世界を救え! と言うけれど、それより自分が救えない~炎の獅子と氷の竜と~

大月クマ

無理ゲーじゃない!?

 ここは、とある日本の片隅――



 オレ、マイケル……何とかという名前だったはずだ。

 炎のへんな獅子の試練とか知らないが、訳あって、今は占部うらべあきらという16歳の高校2年生になっていた。

 憑依という言葉があうだろうか。

 前にいた世界は、この彼女の記憶を元にすると『剣と魔法の世界』というらしい。

 そして、元のオレの住んでいた世界に戻るには、


 ――世界を救え!


 ヒントは、ただその一言だけ。

 憑依したためか、記憶が段々と上書きされていく。それに合わせて、元の世界にいた時の記憶が薄れていった。だが、『マイケル』であったこと。『世界を救う』ことだけば絶対に忘れてはいけない。


 何せ、今の自分が……ウラベ・アキラは控えめに言ってクズだ。


 自分自身を嫌っているだけではなく、親も嫌っている。片親だけシングルマザーで周りと違うのは、確かに両親の所為かもしれないが、それで自分を嫌っているのは理解できない。

 なんだか自分の鼻も痒いが、それで学校でも一匹狼を気取っていた。

 の情報収集として、学校にいった。しかし、友達らしいのもいない。しかも周りから腫れ物のように扱われていた。

 あまり関わりたくない。

 ウラベ・アキラはクラスメイトと距離を取っているし、周りもそうだ。

 クラスの担任なる人物は、何とか打ち解け合おうとした記憶がある。しかし、オレが憑依する前に、諦めたようだ。

 今は、冷たくあしらっている。

 なので、窓際の端っこにひとりでいるか、授業があっても非常階段の片隅で、しょぼくれている。


 ――を救え!


 まず自分を救わなくてはいけない気がしてきた。

 クズだと思ったのは、人間関係もそうだが頭が悪い。

 成績の話だ。

 授業にまともに出ていないからかと、オレはこの世界の授業に参加した。周りからは不思議がられたが……というか、この世界。日本の言葉はどうなっているのだ?

 ひらがな、カタカナ、漢字……漢字が最悪だ。

 今まで勉強していなかったのか、ウラベ・アキラの記憶にはほとんど漢字の記憶がない。

 数学はまだ10進数なので、この世界の数字と記号を覚えれば軽いものだ。

 ただ問題文を理解できない。漢字の所為で。

 あげくに英語外国語まで加わってくる。


 ――この世界の教育は、どうなっているのか!


 怒っても仕方がない。無い物は手に入れるしかない。

 クラスメイトの話を聞いていると、近々試験があるらしい。


 ――見返してやる占部という女子を救えるのはそこか。


 ということで、片っ端から教材を探した。

 ウチには子供の頃からの、教材は捨てていたようで、書店に行って、有り金をはたいて買い込んできた。

 日本語はオレにとっては外国語のようなものだ。



 ※※※



「カンニングしただろう」


 試験結果は上々のはずだった。だが、担任はオレ、ウラベ・アキラが不正をしたと決めつけた。

 まあちょっとやり過ぎた感はある。

 いきなり、学年トップ10に入り込んだから、疑われても仕方ないのかな?


「――いいえ」

「ウソをつくんじゃない!」

「――いいえ」

「正直に言えば、今なら許す」

「――いいえ」

「貴様ッ!」


 ただ成績が上がっただけなのに、理不尽にも、停学2週間。


 ――救え! ウラベ・アキラを救えなかったじゃないか!


 情報収集が出来ない……いや、ウラベ・アキラの記憶には『夜の街』というのが収集にもってこいだとか。

 まあオレがいた世界でも、情報収集といえば『夜の街』なのだが……


 ――この日本の夜の街って、こんなに明るいの!?


 魔法ではない何か……錬金術の延長の科学とかで、彩り豊かに輝いている。


「仕事の邪魔だ!」

「ちょっと、なにこの子――」

「ガキの来るところじゃねぇぞ!」


 先程から遠巻きに、人々はオレを避けていく。それに罵倒して、どこか行けと厄介払いする。

 これでは情報収集なんて出来やしない。

 格好が悪いだろうか……いや、外出する着替えがほとんどなかった。仕方がなく、セーラー服で来たわけだが、これが問題か?


「お嬢ちゃん。ちょっといいかな?」


 ――ヤバい!


 ニコニコと人の良さそうな青い制服、警備隊警察というヤツだ。

 関わるな、ウラベ・アキラの記憶が警告する。


 オレはとっさに振りかえって走り出した!

 だが、


「暴れない。ちょっとあっちでお話を聞こうか……」


 腕を捕まれて逃げられない。


 ――何だ、こいつ! ホントに人間の力か?


 人間の力ではない。

 そいつはオレの左手首を掴んでいるが、その握力に痛いぐらいに食い込んできた。

 いくらウラベ・アキラという少女になったとはいっても、人の力の強さはわかる。

 引きずられるように、青い制服に連れていかれた。

 薄暗い路地裏へと――



 ※※※



 ヤバい、逃げろ! と、ウラベ・アキラが警告してくるが、逃げられない。

 警官が人気のない場所に、オレを引きずり込む理由があるか?


「今日の飯だ!」


 ようやく離した。だが、それは何かの目の前に――

 数匹だろうか。先程までのきらびやかな街並みとは全く違う、薄暗い路地。正体ははっきりしない。獣のような、それでいて人のようなもの。


「お嬢ちゃんが悪いんだよ。真夜中にひとりで徘徊しているから。

 補導するのは面倒くさくってねぇ」


 警官はひとりでなんかブツブツ言っているが、オレはそれどころではない。

 地面に叩きつけられて、肩を掴まれた。

 オレの肩を掴む指は芋虫みたいに太く、掴む腕にはもじゃもじゃの毛で被われている。そんなのが自分達のほうへ、オレの体を引きずり込む。


「このッ!」


 当てずっぽうであるが、頭の上にありそうな、そいつを蹴りつけた。

 ウラベ・アキラの体力は確実にマイケルオレの力よりは少ない。だが、痩せ気味ガリガリだが関節が柔らかく、鞭のように扱える。

 手応えはあった。手が緩んだので、飛び上がる。


「食らえッ!」


 魔法の力はこの世界でも使えるのは確認済みだ。控えていたが、人間で無いことは判断した。

 火球弾を放ち、オレを自分達のほうへ引きずり込もうとした1匹に命中した。


「グアワワワァー」


 全身毛むくじゃらだからか、1匹目はアッという間に火だるまになった。

 その明かりが周りを照らし出す。確認すると、人間とも猿ともわからない生き物がそこにいた。現在3匹。

 襲いかかるかと思ったが1匹が火だるまになり、首を掻きむしりながら倒れ込む。気管にでも火が回ったのか、息が出来ずにのたうち倒れ込んだ。

 そして、動かなくなった。

 それを見た他の獣は、身の危険を感じたのだろうか。見た目に反して警戒心が強いようだ。散らばり、闇の中に消えていってしまった。


「待てよ!」


 気が付けば、ここに引きずり込んできた警官が、逃げようとしているではないか。

 オレよりも、ウラベ・アキラは足が速い。この世界のスニーカーも安物らしいが、走りやすいので、ダッシュが効く。体重は軽いが、そのまま飛び上がると、逃げる警官の背中に蹴り込んだ。

 重さはスピードで解決できる。


「痛ってぇー……」

「警官さんよ。どういうことか説明してもらおうか!」


 ――救え! そうすれば試練を終えられる。


 あんな人間とも猿ともわからない生き物。ウラベ・アキラの記憶には、この日本にはいない。しかも、この警官は『今日の飯だ!』といっていた。

 他にも被害者がいたのであろう。つまり、あれを退治することなのか……いや、そんな簡単な事ではないはずだ。この世界の異変の一片を掴んだだけだ。


「この……グッ!」

「女子高生に向かって、拳銃はないだろ!」


 警官は、腰につけた拳銃というものに手を伸ばそうとした。

 とっさに、オレは伸ばした手を踏みつけて阻止する。しかし、大人の男の力に、負けてしまった。オレは振り払われてしまった。立ち上がり間合いを取られると、拳銃がこちらに向けられる。


「形勢逆転だな! 魔女っ!!」

「そうかい……」


 黒い筒をジッと見つめた。


 ――燃えろ!


 拳銃は熱で真っ赤に染まり出すと、爆発した。中に火薬というものが入っているらしい。

 それが爆発したのだ。


「ギャー!」


 警官は悲鳴を上げた。しっかりと見ていないが、拳銃を握り締めていた手が血で真っ赤だ。指を吹き飛ばしたかもしれない。


「なに? さっきの悲鳴は!」

「爆発した音が聞こえだぞ」


 警官の悲鳴が、拳銃の爆発音が表通りに響いたらしい。


 ――ヤバい、ヤバい!


 オレはその場を急いで立ち去るしかなかった。

 厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ。しかし、こいつの飼っていたバケモノが、ヒントかもしれない。


 ――だからといって、今はどうしようもない!


 獅子の試練。

 解決方法は深夜の暗闇のように全く、見当が付いていない。




【つづく……かも】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を救え! と言うけれど、それより自分が救えない~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ