浮遊

外東葉久

浮遊

 地球温暖化防止のため、温室効果ガスを排出する産業は、ほぼ全て宇宙都市に移行した。

 広大な宇宙都市には、世界各国の企業の工場がひしめいており、煙った街で、地球から派遣された多くの労働者が働いている。重力発生装置が設置されており、無重力状態ではないため、宇宙にいるという実感もあまりなかったりする。

 しかし、学校はなく、娯楽施設もほんの少ししかない。さらに、ここに来るためには訓練を受けなければならないので、労働者は皆、必然的に単身赴任になる。とはいえ、長期間宇宙都市で働くことは少なく、1年や2年で地球に帰ることができる。また、家族を持つ人は、宇宙に派遣されにくい制度になっており、家族と離れるなんてことも少ない。

 はずなのだが、僕は地球に妻と3歳の息子を残したまま、宇宙勤務をしている。宇宙工場の管理職に任命されたため、断れなかったのだ。任期は2年。まだ半年が終わったところだ。


 今日も仕事を終え、寮に帰る。

 広くはないが、トイレと風呂は別だし、何より眺めがいい。僕の会社の寮は、ちょうど宇宙都市の端のほうに位置しているので、部屋の窓から地球や他の星々が見える。

 景色を眺めながらベッドに寝転んだ。本当に無重力空間にいるかのように、体がフワッとして心地よい。

 僕はそのまま眠りに落ちた。


 まだ体がフワフワしている。

 布団をしっかり被ったはずなのに肌寒い。目をつむったまま、掛け布団を手で探るが見つからない。一度起きてしまうのは嫌だったが、頭が冴えてきてしまい、仕方なく目を開けた。

 掛け布団はきれいにそのまま、ベッドの上だ。僕がその上にいるのか・・・。


 え?

 

 僕の体は浮いていた。


 パニックになる僕。重力発生装置の故障か。いや、それならサイレンが鳴るはずだし、浮いているのは僕だけで、周りの物はいつも通りある。息も、できる。

 なんとか重心を移動させて降りようとするが、反発する磁石のように、床に近づけない。

 時計は、いつも起床する時間を指している。一体何が起こっているんだ。

 そうだ、隣の部屋に同僚がいるはずだ。僕は大声を上げて助けを呼んだ。しばらく待ってみるが、誰も来ない。聞こえていないことはないはずだ。そういえばやけに静かだし、もしかすると僕はたった一人残されてしまったのではないだろうか。

 深呼吸をひとつして、心を落ち着かせると、段々冷静になってきた。どうなっているのかよく分からないけれど、宇宙では地球の物理法則も成り立たないんだな、など、どうでもいいことを考え出した。


 そのまま、数時間が経った。


 僕はまだ浮いたままだ。


 ぱぱ


 息子の声がする。僕は死んでしまったのかな。走馬灯ってやつだろうか。宇宙で死ぬなんて、とんだ人生だ。

 そう考えてため息をついた瞬間、全身に衝撃を感じた。


 落ちる!

 僕は勢いよく落下した。下へ、下へ・・・。


 目の前に時計が現れた。

 8時?

 腹の上には息子がのっかっている。


 遅刻だ。


 


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