逃げる者たち
――デスト・スカルスパイダー、レベル45。
正直言うと、今の俺たちでは絶対に勝ち目のない相手だ。
その理由としてはまずもって敵とのレベルの差にある。それまで強敵と戦ってきた俺たちでも流石に全員が14以上のレベル差をつけられた敵とは戦ったことがない。
正直に言うと、これは『詰み』だ。これと戦って勝ち残る自信は俺にはない。
今のところ、怒り狂ってはいるがこちらの様子を見定めているのか、デスト・スカルスパイダーは手を出してこないようだ。
その間に同じ考えに至ったであろうレンの方を見ると、何か気になることがある様子だった。
「どうした、レン?」
「いや、さっきのクエストアナウンス……昨日のときと違ったなって思ってな」
「昨日の? あの集団モンスター戦か?」
そう言われてふと昨日の集団モンスター戦のアナウンスを思い出してみるが、確かあの時はクエストの発生と同時にあのセーフエリアだった『旧砦の寄宿場』から出られないってアナウンスが流れてたな。
そういえば、今回はクエスト名だけで特にアナウンスではここから出られないっていうのは触れてなかったような気がする。
「…… もしかしてこれ、逃走イベント的なやつなのか?」
「分からない。だが、戦闘開始っつってるのに戦闘フィールドが形成されてない。つまりはここから移動することができるってことだ」
通常、ボスモンスターなどとの戦闘の場合、戦闘フィールドが形成されるとそこから離脱することはできない。いわゆる「ボス戦では逃げることができない!」というやつだ。
だからこそ、ボス戦に巻き込まれないように戦闘が苦手なサザンカさん辺りは戦闘フィールド外に待機させたりしていたのだが……。
「つまりはあれか、『逃げるんだよォ!』ってことか」
「まぁ、ネタが古いけどそういうこと。取り敢えず、ユークは今のうちに――」
そうしてレンは耳打ちで俺に今回の作戦を伝える。
その方法とは、まずもって俺とグレイとで『モンスターリンク・MPリンク』を行うことで、グレイの【体格変化☆】の大型化で消費するMPをサポートし、レン以外の全員が騎乗できる大きさになってもらう。
そして、逃げるために走るからSTR的に間違いなく振り落とされるであろうナサとリーサに関しては高いSTRを持つリリーとフィーネがサポート、念のため依頼主のメリッサはグレイに対する【騎乗】の補正が間違いなくかかるミュアが支えて、この『獣の抜け道』の広場から離脱する。
幸いにも今俺たちが背を向けている方向が第二の街方面へ抜ける方の道となっている。なので、逃げ出す際にデスト・スカルスパイダーと鉢合わせになることはない。
その間、レンは一人でデスト・スカルスパイダーの引きつけを行い、俺たちの逃走をサポートする、というものだった。
なるほど、その方法なら確かに何とかなるかもしれない。たが……。
「いや、でもその方法だとお前がめちゃくちゃ危ないじゃねーか!」
「ハハハ、お前に心配されるとはな。まぁ、俺の役割は足止めだし、ある程度引き付けたら俺も離脱するからな」
そう言って、レンはエレメントモノクロームを両手に構えて俺たちの前に歩み出る。
デスト・スカルスパイダーはそれでようやく挑戦者が前に現れたと判断したのか、デカすぎる胴体に比べてあまりにも小さな頭部にある8つの赤い瞳でレンを凝視していた。
その間に予め【テレパス】で説明を流していたミュア含めて全員に作戦を説明、グレイと『モンスターリンク』を発動、これで俺のMPが無くならない限りは【体格変化☆】で巨大化することができるはずだ。
そしてデスト・スカルスパイダーがレンの方を見ていることを確認し、グレイに大きくなってもらい、そこに全員で乗り込む。
流石にデスト・スカルスパイダーも自身ほどではないものの、大きなモンスターが突然現れたことからそちらの方に意識が向いてしまうようで、こちらに向けて威嚇を飛ばしてくる。
しかし、それに対してレンが攻撃を仕掛けてきたことで意識は再びレンの方に向いたようだった。ホント、無茶するなよ……!
「みんな! ちゃんと乗ったか!?」
グレイに首近くで【騎乗】した俺は後ろを振り向いて他のチームメンバーや従魔たち、そして依頼主のメリッサがちゃんと乗り込んだかどうかを確認する。
「オッケーよ!」
『はい、ちゃんとマスターは私が支えています』
リーサは予定通りフィーネによってがっちりホールドされている。フィーネのSTRなら問題なく耐えられるだろう。
「私も大丈夫!」
サザンカさんはしっかりグレイの毛を握りしめて落とされないようにしている。グレイがあまり嫌そうにしてないから、毛を掴まれてもそこまで痛くないのだろうか?
「……うん。オッケー」
「お嬢様は私がしっかり支えますからね!」
ナサも当初の予定通りリリーが支える形で乗り込んでいる。ナサは普段通りだが、いつもよりも密着していることですっかり恍惚な表情になっているリリー。せっかくのキリッとした感じのセリフなのに台無しだ。
「……大丈夫でしょうか、これ?」
「大丈夫ですよ、メリッサさん。ユークさんとレンを信じてください」
メリッサはおそらく【騎乗】を持っているはずなので大丈夫なのだろうが、念のためにとミュアがサポートに入っている。前述の通り、ミュアも【騎乗】の補正が入るので、少なくとも衝撃を受けてグレイから落ちることはまず無い。
「かりゅあはますたーと」
「あっ! おいらも乗るぞ!」
ゼファーとカリュアの精霊コンビはカリュアが俺の股の間、ゼファーが定位置の俺の頭の上に乗ることで準備完了となった。
「よし、それじゃあグレイ! まっすぐ第二の街に向かって走れ!」
「アオアオオオオオン!!〔おまかせください!〕」
そして、グレイは全力疾走で走り出した。……一人、レンを置いて。
俺は背後を振り返り、レンに声をかけるが既に加速したグレイの駆ける音によってかき消され、俺たちの目には親指を立ててサムズアップをしていたレンの姿が『獣の抜け道』の木々によって遮られるところしか見ることはできなかった。
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