未婚歴=年齢の無職デブスが転生したら、恋愛上手になれるほど世の中甘くなかった〜

■ 異世界ハイフォンの森


意識が焦点を結んだ時、生命の躍動が、どっと五感に飛び込んできた。

羽虫が顔にまとわりつき、焦げた鉄の臭いと余熱。

神経を逆なでする小鳥たちの求愛と、夕焼けの残照を感じた。


温もりを感じせぬガラス窓が視界の半分を覆う。暗い青が空を侵食しつつある。

グレイスは、自分の体や、外の景色に異常がない事を確認し、脱出ポッドの外に出た。


ローファーで地面を踏みしめると、ぽきぽきと枝の折れる音が小気味いい。


微風が前髪をかきあげると、木々に咲いたピンクの花びらが、頬に舞い落ちる。

ほんのり赤みを帯びたエルフ耳と相まって、彼女の愛らしさを引き立てる。


グレイスの髪は、ライブシップ本体との交信を担っている。

覚悟はしていたが、いざ、艦とリンクが断たれると、孤独がつのる。


二十一世紀初頭に流行ったという、ライトノベルのヒロインみたいだ。


そういえば、サンダーソニアは無事だろうか? グレイスは顔を曇らせた。



正体不明の航空戦艦が襲って来た時、あの声が再び聞こえたのだ。メイドサーバントを羨む金切り声の主。

彼女に誘われるまま、「こちら」側の世界に飛び込んでしまった。あの艦と彼女の関係はわからない。


ただ、反射的にグレイスとソニアは、艦の全砲門を開き、世界の扉をこじ開けた。



気が付けば、自分はこの異世界の森にいた。「早くソニアを探さなきゃ。アルバ・ビュー!」

グレイスはスカートに戦闘純文学の術式を注ぎ込む。ポケットから卵状の輝きがこぼれ、広葉樹の梢を飛び越える。


右腕を高く差し上げ、くるりと回すと、輪の中に森の俯瞰図が映る。誰かが近づいてくる。


グレイスが、上空を舞うアルバ・ビューに攻撃の術式を送った。 卵状の輝きが白熱する。


「スピニング・ニードル」 彼女は人差し指に力を込める。攻撃される前に、上下から挟み撃ちしてやる。


すっと、相手が音もなく背後から近づき、グレイスの腕をつかんだ。彼女は動けなかった。


無表情に、青白い月の光に照らされて、ウサギ目の少女がいた。ポニーテールとエプロンドレスを風に揺らしていた。



「お初にお目にかかるわね。社会の恥部さん!」


少女が指を鳴らすと、頭上から純白のフリルに包まれたヒップが降って来た。ぼふっ、とグレイスの鼻を塞ぐ。

黒いニーソックスが、きりきりと胴を締めあげる。そして、肩甲骨を三回クリックした。


グレイスは、がくっと気絶した。


「人間には、リセットボタンなんて付いてないわ」 ウサギ目娘が、黒ニーソ嬢に「連れていけ」と目くばせする。

「便利なようでいて、不便。その場しのぎよ」 黒ニーソが、倒れたグレースに手をかざす。ぼうっと、彼女が燐光に包まれ、消え去った。

「妹の方はどうなの?」 ウサギ目が、仕事を終えた少女に尋ねる。

「義躯、艦、どっち? メイドサーバントは検査が始まってるわ。男が鼻の下をのばすような」

ウサギ目娘が、いきなり引っ叩いた。「男の話はしないで!」


「いいじゃん。モテモテ〜」 ニーソ嬢がたたみかけると、ウサギ目はしゃがみ込んだ。涙が膝に落ちる。

「死別と再婚を閉経するまで繰り返すなんて嫌!」

「贅沢な悩みね! 生涯独身の癖に、誰得なパンツを見せびらかす、あの『社会の恥部』どもよりマシだと思うよ」

「誰よ。『異世界に来たらチ〜トでハ〜レム〜』って言ったのは? これは酷いハーレムよ!」 ウサギ目が悲痛に歪む。


ニーソ嬢がたしなめる。「せっかく、全会一致でハイフォンの後継者に選ばれたのにねぇ。婚前鬱? もう、誰かとヤッた?」


「んな訳ないでしょ! 未婚歴=年齢の無職デブスが転生したら、恋愛上手になれるほど世の中甘くなかった〜」

「もう、そのタイトルで小説書いちゃいなよ!」

「そうだね!」

ウサギ目娘は、天啓を得たように飛び起きた。ニーソ嬢の両手を握りしめて、じーっと見つめる。「後継者は、まかせた!」


「ちょっちょ、リアぁ〜〜!」 木陰に消えたエプロンドレスを、ニーソ嬢が追う。

「あたし、ラノベ作家になるから〜。議会によろしく伝えて〜」 嬉々とした声が、鳥のさえずりに埋もれた。



■ハイフォン彗星王国 暫定首都メロウ 


生い茂る樹木に隠れるようにログハウスが連なっている。


毛足の長い絨毯に、ふかふかのクッションが投げ出され、長テーブルに多彩な菓子が盛り付けてある。

「膝の乾皮症に効く薬はどれだ?」とか、「ブラッシングの後に抜け毛が増えた」とか日常会話が溢れる。


ゆるい、実にゆる過ぎる。議会とは名ばかりの仲良し女子会で、十人にも満たぬ閣僚が集えば、こんなもんだ。


「はいはい! みなさん、議題に入りましょうね」 二重あごの女が、じゃらじゃらとネックレスを鳴らした。

息も絶え絶えに、汗だくのニーソ娘が飛び込んできた。 「アバス首相! スコーリアが…」


「構いません。候補者名簿を繰り上げます。ああ、ハウ議員。砂糖三個、アイスで良かったかしら?」 アバスは、ゆったりとした動作で紅茶をいれた。


ファロスティーの涼しい香りが、ほてった喉を癒してくれる。「ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ」 ハウが、物凄い勢いでグラスを空にする。

「それで、みなさん。スコーリアさんの後釜ですが」 首相は、私語に夢中な議員達の頭越しに、ハウを指さした。


「ごきゅ、ごきゅ…ギク!」 ニーソ娘が硬直する。同時に、ワクワク感が芽生える。これは、ひょっとして、ひょっとするかも?


アバスが、もっさりと身体を動かし、ひょうたんに似た細身の女を指さした。上院議長の襟章を着けている。


「ごきゅ、ぶわらっ!」 紅茶噴いた。ハウは、かなり焦った。汚れたブラウスを、ハンカチで拭きつつ「マジ? つか、ここの女、馬鹿だらけ?」と小声で罵った。


キャセイを後継者に選んでしまえば、異世界移民派が上院で過半数割れして、ねじれが生じてしまう。彗星がコンサイスに最接近して、「異世界の扉」が閉じるまで、あと半月もない。



ハウは、議場の隅でスカートを履き替えながら考えた。後継者に権力はない。後ろ盾になるアバスは、特権者がいる世界に、どんなメリットを見出したのか。


フランクマン帝国にオーランティアカの姉妹を売る。その見返りに「異世界の扉」を独占する。提案したのは自分だ。力説したら、承認され、ハウは後継者リストに載った。


「特権者がいない世界を、ライブシップのチート能力で蹴散らすのが一番の国益なの!」 みんな、首を縦に振った筈よ。彼女は、仕切り越しに上院議長を盗み見た。


考えうる可能性はひとつ。「男よ。男に違いないわ。帝国の男と組んで、特権者戦争を制する気よ」 ハウは、嫉妬のあまり、ワンピースの肩紐を噛み千切った。

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