真夜中の向こう

ささたけ はじめ

第1話

 ひょんなことから彼女と徹夜をすることになった。よわいも三十半ばを過ぎると徹夜もなかなか難しくはなったのだが、そんなことを言ってはいられない理由があった。

 なんでも、真夜中に虹が見れるというのだ。

 初めはそんな馬鹿な話があるわけないと疑った。虹が太陽の光と空気中の水分からなる気象現象であることなど、小学生でも知っていることだ。それがどうして太陽の光のない真夜中に虹が出るのだと、一笑に付したのである。


 ところが彼女も譲らない。


 特定の条件下でのみ、それは起こるのだという。かつてはその条件を測定するのが難しく、それを目にするのは奇跡のたぐいととらえられていたが、現在ではそう難しくはないらしい。

 ならば見せてみろというと、偶然にもそれが今夜だという。「そっちは徹夜になるけど大丈夫?」などと煽ってくるので、負けずに私は「大丈夫に決まっている」と言い放った。

 そうして現在、夢魔と闘いながらも、こうしてパソコンの前に座っている。その画面には、七色ではなく白色の虹が輝いて見えた。


 パソコンのむこうで、ハワイの彼女は得意げに言ってみせた。


「どう? 見れたでしょう?」

「ああ、本当にあったんだな」

「ところでハワイでは、これを見ると願いが叶うっていうんだよ」

「そうか」

「何かお願いすることないの?」

「そうだな――」


 私は小さく呟いた。


「これからも毎年、君とこれを見れるように――かな」


「え? 聞こえないよ」

「なんでもないよ――」


 とりあえずは、この願いをきちんと口にする勇気が欲しいところである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中の向こう ささたけ はじめ @sasatake-hajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ