噂の賊の正体

 素材の採集後、セーフエリアへの移動を再開するが、その間に賊らしいNPCと遭遇することは無かった。まぁ、出るポイントが分かってるから、そうなのは当たり前なんだがな。


 あったのは幾度かのモンスターの襲来だった。俺たちのチームであれば、同レベル帯のモンスターであれば対処の問題はない。うん、成長したなぁ。


 おかげでレベル10台だったナサのレベルが20前半まで上がり、リーサやサザンカさんもレベル20台後半まで上がり、リリーはレベル29まで到達した。ゼファーも負けじとレベル29まで上がった。


 やはり同レベル帯やそれ以上の敵と連続で戦うのはかなり経験値効率が良さそうだ。


 まぁ、俺やレン、ミュアのレベルはその間上がることはなかったのだが。


「さて、そろそろセーフエリアだ。一応そこで今日は宿泊するってことにはなるが、どういう状態になってるのか分からないから気をつけろよ」

「あら、寄宿場ではモンスターはモンスター除けで近寄れないのですから大丈夫ですよ?」


 一人、先行して走るレンは周辺の様子を見ながら、後ろからついてきている俺たちに向かって注意を促す。そんなレンの発言にメリッサは笑いながら答える。


 メリッサの言うとおり、セーフエリアである寄宿場の周辺は通常時はモンスターが近寄らないようにモンスター除けが施されており、また柵が張られているので外から中の様子を見ることができない。


 仮にイベントが発生すると一時的にその区域が隔離され、チュートリアルの際にプレイヤーが他に居なかったのと同じような状態となる。


 なので、既にセーフエリアにプレイヤーがいても問題なくイベントは進行するということになる。


「よし、ここからは全員一緒に行こう。何があるかわからないからな」


 取り敢えず、先行していたレンもセーフエリアには一緒に入るということで、ミュアやサザンカさん、メリッサはグレイの背中から降りる。


 メリッサはグレイの毛並みを名残惜しそうに撫でていた。


「旧砦の寄宿場……これで一休みできますね……」


 メリッサがあからさまなフラグ発言をしながらセーフエリアのある旧砦の寄宿場に足を踏み込む。


 そこには古い木材で組み上げられていた仮設の砦が存在していた。これは掲示板の情報だと、元からあるオブジェクトらしいが、そこに何やらチグハグに増築されている形跡がある。


 その砦の中やその周辺には小柄で手足が細い、人の姿によく似た薄汚れた緑色の耳の長い、色んな素材を適当に組み合わせたような防具を身に纏ったモンスターが大量に存在し、こちらを睨みつけていた。


「ギギギッ!」


 どうやら、今回の賊の正体とはアイツらの事らしいな。


 それらの姿を目撃したメリッサは驚きと恐怖で目を見開く。


「そ、そんな……なんでゴブリンが寄宿場に……モンスター除けがされてたはずなのに……」


 そう、本来ならばここにはモンスターが現れるはずがない。安全地帯セーフエリアとは本来そういう仕様だからな。


 しかしイベント発生時は市街地エリアもセーフエリアも非戦闘区域の区分から外れるため、こうしてモンスターが出現したりする。


 まぁ、だからといってなんでここにモンスターが出現するのかは、今のところ謎のままなのだが。


「ギガガガ!」

「ゲゲッ!」


 ここに現れているモンスターは『コモンゴブリン』という、ファンタジーならよく出てくるであろうゴブリンの名を冠したモンスターだ。


 このモンスター、平原エリアでこのような砦跡を利用して自分たちのアジトを多数作っており、その中で居住をしているという設定だ。


 そして集団で狩りをしており、たまに人を襲う。その行動からよく賊と間違われたりするらしい。


 俺はネットで調べた知識、レンはそれに追加して経験から、このイベントの賊はゴブリンかコボルドのどちらかだろうと推測していた。おそらく、メリッサの乳母はこのことに注意して欲しかったのだろう。


 因みにβテストの際に、こういう話をうっかり依頼主に喋ってしまったところ、集団モンスターだったものが普通に盗賊NPCへと変更する、なんてことがあったため、チームメンバーにしか説明してなかった。


 流石に女性が大多数のメンバーでNPC相手の、一つ間違えれば殺し合いになりかねない戦闘は避けたかったというものもある。


〈イベント『少女の護衛』から派生して、緊急クエスト『コモンゴブリンからの護衛』が発生しました。このクエストが終了するまで、該当エリアからは離脱することができません〉


 アナウンスが流れる。緊急クエストの発生のお知らせだった。このセーフエリアから出られなくなってしまったが、当然ながらこのコモンゴブリンから依頼主を守って、かつ敵を全て倒してしまえば問題なく出られる。


 なお、今回は集団モンスター戦の中では割とハズレの方を引いてしまった。


 コモンゴブリン自体はコボルド種よりも力は弱く、またゴブリン種の中では比較的普遍的なゴブリンなのではあるのだが、ハズレ扱いされるのはその『特徴』にあった。


「砦が作られているってことは大将系か! ……リリー、ナサ、サザンカ、リーサは依頼主を守れ! 俺とユークでゴブリンのボスを倒す!」


 レンが動き出したコモンゴブリンたちの姿を見て各人に命令を飛ばす。依頼主に多くの人員を割いたが、少なくともこのイベントでは護衛が最優先となる。


 大将系の場合はボスを倒さない限りはモンスターは戦闘フィールドに現れ続けるので、全方位から依頼主を守る必要がある。


 対するボス対策だが、俺にはゼファーやミュア、グレイに新入りのカリュアも存在するので、プレイヤーが二人だとしても、戦力的にはまだこちらの方がかなり高いので、妥当と言えるだろう。


「ユーク、砦を抑えに行くが、見た限り戦士ファイター剣士ソードマン騎士ナイトだけじゃなくて、弓士アーチャー魔術士マジシャンもいるから、お前には後衛ついでに砦への直接攻撃を任せる」

「了解、任せとけって!」


 そう言って俺とレンは散開し、アジトから出てこようとするコモンゴブリンたちに向かっていく。


 コモンゴブリンがハズレ扱いされる要因だが、それは彼らがそれぞれ『ジョブ持ち』だということだ。


 コモンゴブリンの場合は、クラス1のジョブと同じ系統の役職についていることが多い。


 その殆どが棍棒をもつ『コモンゴブリン・ファイター』なのだが、中には剣を持つ『コモンゴブリン・ソードマン』や槍と盾を持つ『コモンゴブリン・ナイト』が存在し、遠距離では弓を持つ『コモンゴブリン・アーチャー』と杖を持つ『コモンゴブリン・マジシャン』が存在する。


 コモンゴブリンはそれぞれの役職に合わせて適切な連携をして戦闘を行う。低級とはいえしっかりと連携を組まれてしまうと、コボルドや他のゴブリン種よりも苦戦することは間違いないだろう。


 コイツらが第二エリア以降に出現するのも、そういう性質があるからである。


 尤もコモンゴブリン・ファイターだけは低レベルの個体が第一エリアの草原エリア、ルプス牧場近くに単独で出現することもあるらしいが、それも極稀にである。


「よし、俺たちは砦を破壊するつもりで、アーチャーとマジシャンを狙うぞ。ゼファーはいつも通り頼む。ミュアはグレイに乗って撹乱しながら攻撃を頼む。カリュアは早速実力を見せてくれ! ――『従魔激励』!」

「はい、お任せください!」

「まかせろ!」

「――――!〔かりゅあ、がんばる!〕」

「アォォォォン!〔お任せを主殿!〕」


 前衛であるファイター、ソードマン、ナイトをレンが一人で引き受けているため、レンに頼まれた通りに砦の方、そして後衛のアーチャーとマジシャンを俺たちが対処することとなった。


 砦を破壊すればボスのお出ましとなるため、護衛側のメンツのためにも早く終わらせないといけない。


「ギーギギーギー!」

「「「「ギーギギーギー!!」」」」


 そんな時、砦の上にいたコモンゴブリン・マジシャン数体がニヤリと笑みを浮かべると、杖を掲げて何らかのスキルを発動すると、砦の周りにうにょりとドームのような膜が拡がっていく。


「何だ? バリアエリアか何かか? 取り敢えず牽制で――『緑風の弾丸ストーム・バレット』!」


 俺が魔杖を構えたまま精霊術を発動するが、そのスキルは膜に振れると、溶けるように消えていった。


 攻撃無効化を疑い、アーツである『飛突』を使って膜に攻撃を放つが、今度はこちらの攻撃は消えることなく膜の向こうのゴブリンに激突した。


 どうやらこの膜にはスキルそのものを消滅させる効果があるらしい。『アンチスキルフィルム』とでも言うべきだろうか。


 流石にそう簡単には砦を落とさせてはくれないということか。


「全員、アーツ中心で攻撃! 『従魔激励』!」


 俺は咄嗟に攻撃方法をアーツ中心に変更して、従魔たちに攻撃を命じる。元からアーツの方が攻撃手段の多いミュアには願ったりな状況だ。


「了解です! 行きますよ、グレイ! ――『アローレイン』!」

「ガウン!」


 ミュアはグレイに跨って魔術スキルを発動しようとしていたコモンゴブリン・マジシャンに向かって『アローレイン』を発動する。


 【騎乗】の効果でどれだけグレイが走り回ってもその姿勢は崩れずに常に正しい状態なので【正射必中】の効果は失われず、乱射ではあるにも関わらず的確にマジシャンを射抜いていく。


 その命中精度は流石としか言いようがない。俺が必要かと思った【精密射撃】を、ミュアが不要だと習得しなかったのだが、この腕前を見せられれば確かに不要だと言うのは分かるというものだ。


「へへっ! くらえっ『雷撃』っ!」


 ゼファーは砦諸共、ゴブリンに対して『雷撃』のアーツを使用し、至るところで破裂音をさせている。ゼファーの覚えているアーツの中では一番破壊性能が高いからな、当然だ。


 その音に反応し、砦の中からは前衛職や後衛職の関係なく、多くのコモンゴブリンたちが現れる。


 いったいあのボロ砦の中にどうやったらこれだけの量のコモンゴブリンが隠れていたのか甚だ疑問ではあるのだが、これはあくまでゲームなので深くは考えないことにする。


「――――!!〔どいて!〕」


 カリュアは背中から出ている蔦を鞭のように扱って、砦から出てきた前衛系のゴブリンに対して攻撃する。鞭の攻撃は結構遠くまで届くので、かなり広範囲の敵を巻き込んでダメージを与えている。


 カリュアはこの中では一番レベルが低いものの、コモンゴブリンは第二エリアの敵にしては低めのレベル26なのでそこまで大差はないのか、STR値が低いカリュアでも対処できている。


 が、砦を攻撃されたことでコモンゴブリンたちの攻撃が活発になり、ミュアはともかく、カリュアやゼファーでは少し対処が難しくなってきた。


 ……そろそろ方針を変えないといけないか。

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