希少種に挑んでみる

 ドライアド――ゼファーが言うには樹精という精霊の一種のようだが、ミュアが言うには極稀出現のアルラウネのレア個体でもあるらしい。


 当然ながらβテスト中は未確認となっている為、情報なんてものは存在しない。未確認の敵との戦闘は流石に緊張感が漂う。


 ……まぁ、肝心のドライアドがすごく眠そうな顔をしているので、若干気が抜けてしまうのだが。


 そのレベルは33となっており、俺が対峙したモンスターの中では、それまでの最大レベルだったアシュラゴーレムを超えて、最も高いレベルのモンスターとなった。


 まぁあれだけ苦戦したブラッディハウルベアは弱体後でレベル30ということだったので、レベル=強さとは限らないというのがなんとも言えない。


「相棒! こいつ、テイムするのか?」

「ああ! 極稀にしか出てこないモンスターのレア個体とか、かなり激レアだからな! そういうやつはだいたい強い! だから絶対にテイムしてやる!」

「そうか! おいらも精霊の仲間が出来るのは大歓迎だ! じゃあ、頑張ろうな!」


 新たに精霊の仲間ができるかもしれないとゼファーも意気揚々となっている。


 因みに極稀出現のモンスターは普通のモンスターと同程度の強さしか持たないので、普通に戦えばそれなりに戦力があれば、楽勝苦戦の差はあれどだいたいは普通に勝てる程度の強さとなる。


 だが、テイムするとなると途端に話は難しくなる。何故ならレア個体よりもテイム成功率が低めに設定されている……らしいからだ。


 そもそもの出現率が低いモンスターなので出会った数自体が少ないのだが、この手のモンスターをテイムしたという報告が、現時点で従魔士スレの一番最初の方でレイナルドというプレイヤーがストレイシープのテイムに成功したくらいしか報告がないのだ。


 しかも彼の場合、途中で強制ログアウトしかけたことで一度離脱していることから、その難易度が伺える。レイナルドがログアウト中は知り合いのプレイヤーが逃さないよう継続して戦闘をしていたらしい。


 因みにβテストでの成功報告はない。まぁ、その時は普通のモンスターに対してテイミングに成功した例自体が僅かであり、また従魔士としてプレイしていたのがガタゴロウさんだけだったので、仕方のない話なのだが。


 そんなガタゴロウさんですら、低出現の希少種モンスターはアルラウネを始めとしてまともにテイムできていなかったのだから、その難易度が伺えるところだ。


 とはいえ今の俺には【手加減】があるので、ギリギリまで削れば成功確率はかなり高くなるだろう。


 だが、それはあくまで普通の極稀出現のモンスターであればの話だ。


 現在対峙しているのは、そんな極稀出現のモンスターのレア個体という、レアにレアを上掛けしたような存在だ。普通に戦闘能力も高いし、おそらくだがテイム成功率は更に低い筈だ。


 うーむ、まさに目隠ししながら針に糸を通すような感覚だが、不思議と何とかなりそうな気がしている。なんでだろうな。


「よし、行くぞ! ドライアドの攻撃はどんなのが来るのか分からないから、出来るだけ遠距離から攻撃だ! グレイ、今回はお前に乗せてもらうぞ!」

「ガオオオオ!!〔お任せを!〕」


 全員に遠距離からの攻撃を指示し、俺はグレイの背に跨る。


 通常なら従魔のAGI値と自身のSTR値の差が著しい場合は移動の際に落下するのだが、ようやく手に入れた【騎乗】のアビリティの効果によってその補正が無視される他、【テレパス】との副次効果で騎乗した従魔がかなり懐いている場合は、従魔士が移動したいと思った通りの方向に動くようになる。


 なので、今の俺はグレイがどんな無茶な機動をしても落ちることはない。まぁ、流石に逆さまになれば落ちてしまうのだろうが。


 因みにこの【騎乗】の効果は従魔士だけなのだが、ゼファーやミュアの場合も騎乗者として対象となっている。人型だと騎乗者の対象になるのだろうか。


 取り敢えず、敵の様子を見てみるが、特に攻撃らしい行動は仕掛けてきてはいないようだ。


 しかし、あそこまで普通に女の子みたいな風貌をしていると攻撃するのは億劫になってしまう。


 うーん、なんかあの姿を見てると力が抜けてくるな……。なんだか、眠い気もする……。


 あれ、ちょっと待てよ。これはまさか……。


「――おい、しっかりしろ相棒! 『クリアストーム』!」


 そんな時、ゼファーの声が響いてさっきまでぼやけていた思考が一気にクリアになる。眠気も消えた。


 どうやら気付かない内に睡眠か幻覚あたりの状態異常にかけられていたようだ。グレイが心配そうにこちらを見ている。


 よく見ると周囲に花粉のようなものが巻き上がっているのが、風に揺らめいて見えた。そうか……あれを吸い込んだせいで状態異常になったんだな。


 ゼファーは次にガードストームを発動する。これで再度ドライアドが状態異常を繰り出してきても問題ないだろう。その効果の高さはエリアボス戦で実証済みだ。


「すまん、助かったゼファー。しかし、状態異常の花粉か……厄介だが、ガードストームがあればもう問題ないな」

「また相棒が変な感じになったら、クリアストームを使うから安心しろ!」

「ハハッ、頼むぜゼファー! ……よし、ミュア! モンスターリンクを使うぞ!」

「分かりました! いつでもどうぞ!」


 俺はミュアにモンスターリンクを使い、MPをリンクする。これでミュアの高いMPを俺も利用することができる。


 ドライアドは花粉が効かないという事を理解したのか、次は背中にある蔦を伸ばして攻撃を開始する。――がその速度はかなり遅い。それなら余裕で対処可能だ。


「遅い遅い! ――『乱風の鎌鼬スクランブル・エッジ』!!」


 俺はグレイと共に蔦を掻い潜ると、魔杖を構えた状態で精霊術を発動する。宝風剣よりは威力は落ちるものの、過剰火力で削りすぎるということを防ぐ狙いだ。


 風の刃は杖の先から放たれ、ドライアドの方へと向かっていくが、ドライアドはその刃を蔦を纏めて作り出した蔦の壁によって防ぐ。


 蔦自体もドライアドの一部なのか、蔦が切り裂かれた際にはドライアドにもダメージを与えることができた。HPは他のレア個体同様に高そうだが、耐久系のステータスが思ったよりも低いのか、結構ダメージが入っている。


 グレイのときに苦戦したのが嘘のような感じだが、レア個体でも色々種類がある。このドライアドは先に状態異常にすることで敵を蹂躙するタイプだったのだろう。その分、攻撃や防御のステータスは低いと見た。


 しかし次の瞬間、ドライアドの体が仄かに光ると若干だがHPが回復した。どうやら足が地面に潜っている状態だと地中から栄養を取り込んで回復してしまうようだ。


 全回復するほどではないし、連続して行わないことを考慮すると使用できるタイミングがあるのだろうか。取り敢えず、今のところは削りに専念しても問題はなさそうだな。


 それにあの蔦の盾で耐えきれない攻撃をすればあの場から抜け出さずにはいられないだろう。その時がチャンスだ。


「ミュア! ライトニングアローだ! ゼファーも精霊術で援護を頼む!」

「了解です! 『ライトニングアロー』!」

「任せろ! 『天嵐の息吹ブレース・テンペスト』!」


 ミュアがライトニングアローを、ゼファーが『天嵐の息吹ブレース・テンペスト』を放つ時に俺も続けて精霊術を発動し、その攻撃は一直線にドライアドの方向へ向かうと、着弾して土埃を巻き起こす。


 流石にこの量の攻撃は蔦の盾では捌ききれないだろう。さて、耐えきって回復するのか、それとも怒って土から出てくるか……。


 土煙が消えるかどうかを見計らっていたが、次の瞬間にはそんな土煙を吹き飛ばすかのように爆風が吹き、中からドライアドがこちらに向かって走ってくる。


 背中の蔦をまるでタコかイカの触手のように動かし、それを脚として動かしているようだ。意外と速いぞコイツ。


 想定以上にダメージを受けているようで、真っ黒だった瞳は怒りで真っ赤に染まっている。HPはやはり回復できていないようだ。


 ここまで削れば、あとは最後の一手ってところだな。


「よし、表に出てきたな! 『エネボール』! 『横薙ぎ』!」


 杖の先からエネルギーボールを形成させると、俺はそのボールに対して横薙ぎで衝撃を与える。するとそのボールは真っ直ぐに前に向かって飛んでいく。


 ドライアドはその軌道を見て、咄嗟に避けるがその動きは想定内だ。その避けた方向にはグレイに跨った俺が杖を構えて待ち構えている。


「少し痛いだろうが、我慢してくれよ! 『手加減』! 『横薙ぎ』! 『強力杖殴り+』!!」


 スキルの『手加減』を使用後、いつもの『横薙ぎ』と『強力杖殴り』のコンボを繰り出す。ただし、【中級杖術】により『強力杖殴り』は『強力杖殴り+』に強化されているので、その威力はそれまでよりもかなり高い。更に【魔杖術】の補正やらも加わってるので、それなりの威力になる。


 ドライアドは咄嗟に蔦を使ってガードするものの、このアーツの威力は簡単な蔦の盾では防げるレベルでは無かったようで、衝撃によって勢いよく後方へと吹き飛んでいく。


 手加減の効果が技のヒット後の追加ダメージまで含まれているようで良かった。最悪、地面に当たった衝撃でHPが無くなっていたかもしれない。


 その際、一気にダメージを削ったからかドライアドは気絶状態になっていた。よし今がチャンスだ!


「行くぞ! ――『テイミング』!」


 まずは普通に失敗。まぁ、まだグレイのときよりはMPに余裕がある。まだまだこれからだ。


 ゼファーとミュアに噛付樹の滑蔦――バイトプラントが落とす方の蔦だ――を使ってもらい、起き上がっても地面に足を突っ込まれないように大木にぐるぐる巻きにしてもらう。


 ……うん、これどっからどう見ても犯罪現場にしか見えないな。気絶してるから真っ黒な目が見えないので、完全に幼女暴行の現行犯逮捕案件な気がする。


 いや、これはゲームなんだ……相手はモンスター。そうモンスターなんだ……。


 途端に悪いことをしているような気がしてきてならないが……まぁ、それはそれ、これはこれ、だ。


「『テイミング』! ……ダメか! 『テイミング』! ……くそっ、また失敗か!」


 それから何十回とテイムを繰り返す。よほど一気にダメージを削ったのか、その間に気を取り戻す様子もなく、ドライアドに対するテイムは続く。


 途中、ミュアにMP高回復薬を渡し、俺がテイムしている間にMPを回復してもらったが、それでもなおテイムには成功しない。


 流石は希少種モンスター、なかなか一筋縄では行かないようだ。


「ユークさん、もうMP回復薬はありませんが……」

「そうか……残りMP的にもあと数回が限界だな」


 完全に使い切るとMP欠乏状態でふたりとも戦えなくなるのでピンチになりかねない。……まぁ、相手もHP1なので。


 そこから1回、2回とテイミングを行うも失敗が続く。


 いよいよもって、これを使うとMPが完全に無くなるというタイミングでドライアドの気絶が解除される。


「――――ッ!?」


 自身がぐるぐる巻きにされている状況に驚いてその蔦を解こうとするも、HP1の状態で力が出ないのか中々解けずにいた。


 しかし、それが解けるのも時間の問題だろう。


 俺は最後のテイミングに全身全霊の想いを込める。まぁ、あまり意味はないだろうがな。


「――『テイミング』!」


 そのスキル名を叫んだ瞬間、俺とドライアドとの間に何かしらのバイパスが繋がったのを感じた。


 怒り狂っていた表情は落ち着きを取り戻し、真っ赤な瞳も黒黒したものへと戻っていた。


 どうやら、最後の最後で成功したようだ。


 MP切れで薄れゆく意識の中、何故縛られているのだろうと不思議そうに自身を見回していたドライアドの姿が最後に目に映った。

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