それぞれの戦場にて(後編)
――第4フィールド
オークラはこのフィールドでの絶対的に危険な相手として、殲滅姫であるナギサを挙げていた。
それは彼女自身がβテスト時代から習得していたユニークジョブにある。βテスト時代も本サービス時も他のジョブを経由してからの習得となっているようで、彼女もつい先日習得することに成功していたようだ。
その詳細は、βテスト時代に彼女と話したことがあるオークラは知っており、その強さの本質を理解していた。流石にその習得条件は不明だが、おそらくはそのジョブ特性のようにかなりぶっ飛んでいるのだろうとオークラは思う。
彼女の習得しているジョブは『
その能力は単純明快で、その『炸裂展開』が付与された魔術は対象に当たると炸裂し四方八方に小さくなった魔術が展開するのだが、その展開した魔術が他の対象に当たるとそこでも炸裂し、四方八方に散らばる。それらが連鎖的に繋がることで継続ダメージを与えるというものになっている。
ジョブスキルはその『炸裂展開』を付与するスキルしかなく、他には火力を上げるアビリティなどがあるだけだと、オークラに彼女は告げていたが本サービスではどうなっているのかは不明だ。
そのジョブの力を使い、彼女はたった一人で大量のモンスターの軍勢を討ち滅ぼし、殲滅したという逸話がある。その結果として彼女に付けられた異名が『殲滅姫』という事であった。
当時のβテストで行われたバトル大会においては、一対一の対人戦であった為にそれらの炸裂展開効果が途切れてしまい、非常に相性が悪かったのだが、今回のような複数人入り乱れるバトルロイヤルでは真価を発揮するであろう。
それ故にオークラは守りを固めて、ナギサが魔術を使用するタイミングを見計らって攻撃を繰り出すことを考えていた。そして試合が始まる。
「……よし、行くぞナナミ!」
「わ、分かった、オークラ!」
先日のシザークロス・スコーピオン以降にジョブレベルが上がったことで、新たに習得したジョブスキルの中に魔術を打ち消す事ができるスキルがあるナナミはある意味でナギサの天敵となる。それを考慮してオークラは彼女とタッグを組んでナギサをまず倒すことを考慮する。
ナギサは杖を周囲に翳して、詠唱を行っている。そんな彼女の周囲はキラリと光が舞っている。オークラはそれを詠唱の影響だと判断し、作戦を続行する。
「オーホッホッホ! 全員一瞬で倒させて頂きますわぁ! 『炸裂付与』! ――『ファイアエクスプロード』ですわぁ!」
ナギサが魔術を発動した瞬間、ナナミはオークラの後ろから前に出る。
「そうはさせない! 『マジックキャンセラー』!」
ナナミが魔本を手に持ちながらそう叫ぶと、ナギサが発動しようとしていた魔術スキルは彼女の杖の先で消失する。『マジックキャンセラー』はその名の通り、魔術系統のスキルの発動をキャンセルするというものとなる。
流石にその状況は考慮していなかったようで、焦ったナギサに対して、周囲のプレイヤーたちは今がチャンスとばかりに彼女に向かって飛びかかっていく。当然ながらその中にはオークラの姿もあった。
流石の勢いにギョッとしたのか、顔を引きつらせるナギサ。しかし、次の瞬間にはニヤリと笑みを浮かべる。
「……! 待ってオークラ! その先は――」
その笑みに奇妙なものを感じたナナミが叫ぶが時既に遅く、彼女の周りに近づいたプレイヤーはその足元から吹き上がった火柱に飲まれ、そこから炎が周辺に炸裂していき、瞬く間にその周辺のプレイヤーを包み込んだ。
ナナミは失念していた。彼女の近くの足元には既に彼女が準備していた『炸裂付与』と『ファイアランス』がエンチャント済みの『ガラス片』という素材がばら撒かれており、それに他の対象か触れたことで魔術が発動して連鎖的に広がっていった。
素材はスタック可能なので数が多く持ち込むことができるが、まさかそこにエンチャントを施しているとは誰も思わなかっただろう。生産上、魔術エンチャントして用いる素材もあるので仕様上は可能となっているが、攻撃魔術を込めたものは彼女が初めて使うこととなる。
「流石はリーダーの『エンチャント』ね。ていうか、他人のスキルまで込められるとかほぼチートじゃないのこれ……」
当然ながらかなり高度なテクニックである上に、普通はそう多くの魔術は込められないし、攻撃魔術などは以ての外となる。どうやらナギサの場合、チームリーダーの手を借りたようだ。彼女の言う他人のスキルをエンチャントする方法は、限られてはいるものの実在する方法ではあった。
そのガラス片に込められた魔術の効果範囲は狭いため、ナナミ自身はその効果範囲には居なかったものの、オークラを始めとして多くのプレイヤーは繰り返し発生する魔術攻撃に晒され続けることにより、どんなにMINが高いオークラであってもかなりの大ダメージを受けることとなった。
その他のプレイヤーは死に戻りしてリタイアとなった。
「まさか、自分のスキルのほうが囮だったなんて……」
「あら、どちらも本気よ? ただ、念には念を入れてってことよ。それに、私もまさか『マジックキャンセラー』を使ってくる子が居るとは思わなかったから、流石に焦ったわよ? まぁ、あのスキルは戦闘中に一度きりだから、次はないでしょうけど……ねぇ?」
「くっ……!」
『マジックキャンセラー』を既に使ってしまったナナミは、現時点ではナギサに対して火力で上回るしかないのだが、ガラス片に付与した魔術ですら多くのプレイヤーをリタイアさせたのだ。
どう考えても勝てる自信は今のナナミには無かった。しかし、そんな彼女の前にオークラが入って出る。
「ナナミ、倒すぞ……! 君ならやれる!」
「オークラ!」
ナナミが唯一勝てるとすれば、彼女のジョブアーツである『生命力変換』でHPをMPに変換し、効果終了後にINTが激減するというデメリットがあるが、一定時間INTを3倍にするジョブアーツ『力の代償』を使用し、2つの魔法スキルを同時に発動することができるジョブアビリティ【ダブルスペル】の効果で彼女の燃費も高く最大火力のスキル『イグニッション』と『ファイアエクスプロード』を同時に放つ事であると、推測する。
そして、ナナミはそれらの2つの魔法スキルの詠唱を開始する。魔法スキルは魔術スキルの高等テクニック版であり、効果が高くなる一方詠唱が通常よりも複雑になっている。ちょうどシグが多重詠唱で用いる際の詠唱はこれと同じ仕様となっていた。
ナナミの魔法使いというジョブは全ての魔術スキルを魔法スキルとして使用することが可能であり、いつもは詠唱破棄で詠唱を行わずに使用するが、今回はしっかりと詠唱を行った上で発動する。そうでもしないと勝てないからだ。
「あら! 私が詠唱なんてさせると思って?」
「その時間は私が稼ぐさ!」
ナギサが魔術スキル『ファイアボール』を詠唱破棄で放つも、それはオークラの盾で防がれる。精霊王の大盾を持つオークラは魔術系統のダメージをカットする【精霊の守り人】のアビリティを有しており、それで何とか時間を稼ぐようだ。
先程までとは異なり、大人数ではなく少人数となったことからナギサ自慢の炸裂展開もあまり効果がない為、ここで凌ぎきれれば勝てるとオークラは信じていた。
そして繰り返し放たれる魔術スキルを防いでいくオークラだったが、一向に詠唱が終わらないことを気にするようになる。
「それで、何を稼ぐのかしら? ……後ろに誰もいないのに?」
オークラはナギサの声を聞き、後ろを振り返るとそこにはナナミの姿は存在しなかった。
「なっ、いつの間に……!?」
「あら、あなたが防いだ魔術があの子を倒したのよ?」
その時、オークラは炸裂展開の効果を思い出す。この魔術は当たった所から炸裂して展開するが、たとえ魔術を防いだとしても『炸裂して展開する』という効果は失われないということを。
つまり、彼が守ったと思ったナナミは彼から展開した魔術による攻撃を受けてしまっていた。結果、気付いたときには死に戻りしてリタイアしていたということになる。
「くっ……! 殲滅姫がぁ……!」
「フフフ、やっぱりこういう多人数戦が一番楽しいわ!」
そしてオークラは一人でナギサに挑むこととなる。結果は……ナギサの圧勝であった。
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