しばしの別れ

 メリッサが司法ギルドに入った直後、その建物から血相を変えて男たちが出てきたのだが、あまりにもタイミングが良すぎるために気になってそっちの方に聞き耳を立てる。


 すると、その男たちは何やら建物の影で内緒話のようなものを開始する。ただ、だいぶ離れているのに普通に聞こえてくるくらいには普通に話しているようだったのだが。


「おい、どうなっている! なんで、あの娘が生きているんだ!?」

「俺が知るか! だが、こうしてギルドで出廷申出が出されたら流石に手を出せばこっちが疑われる……それにあのSランクがついてるなんて聞いてないぞ……」

「まぁ、最終的に裁判の時に全員消せばいいだけのことさ……」


 明らかにメリッサの事を言っていると思って、俺はその顔を見ようとその男たちの方を見たが、その時には既に男たちの姿は建物の近くから居なくなっていた。


 取り敢えず、奴らが言っていた事が正しければ、裁判の日までは下手に手を出すことはないだろうが、あまり油断はできなさそうだな。


「お待たせしました。何とか法廷には出れるようです。そこで、叔父の罪を告発したいと思います。……ユークさんたちには、その時にまた協力していただくことになると思います。よろしくお願いします」


 その後、正式に出廷が受理された事を報告しに戻ってきたメリッサ。一応、護衛依頼はここまでとなるので依頼完了を示す用紙を俺に手渡してくれた。


 俺は一応、さっき耳にしたメリッサを狙った者たちの事を告げ、注意するように念を押したが、アドミスが心配ないと答えていた。いや、お前に聞いてないって!


 傍聴人として参列可能なのが三人までだったので、戦力的に俺とレンとミュアが参加することになった。他のメンバーもメリッサのためになにか出来ないかと考えているようで、一応裁判が行われる司法ギルド近くに居る予定のようだ。


 因みに俺が何らかの理由で当日ログインできなかったりした場合、俺抜きでそのイベントが進行してしまい、その場合は俺が持つ証拠品が提出できなくなるため、万が一のことを考えてお香などはミュアに預けることになった。


「……取り敢えず、アドミスに護衛を頼んだけど、俺からもカリュアをつかせるから、もし何かあったらカリュアを通じて俺かミュアに伝えてくれ」

「――かりゅあ、めりっさまもる」


 ひょっこり現れたドライアドのカリュアの姿におもわず笑みをこぼすメリッサ。


「ふふっ、ありがとうね。カリュアちゃん。……ほんとに何から何までありがとうございますユークさん。では、裁判の日にまた」

「あぁ」


 そして、カリュアとアドミスと一緒に彼女の元々いた屋敷の方に向かうメリッサ。


 残念ながら色々押収されていたりして、立ち入ることはできないのだが、世話役だった従者たちに会うために向かうとの事だった。


 取り敢えず、司法ギルド裁判まではこれで問題はないだろう。まさか、軽い気持ちで受けた護衛依頼がここまで大事に発展するとは思わなかったが。


 俺たちはその後、無事に第二の街に辿り着いたことを祝して打ち上げでもしようかというレンの提案に乗り、今日の夜にギルドのチームルームを借りる事となった。一応、予約もできるし、部屋数も多いから問題はないだろう。


 まぁ、その前に依頼の完了をギルドに報告する必要はあるだろう。追加報酬はギルドを通じて貰えるだろうが、まぁ彼女の今の身の上を考慮すると何が貰えるのか分からない。


「さて、取り敢えず依頼はこれで完了したし、ギルドに向かうか」

「ちょっと待ってくださぁぁぁい!!」


 俺たちがメリッサと別れようとした時、何故か俺たちの元にはエミリアが走って駆け寄ってきた。どうしたどうした。


「酷いじゃないですか! ギルドに行くのに私のこと無視するなんて!」

「いや、別にエミリアは呼ばなくてもいいだろ――」

「いや、ダメです! だって、私は専属ギルド職員になるんですから! ちゃんと申請してもらいますからね!」


 グイグイとくるエミリアに対して、やはりというか俺とミュアたち以外のメンバーはポカンとしている。


「よく見りゃその子、はじまりの街のギルドの受付嬢じゃねーか。専属職員ってのはどういうことだユーク?」

「そんなの俺が聞きたいよ……」

「あら、改めて説明しましょうか?」

「ややこしくなるからエミリアは少し黙っててくれ!!」


 そして俺はレンたちにエミリアのことも説明する。まぁ、なんでエミリアが俺たちの専属ギルド職員になりたいのかなんて、そっちのほうが出世しそうと彼女が判断しただけの話なんだが。


 なんでそう思ったのかは、俺がアドミスに認められたからと聞いて、レンとリーサが「あー……」と短く呟いた。


「お前ってほんとNPCたらしだよな……」

「ちゃんと責任取りなさいよね」

「何で、お前たちはそっち側なんだよ……」


 ワイワイ騒いだ結果、俺たちは第二の街の冒険者ギルドに向かうこととなる。そこははじまりの街の冒険者ギルドを2つくらい並べたみたいな感じで、かなりデカイ。


 中ははじまりの街と似たような構成ではあったが、酒場ががっつり食事ができるような感じになっており、また左奥の方にはそのまま宿屋に直通できる受付が併設されていた。


 俺たちは取り敢えず受付嬢がいる依頼受付の方へと向かって歩いていく。ここで書類を提出すれば依頼達成となる。


「はい、ようこそ冒険者ギルドへ――って、エミリア!? なんでアンタがこのギルドにいるのよ!?」

「ハァイ、シャリー。今回はこのチームの専属ギルド職員になる申請をしに来たのよ!」


 受付にいた褐色でパーマがかった金髪の女性が俺たちと一緒にいるエミリアの姿を見て、変な声を上げる。どうやらエミリアの顔見知りのようだ。


 それに対して返事をするエミリアだったが、俺たちの目的は依頼達成の報告であって、そっちではない。


「いや、この依頼の完了を報告に来た」

「え? あ、はい。……あぁ、クラフタさんの娘さんの件ですか。あの、メリッサちゃんは無事でしたか?」


 その後、依頼達成を改めて報告したのだが、どうやらその受付嬢もメリッサの父親――どうやら名前はクラフタというらしい――の一件は知っていたようで、なおかつメリッサとも面識があったのか彼女の安否を先に問いかけていた。


 取り敢えず、無事であることを伝えるとホッと息をついていた。


 因みにこの受付の女性――シャリーというのだが、エミリアとはギルド育成校というギルド職員を養成する短期校で同期だったらしい。


 片や武闘都市の受付嬢、片や辺境の受付嬢と、その格差がはっきりとついてしまい、シャリーがエミリアを見下し、エミリアは気にせずのほほんとしていた、というのが二人の関係性らしい。


 プレイヤーからしたらどっちも変わらない気もするが、確かにはじまりの街よりは第二の街の方が長く居そうな気はする。


「シャリー、メリッサちゃんと知り合いなの?」

「そうよ。というか、この街の人ならだいたい知ってるわ。だって、クラフタさん……バトルスの最高議長の娘さんなのよ? まぁ、当のクラフタさんが変なことになってるけどね」


 おっと、ここで新情報。なんとメリッサ、貴族の娘で偉そうだと思ってたら、まさかまさかの一番偉い人の娘だった。


 そりゃ、叔父もその座を狙おうとするわな。


「ふーん。まぁ、そういうのはいいわ。取り敢えず、彼の依頼達成の受理と、私の専属職員契約の書類を早く! ハリーハリーハリー!」

「うるっさいわねぇ! そう言うならアンタがやりなさいよ! ほら、専属職員になるんでしょ!」


 エミリアが急かしたことで、その仕事はエミリアがやる流れになった。どうでもいいから早くしてほしい。


「分かったわよ。……じゃあユークさん、依頼完了書を提出してください」


 受付の中に入っていったエミリアはシャリーに変わって俺たちの依頼達成の受理を行う。


 報酬は10000FGと『???』であったが、この『???』は2度に渡る緊急クエストによって、物が追加され、またランクアップしている。果たして何が貰えるのだろうか。


「えっと、取り敢えず報酬の10000FGになりますね」

「あれ? 追加報酬は……?」

「そちらは、裁判次第になるかと思いますよ。流石に……」


 俺の呟きに堪えたのはエミリアではなくシャリーの方であった。いや確かに現実的に考えれば、それはそうだが……これ、ゲームだよ!?


「わ、割に合わねぇ……!」

「ま、そんなもんだよ現実はな。ここ、ゲームだけど」


 ガックリうなだれる俺の肩をポンポンと叩きながらそう呟くレン。


 取り敢えず、専属職員の話はまだ運営イベントの事やメリッサの事などがあり、雇う余裕もないので後回しにしてもらうことをシャリーに了承してもらい、エミリアにしばしの別れを告げてから俺たちは冒険者ギルドを後にすることとなる。


 因みに自分から辞表を叩きつけたのでエミリアは現在、どこにも所属していないギルド職員となっている。


 無論、そうなると今は大丈夫だが将来的には食い扶持が無くなってしまうらしいので、エミリアは立ち去ろうとしていた俺たちに必死に食い下がろうとしていたが、そこはシャリーが何とか抑え込んで、ここのギルド職員として働かせると言い聞かせてどうにかなったようだ。


 とはいえ、専属職員を諦めたわけではないようなので、メリッサの件が一段落したら腹をくくらないといけなさそうだな。

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