赤の貴族

 俺たちはアドミスたちと話し合った事を全員に共有し、その上でメリッサの本来の事情と身分の事を聞くこととなった。


 流石にメリッサも二度に渡って狙われたという事実もあり、俺たちに引け目を感じたのか話す必要はないと思っていた身の上を素直に話すことにしたようだ。


「はい、私の家は元々この地の開拓を王家より承った『赤の貴族』の家系になります」

「赤の貴族……?」


 俺を始めとした大体のメンバーが、メリッサが発言した『赤の貴族』という発言にぽかんとする。そういえばさっきアドミスも赤の貴族と言ってたな。


 そんな中、一人だけ成程と言わんばかりに頷いているプレイヤーがいた。


「やっぱり! メリッサちゃん、中の服に赤の貴族の紋章をつけてたもの」

「知ってるのか、サザンカさん!?」


 何故かサザンカさんだけが、メリッサが言う『赤の貴族』について理解していた。中の服までは流石に俺も凝視はできなかったので知らない。


 聞けば、どうやらその手の話は『チュートリアル』内にて特定のNPCが語ってくれるこの世界についての説明において出てくることのようである。


 つまり、サザンカさんはこの中で唯一のチュートリアル経験者ということか。まぁ、鍛治士目指すだけなら別にチュートリアルをやろうがそうでなかろうが関係ないからな。


 サザンカさんが言うには、なんでも普通にチュートリアルを始めて鍛治士としての技術を高めるために早速鍛冶の生産をしようと生産者ギルドに向かおうとした途中、いきなり道端で吟遊詩人みたいな男がこの世界――というよりも『この国』の成り立ちのようなことを歌い出した、ということらしい。


 大学で歴史文化学を学んでいたサザンカさんがその手の歴史系の話に興味がないわけがなく、ある程度しっかり話を聞いてしまったらしい。とはいえ、ほんの十分とかそれくらいだったらしいが。


 流石に国名とか都市の名前とかまではぼかされていたらしいが、色々細かなことを知ることができたという。中々チュートリアルプレイヤーが居なかったので、まとめにも断片的にしか上がっていない。


 その話では、はじまりの街がある第一エリアを国家の辺境として、そこからこの国の中心である王都に辿り着くまでには二つの都市があるらしく、一つが武闘都市、もう一つが自由都市として開拓されたらしい。


 そして、かつてそれらの開拓をかつての王家より命じられた貴族を『あかの貴族』と『あおの貴族』と呼ぶようになり、それらの貴族の末裔たちは今もそれらの都市を納める領主のようなものとして存在し続けている……という事であった。


 赤と緑とか、どこのクリスマスかよって感じだが、この2色がこの国のイメージカラーらしい。はじまりの街のレンガも赤かったし、そういえば看板とかは緑色のものが多かったような気がする。流石にはっきりと覚えてはいないが。


 ……さて話がズレたが、要するに『赤の貴族』は第二の街を治める領主的な者たちの家系ということになる。ついでにいうと『碧の貴族』はまだ未開放の第三エリアにあろう第三の街を治めているのだろう。きっと。


 因みに赤と碧の意味は語られなかったものの、赤の貴族の紋章には赤色の竜のデザイン、碧の貴族の紋章には緑色の獅子のデザインが施されているらしい。


 赤の竜で有名なのは『黙示録の獣』とかだろうが、別に竜や悪魔がどうとか、そういう話はメリッサからはなかった。まぁ、まだゲーム内でも確認されてないからな、竜も悪魔も。王都あたりまで進めば出てくるのかもしれないけど。


 後、緑色の獅子でレンがまた錬金術がどうのと反応していたのだが、俺にはよく分からなかった。


 あとそこにメリッサの補足によれば、『赤の貴族』の本家は途絶えており、現在は分家だけになっているらしい。


 そして、それぞれの分家の当主が都市の自治代表となっていて、彼らによって第二の街の都市運営が行われているとのこと。当然ながら、彼女の父親もまたその自治代表の一人という事であった。


「ただ、急に父が職務で不正を働いたとして、捕まってしまいまして……何も分からないまま、私は父に命じられて開拓の村へと向かわされたのです」

「成る程な。下手な火の粉が娘にかからぬよう、別の場所に向かわせたということか。頭の切れる男だな」


 メリッサの発言に納得して、補足をいれるアドミス。自分が汚職で捕まった際に娘を逃がすあたり、娘が何か危害を加えられると思ったのだろうか。


「そこから、昨日叔父から便りが届いて……翌週に父の裁判が行われるという事で、被告弁護の証言のために出廷を命じられたのです。ただ、何故か期限が今日の正午までだったので、急いで向かおうと思い、護衛依頼を出していたのです。本来ならある程度余裕をもって送られるんですが……」


 護衛依頼も、おそらくプレイヤーが手を出さなければNPCの冒険者が行ったことになっていたのだろう。しかしここでも、例の叔父であるハルトマンが出てくるのか……。


 うーん、ハルトマンからの唐突な召集令状、その行程にあるセーフエリアにおいてあったハルトマン所有のモンスターを呼び寄せるお香、そして獣の抜け道で使役されたボスモンスターの襲来……。


 うーん、めちゃくちゃキナ臭いんだよなぁ。


 どう考えてもこのハルトマンって叔父が、メリッサの親父さんを陥れようとして行動していて、ついでに娘のメリッサも始末しようとしている風にしか見えないんだよな。


 アドミスもその事は事前に説明しているので、俺たちの代わりに説明してくれるようだった。


「……どういう罪状なのか調べなければはっきり言えないが、おそらくメリッサ嬢の父上殿の罪は冤罪だろう。そして君を襲ったのはおそらく、その叔父に当たる人物だ」

「そんな……! 何で叔父が……いや、でも確かにあの人なら……」


 聞けばその叔父は昔から金を浪費していたようで、その事でメリッサの父親とは揉めることも少なくはなかったようだ。


 そして忘れちゃいけないのが、メリッサの家系における『赤の貴族』の分家主はメリッサの父親であって、叔父ハルトマンの方ではない。もしかしたら、彼女の父親を陥れて自分が新たな代表の一人になることを企んでいたのかもしれない。


 アドミスの話によれば、もし失脚の前に事故等で父親が亡くなれば、その貴族当主の権利は娘に継承されるらしいのだが、仮に父親が失脚して罪人になった場合、娘は継承の権利を失うという法になっているので、まだ叔父の方が代表になる可能性が高くなる。


 結果として、それ以前に娘も始末すればいいという判断になったのかもしれないが。


「そういえば、気になってたんだけどメリッサちゃんってなんでその腕輪をつけてるの?」

「これですか? この腕輪は獣よけだからと乳母から預けられたのですが……」


 その時、ふと彼女の右腕に付けていた腕輪に興味が引かれるサザンカさん。


 すると彼女はそれを渡してほしいと頼み、受け取ると勢いよく自身の武器であるハンマーで叩きつける。


 皆が驚愕する中、その腕輪の中から奇妙な虫のようなものが、飛び出してくる。えっ、なにこれ気持ち悪っ!


「さっき蜘蛛に追いかけられてるときにチラッとその腕輪が見えて、なんか変に光ってるなぁって思ったから勝手に『鑑定』しちゃったんだけど、それが『虫寄せの片割れ』ってなっていたから……」


 どうやら、サザンカさんの言い分が正しければ、あの腕輪があのデスト・スカルスパイダーを引き付けていたアイテムとなるようだ。


 壊したのはさっき、再度その光が灯ったのをサザンカさんが目にしたからである。もしかしたらまたデスト・スカルスパイダーみたいなモンスターが来ていたかもしれない。


 アドミスがいれば問題はないだろうが、流石に時間が厳しくなる。メリッサによれば召集令状自体は司法ギルドが発行した正式なものなので、受付に間に合わなければ本当に裁判に出廷できなくなる。


 司法ギルドは法の管理官の集まりで、リアルで言う裁判所と同じものとなるので、仮に叔父の罠だとしても無視するわけにはいかない。


「一つ聞くけど、その乳母って誰だ?」

「…………私の叔父、ハルトマンの奥様で私の叔母に当たります。お子さんがいなかったので、私が幼い頃に亡くなった母のかわりにずっと育ててくれたのです。とても、いい人だと思ってたのに……」


 まさか育ての母である乳母も自分を陥れようとしていたという事実に衝撃のあまり泣き出してしまうメリッサ。仕方ない、そんな事実は俺が当事者であっても知りたくはなかった。


「……その、すいません取り乱しちゃって。あの、裁判自体は来週行われるのですが、私はこのまま行っても大丈夫なんでしょうか……?」

「フッ、安心するといい。彼らからの頼みで私が君の護衛につくことになった。彼らは来訪者でずっと君を見ているわけにもいかないし、それに第二の街で色々やることがあるようだからな。まぁ、このSランク冒険者がついているのだから大船に乗ったつもりでいるといい」


 アドミスはそう言って俺たちの方を見る。確かに大船だよな。それも世界一周するような豪華客船。もしくは不沈の軍艦。


 俺たちも日曜にはイベントに参加しなくてはいけないため、彼女の為につきっきりなることはできない。


 まぁ、結局助けたいとか言っておいて、人任せかよと人には怒られそうだが、イベントの事をアドミスにいうと「絶対にやめるな、後悔するぞ」と止められてしまった。まぁ、NPCならそう言うよな……。


 一応、今回のイベントでは従魔は3体までしか参加することが出来ないため、必然的にレベルが一番低いカリュアの出番はないため、しばらくはメリッサと一緒に行動してもらうことにしよう。これでもレア個体なのでそれなりに強い。きっと役に立ってくれることだろう。


 ミュアはミュアで、精霊召喚でカリュアを呼ぼうかと画策していたようだが、事態が事態なので今回は封印させてもらうことにした。すまんな。


「取り敢えず、俺たちも裁判の日には協力できることがないか探してみるよ」

「そうだな。証拠品なんかも色々手に入れたりしてるからな」


 俺とレンがそう言うと、メリッサは安心したようにほうと息をついて安堵の表情を浮かべていた。


〈護衛イベント『少女の護衛』から派生する特別イベント『断罪裁判』の発生条件を満たしました。当イベントは特定時間に開始します。開始時間は4日後の午後1時となります〉


 そして、最後に特別イベントの発生条件を満たしたことをアナウンスされる。これはどうやら例の裁判の際に何かしらが起こるというもののようだ。


 4日後は火曜となるが、ちょうどメンテナンスが終了するのがその日の正午だったので、そのタイミングにログインすれば間に合うだろう。間に合わなければ、俺たち抜きでイベントが進むこととなる。


 そして、俺たちは今度こそ第二の街に向かって出発する。


 道中の敵はアドミスが瞬殺する勢いだったので、出来るだけ手を出さないようお願いしてから、俺たちは戦闘することになる。お陰でナサまで含めて俺たちのパーソナルレベルは全員30まで到達することとなった。


 そして、何とか正午の十数分前に第二の街に入るための検問に並び、そこでSランク冒険者であるアドミスがいた事から優先的に通され、その間にエミリアと再会し、なんとかメリッサの目的地である司法ギルドに正午前までに辿り着くことができた。


「皆さん、本当にありがとうございます……」

「その礼は裁判の日まで取っておいて。俺たちも絶対協力するからさ」


 そう言って、俺たちは裁判の出廷を申し出るために司法ギルドに足を運ぶメリッサを見送るのであった。


 因みにアドミスはエミリアに折檻されていたが、事情を聞いてなんとか許してもらえたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る