判決を覆せ

「――以上、被告人デカルトを有罪とするっ!」


 裁判が開幕して数分。あっという間にデカルトさんの有罪が決まってしまった。


 何が起きたのかというと、デカルトさん側が集めてきた証拠が尽く、不十分として却下されたからだ。まぁ、いわゆる出来レースというやつだ。


 俺等が話そうとするにも、案の定リチャードの言っていた通り、裁判官らは得体もしれない来訪者の話など聞く耳も持たないという勢いで話を進めていった為、俺たちは全く口出しすることができなかった。


 まさか、本当にメリッサも子供であるという理由から意見させないとは思わなかったが。それがまかり通るのも中々不思議な話だ。まぁ、現実とは別の世界観だから仕方ないのだろうか。


 何度かレンが切れそうになったが、少なくとも今の状況だと法定で武器なんて持ち出したらそれこそ捕まってしまう。そもそも取り上げられていて使えないし。


 なんとかレンを宥めていたが、そんなことをしている間に裁判はむりやり終わりを迎えようとしていた。


 因みにデカルトさん本人は出廷していない。なんでも、ここ数日は心労のせいか寝たきりになっているらしい。それでも決行する辺り、きな臭さを感じさせる。


 しかし、どう考てもあの裁判官は向こう側と繋がっているよな。まぁ、だからこそできた出来レースなんだろうけど。


 とはいえ、一応裁判官は中立の立場であるとされているため、大手にそれを指摘することはできない。そもそも繋がっている証拠なんてないからなぁ。


 だから、判決の時を待って俺は話を切り出すことにした。そう、リチャードに言われただ。


「――異議あり!」


 俺がそう叫ぶと、その場にいた全員が、俺の方を向く。まさか、これを本当に言う日が来るとは思わなかったな。ドラマや漫画、アニメにゲームでしか見たことない。……あ、これゲームの中か。


 実は裁判が始まる前に弁護人のリチャードが耳打ちしてくれたのがこれのことだった。


 最後の判決の際に、その判決に対して異議がある場合、誰であっても意見することができるという制度がある事を教えてくれていたのだ。


 もし、俺たちのことやメリッサのことを完全に無視して判決を進めていた場合、これを使うといいと言われていた。


 どうやら、この制度は万人に与えられた権利なので、例え裁判官が俺らの意見を聞き入れることが無くても聞き入れなければならない。


 そして、その際に俺たちの意見を聞いて判断するのは裁判官ではなく、傍聴人となる。


 この制度は、一応裁判官による暴走を止めるための制度になっているようだ。まぁ、本当に使わなければいけないレベルで暴走するとは思わなかったが。


「……チッ。来訪者、前に」


 裁判官の一人が俺を睨みつけながら、そう言って前に出るように言い渡す。こいつ今、舌打ちしやがったな?


 俺はレンに任せろと告げ、不安そうに見つめていたメリッサにも手を振る。


「では、来訪者。異議を述べよ」

「あぁ。まず、この裁判で騎士団側が出してきた証拠であるハルトマン氏が用意した書類に関してだが……その正当性に問題がある事を述べさせてもらう」


 そんな風に俺が切り出したことで傍聴人たちはざわつき出す。そんな空気が気に食わないのか、すぐに裁判官は裁判でよく鳴らしている木槌のようなもの――ガベルというらしい――をカンカンカンと鳴らし、落ち着かせる。


「そこまで言うのであれば、ちゃんと証拠はあるのだろうな?」


 そう言って話を切り出したのは騎士団の後ろに立っていた騎士団側の証言者であるハルトマンだ。いかにも悪そうな顔をしている。


 俺は机の上にお香とモンスター除けを封じていた御札、そしてメリッサに渡された腕輪を取り出す。その三点を見て、ハルトマンは目を見開く。


「貴様!? 何故それを――」

「これらは、ハルトマン氏が今回の裁判を行うための出廷要請でこの街へ向かおうとしていたメリッサ――デカルトさんの娘を狙って用意されていたものとなる」


 俺はそのままどれがどのように使われていたのかを説明すると、さらに傍聴人たちがざわめき出す。被害者の一人という扱いのハルトマンだが、普通の職員からすれば善良な貴族に見えていたようで、まさか裏でそのような事をしていたとは誰も思ってはいなかったようだ。


 まぁ、悪い人ほどいい人に見えるとよく言うしな。


「そ、そんなものがなんの証拠になるんだ!」

「そんなの、アンタがこの法廷そのものを開かせないためにするための行為だろ? そして、メリッサが真実を知っている。だから、あんたはデカルトさんを何らかの方法で操ってからメリッサを開拓の村に送らせて、戻ってくる間に始末しようとした」


 今回、裁判を起こすために被告人の身内であるメリッサの出廷が必要だということを知り、敢えて開拓の村に向かわせる事で帰るまでに時間を要しようとした。


 もしなんとかしてメリッサが戻ろうとするのであれば、その道中で命を落とすように各所で罠を張っていた。おそらくは部下にでも行わせたのだろう。


 だが、ハルトマンの誤算はその護衛に来訪者プレイヤーである俺たちが付いてしまったことだ。


 それにより、本来なら後で処分するはずの証拠類を回収されてしまった。特殊な収納アイテムを持たない限り、普通の冒険者ならこの手のアイテムは持っていないようだが、あいにく俺たちプレイヤーはストレージを標準装備なので、問題なく回収できた。


 だから、裁判で俺たちやメリッサに発言させないように無理やり進めたという訳だ。


「結果として、こんだけのことをやったんだ。アンタが言う『正当性』ってものは……少し問題があるんじゃないのか?」

「黙れ! 来訪者の分際で、知ったような口を開くな! 既に判決は決まっている! 裁判官がそう決めたのだから、覆りようのない真実なのだ!」


 ハルトマンがブチギレ寸前の形相で俺を罵倒し始める。やっぱり認めないし、これだけじゃ証拠としては弱いか……。


 だったら、その真実とやらを覆してやろうじゃないか。


 俺はメリッサを呼び、彼女の発言を要請する。最初は子供だということで頑なにその発言を断り続けていた裁判官であったが、周囲の空気に耐えきれず発言を許可してしまう。ハルトマンが裁判官に向かって罵声を浴びせていた。


 俺は、メリッサがどういう証拠を持っているのかは知らないので、これは賭けになる。まぁ、この流れなのだからダメで元々だ。


 だから、頑張れよメリッサ……!


「メリッサです。……まず、その証拠書類ですが、偽造されている証明をいたします。こちらをご覧ください」


 震えながら登壇すると、そう言ってメリッサは一つのインクボトルを取り出した。それは特殊な魔術加工がされている魔法のインクという魔導具で、執筆者が誰であるのかを鑑定によって把握することができる仕組みになっているらしい。へー。便利。


「それがどうしたというのだ。どんな書類にも普通に使われているただのインクではないか! それによって、いずれもデカルトが書いたと証明されているのだぞ!」

「いいえ、それが間違っているのです」


 そう言うと、証拠品がある場所にゆき、とある日付の書類を取り出す。


「こちらの日付。今から2年前ですが、この時の父は腕に怪我を負っていました。その為、その日は私が代理でサインを書かせていただきました」


 代筆の場合は同じ家の身内に限り許されているらしく、彼女の場合は父親の代筆ということで記入していたらしい。まぁ現実ならちゃんと代筆である旨を示す必要があるのだろうが、この魔法のインクがあるおかげで不要だったということだ。


 その日の書類は、本来なら彼女の代筆なので記入したのはメリッサであると示されなければならないらしい。だが、その証拠書類の方には鑑定の結果、メリッサの名前は表示されていなかった。


「フッ、そんなもの、誰が信じると? どうせ、その記入したというのが嘘に決まっているだろう?」

「でしたら、同じ日付の書類を探してみるといいでしょう。その日、この司法ギルドに提出した書類もあった筈です」


 そうメリッサが言うので、裁判官の一人が側にいた騎士の一人に慌てて書類を探しに向かわせる。


 そして持ってきた書類に書かれていたサインには確かにメリッサが執筆者であることが鑑定で明らかになった。


 しかも、この書類がある棚は少なくとも今回の事件が発覚してからは誰も開けていない事が、鍵をかけていた魔導具によって証明されてしまい、その日付に限っては書類が偽造されたものであることが証明されることとなった。


 おそらく、メリッサを開拓の村に向かわせるために何らかの方法でデカルトさんを操った際に偽造書類にサインをさせたのだろう。だから、偽装された書類に書かれていたサインはデカルトさん本人のもので間違いなかったのだ。


「一つでも疑いがあれば、全部を疑え。流石にここまではっきりした証拠があれば正当性は疑えるよな?」


 俺がそう言うと、ハルトマンは苦虫を噛み潰したように激怒の表情を浮かべていた。


 流石に傍聴人もハルトマンが偽装したことを認めているようで、判決を聞くまでもなくデカルトさんの無罪には持っていけそうだった。

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