第27話
27、
十二月二十二日火曜日ーー。
明後日の本公演を控え古代劇場では、市のお偉いさんや賛助会員、舞台関係者、報道関係者などを招待して、本番さながらの
真冬にしては奇妙に生暖かい夕べだった。開演の二時間前から三々五々に人びとが集まり出した。プレス向けに出演者が挨拶したり、写真撮影などが行われているからだった。古代劇場は通常のライトアップのほかに、各所に本物の
バズ・ブライチャートは漠然と、二十四日の本公演を〈神降ろし〉の場と考えていたようだが、シスター・ソニエールもマザランも
〈ビヤーキー〉の総数が、例の一棟の丸々を〈変化〉させたものだとするならば、タワーズの崩壊で全滅に近いダメージを受けているはずだった。つまり〈敵〉はいま手駒が豊富と言えない。ならばさらなる妨害を嫌って、間を置かず早急に仕掛けてくるのではないか。そしていま行方をくらませている〈敵〉の本体は、〈神降ろし〉の現場に必ず姿を見せるはずーー。
三人は、劇場につながる三つのルートでそれぞれ〈敵〉がやってくるのを待ち構えていた。
三人はハンズフリー無線機を装備して、随時状況を確認し合っていた。いずれ魔術に長けた者たちではあったが、〈敵〉に我らの所在を悟られないためにはむしろ、魔術的な思念伝達よりも、機械的な通信手段の方が適しているのは皮肉である。
《〈敵〉の正体に間違いはないのだな?》
《はい》
無線越しの問いに、シスターが答えた。もっとも
〈敵〉は『
すなわち〈敵〉の本体は、市長ノナ・ローランドなのだ。
殺された市議会議員オウェン・モリスを射った銃が、〈ビヤーキー〉メンバーのトーマ・アルシェの銃と一致したことも見過ごせない。言うまでもなくオウェン・モリスは、ノナ・ローランドが古代劇場に演劇イベントを招致した際に介入したことを指弾していたのだ。
《ということは、十月四日にダヴィド、バロー、印刷会社社員が目撃したのは、ノナ・ローランドだったことになる》
《おそらく……》
シスターがしぶしぶといった体でマザランに応じた。シスターの声が冴えないのは、折角穏便に済ませた〈敵〉の措置を無にしたのが、ニエマンス司祭の軽率な行動だからだろう。
バズ・ブライチャートの記憶によるとその日の十月四日、市長は随行員と共に北欧に視察旅行に行っていたはずである。だからこそ、幹部職員の不適切な行為がスキャンダルになったのだ。
もしその視察旅行の日程のさ中に、アントワーヌ市の古代文明博物館で、海外にいるはずの市長に出くわしたら、さぞや不審であろう。そこでノナ・ローランドが何をしていたのかは定かでないが、まさしく三人はマザランの言う通り、〈マズイときにマズイ場所に居た〉のだ。
本来ならば今日この日ノナ・ローランドは、自宅のあったイルーニュ・タワーズ倒壊事故を受け、こんなところに顔を出す余裕などないはずだった。なんとなれば、倒壊事故に巻き込まれて息子のクリス・ローランドが死亡していると報じられているからだ。のんびり観劇するのは不自然すぎる。しかし〈敵〉は必ず来る、と一同は確信していた。
時刻を確認するとすでに、十九時三十分を回ろうとしていた。いつぞやキャルと来たときのように、丘の上から瞬く街明かりが見渡せた。だがその光はどこか不吉に、
開演まで三十分。
ノナ・ローランドがHasturを顕現させるのを阻止するためには、ローランド本人を無力化すればいい、というのが三人の結論だった。『
つまり、上演に際してプラスアルファで何らかの〈介入〉が必要なのだ。そしてそれを行うのはノナ・ローランド本人以外には考えられなかった。逆に言えば、プラスアルファの〈介入〉ーーつまりローランド本人ーーを阻止すれば、降臨は止むということになる。
そのために使用する魔術道具は、すでに選定してあった。
この魔術道具が想像力の源泉になったとおぼしき物語を、マザランが教えてくれた。中国の小説『
シスターは、同じく『西遊記』に〈
実際はやや異なる。より細かな指定をすることで、特定の〈
《何故ならば、わたしと〈敵〉は共に、とうに消滅したヤズディの分派の
弟の名はシフォック・チェリク。シスター・ソニエールの本名はナズリーン・チェリクと言うらしい。
つまり姉弟は、敵味方に分かれて
いやーー。
人類とはそもそも、自分や仲間以外にならば、容易に斯様な無慈悲を為さしめることができる存在なのかも知れない。
《二年前、弟が
《なあ、公演そのものを中止させるわけにはいかないか?》
マザランが提案した。その案にも一理あった。上策とは言えないかもしれないが、たとえばテロリストを装って、劇場関係者に脅迫のメッセージを送れば、一先ず公演を延期させることが出来るのではないか。
《そのことですが……》
シスターが応答した。
《実は今朝、
彼女も教会も、シフォックの狙いである『
いずれにしても、強制終了にはタイミングを計らねばならないと思われたが、今朝の報告を受けた彼女たちは、手立てが遅きに失したと悟らずにはいられなかった。それは、タワーズ棟内のプールサイドでバズ・ブライチャートも見たある物と関連があるのだった。
《地図?》
マザランが訊く。
彼女とブライチャートが見たのは、アントワーヌ市の地図である。市を構成する八つの区がそれぞれ色分けされていて、鉄道や目印になる建物が描かれているやつだ。ラウンジの大きな電動スクリーンに映し出されていたものだ。
バズ・ブライチャートは気づかなかったようだが、地図にはところどころ印が書き込まれていたらしい。シスターの記憶では、印が着いている場所には様々な施設があったという。駅、市庁舎、警察、マーケット、TV局等々。
そのことと、正体不明のメッセージがカチリと噛み合った。
《それで、日中に
《嘘だろ……》
マザランが息を呑んだ。
《残念ながら爆破装置が見つかりました》
おそらく〈ビヤーキー〉は他の地図の各所にも爆破装置を仕掛けている。そして上演を強制的に終了させようとすると、市内各所で即座に爆破が起こるようにしているのだ。〈
様々な可能性が検討された。
ハッタリの可能性もないではない。だが逆に地図以外にも多くの爆発物が設置された可能性もあるかもしれない。地図を陽動に使うわけだ。いずれにしても、爆弾設置が事実ならば、公演そのものを阻止するのは危険すぎる、と
《Hasturが顕現したら、爆弾どころの騒ぎじゃすまないだろうけどな……》
そのとき無線機が反応し、マザランの声が飛び込んできた。
《ノナ・ローランドを確認した。だが……》
《どうした、
《……ローランドに同行者がいる。知った顔だ。あのダイナー〈カンサス〉のウェイトレスだ。どうして彼女がーー》
《
ギリリ、と歯軋りが
キャルが、〈敵〉の手のうちにある。
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