赤の悪魔

 やがて時が止まったかのように動きを止めていた人々が再び動き出す。どうやら、一定時間動きを止める仕組みの術だったようだ。


 とはいえ、意識ははっきり残っていたようでこの惨状を見た全員がハルトマンの事を非難していた。


「あぁ忌々しい……忌々しい……こうなればこれを使うしかないか……本来ならここで使うつもりはなかったのだがな……」


 ハルトマンが忌々しいと繰り返しながらそう呟くと、ふと懐から赤い宝石のようなものを取り出す。


「!? それは……何故貴様が持っておるハルトマン! まさか、赤の秘宝を盗んだのは貴様か!」

「その通りだよ。いずれ、赤の貴族の末裔を継いだ時、これを使って他の都市も手中に入れるつもりだったが……まぁこうなっては仕方ない」


 ふと、デカルトさん側の弁護人の一人、同じく都市運営委員の一人で、デカルトさんと同じ赤の貴族の末裔の一人である老人が叫ぶ。


 あの宝石はどうやらこの街にとって大切な宝だったようで、それが盗まれていたらしい。何故そんなことが大事になっていないのかといえば、普通に市民に知られるとパニックになるからだという。


「バカな……あの宝石には魔が宿っておる。……とてもとても危険な魔がな。じゃから、我らが祖先はそれを厳重に管理し、二度と魔が目覚めぬようにと保管しておったのだ。それをハルトマン、貴様という男は……!」

「フン、革新派のクセにえらく保守的じゃないか。だがな、強大な力というものは使ってこそ意味があるのだよ!!」


 そう言うと、ハルトマンは勢いよくその宝石を地面に叩きつける。すると、ガラスの割れるような音が何度も反響するかのように響き渡ると、その宝石からドス黒い闇を思わせるような靄が吐き出され、やがてそれはハルトマンの目の前で一つの形となって現れる。


 その姿は一言で表すならば『悪魔』である。


 真っ赤な体に、禍々しく伸びる角。その瞳は瞳孔が赤く、白目であるはずの部分が真っ黒に染まっている。金色の髪は乱雑に伸びている。


 それはハルトマンを見下し、ニヤリと笑みを浮かべた。


『お前が俺様を蘇らせたのか?』

「そうだ。だから私の命に従え、悪魔よ――」

『黙れ』


 そうハルトマンが言い切る前に、悪魔がパチンと指を鳴らすとその場からハルトマンの姿が消滅する。その一連の流れにその場にいた全員が危険を察知する。


 こいつはヤバい。少なくとも、敵であれば機能する【観察眼】で、相手のレベルが全く見えない。


 正直、今の状態だと勝てる気がしなかった。


『ん? あぁ、心配するな人間共。あの男はしばし退場してもらっただけだ。悪魔でも見境なしに殺しはしない。それにしても、俺様が眠っている間に随分と様変わりしたものだな。荒れ果てた荒野がこうも開拓されるとは……まぁ、ここじゃ見えようがないが』


 周囲の人々に言い聞かせるかのように悪魔がそう言うと、今度は俺たちの方に顔を向ける。


 やるしかないのか? 俺は宝緑剣を構えると、ゼファーと一緒に『緑精の大旋風テンペスト・ゼファー』を発動する。


 もはや、周りの被害など構っている余裕はない。目の前のアレは、今倒さないとマズイ気がしたからだ。


 しかし、その悪魔は片手で俺たちの放った『緑精の大旋風テンペスト・ゼファー』を受け止めると、その方向を無理やり上に切り替えて解き放った。それにより、裁判所の天井に大穴が開いて、陽の光が差し込む。


 マジか……、あの技を避けたやつは幾らかいるけど、受け止めて弾くとかしてきた奴は居なかった。しかも、片手でだ。それだけでも、目の前の悪魔が桁違いの実力を持っていることが分かる。


『ほう。これは珍しい。神々の眷属が作った異界の来訪者か。そうだな、お前たちを相手にするもの中々面白そうだが……ふむ、


 そう言って悪魔は一瞬のうちに姿を消すと、次の瞬間にはメリッサの元へと現れる。そしてメリッサを掴み上げると再び姿を消す。あのアドミスですら、対応することが出来ずに驚愕していた。


 その後、メリッサを抱えて悪魔が再び現れる。メリッサは気絶してしまっているようだ。


「メリッサ!」

『これでわかっただろう? 今のお前たちだけでは俺様には勝てない。そういうようになっている。だからチャンスをくれてやる。仲間を引き連れて俺様に挑んでこい。期限は日付が変わるまでだ。それまでにより多くの仲間を引き連れて、俺様に挑みに来い。そうすれば、この女を殺さずに返してやる。……まぁ、その代わりにお前らは俺様のゲームに付き合ってもらうことになるがな!』


 そう言うと、悪魔はワープゲートのようなものを形成する。


『俺様との戦いに相応しいゲーム盤を用意した。準備が整ったら、ここを通るといい。……せいぜい、楽しませてくれることを期待しているぞ? 来訪者たちよ。お前らとのゲームを経て、俺様は今度こそ世界を破壊してやる』


 そして悪魔はメリッサを連れてそのワープゲートの中へと入っていく。後には、ボロボロになった裁判所と、そこに相応しくない禍々しい異界への入口が残されているだけであった。


〈ワールドイベント『赤の悪魔』が発生しました。強制終了まで残り10時間27分です〉


 その時、ワールドアナウンスとしてその情報が全プレイヤーに通知される。やっぱり、これがワールドイベントだったのか……。

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