなづく。

「この世界はレッドオーシャンだよ。ライブシップが飽和している!」

 しばらく沈黙して、メディアは切り出した。「異世界の存在を示唆しておられるんですか?」

「まったく、君はとんでもない女だ。というか、私は女になった自分に恐怖すら覚える」 枕崎は、スカートの裾を整えた。

「わたしはフランクマン・ロムルスが彼女を欲しがると踏んで、半ば本気彼女を追い詰めたんです。責任はわたしにも……」

 回想……

 〜〜〜〜〜

「おかしいと思ったのよ。連絡船の監視だなんて……」

「わたしが、そんなチャチな陰謀を……」 

 〜〜〜〜〜

 シアは全て見抜いていた。だからこそ、敢えて彼女をフランクマンに行かせたのだ。

「大したやり手だよ君は! 懲罰艦隊を動かす口実を作り、無軌道強攻装甲艦まで持ち出した」

「事と場合によっては、異世界のライブシップたちと、ガチで渡り合う羽目になりますが」

「君とシアなら阿吽の呼吸で、そうした局面を乗り切れる。大したコンビだよ」


 枕崎は、栗色の前髪を払いのけ、つぶらな瞳で微笑んだ。

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