それぞれの動向

 ――フライ・ハイの場合。


 チームに加入することとなったサイモンと共に本来なら金曜にエリアボスへと挑む予定だったフライ・ハイ。


 しかし、サイモンがこの日から週末にかけて急遽予定が入ってしまい、フライ・ハイとしては運営イベントならびにメンテナンス前までに第二エリアへ向かうことはできないと判断し、イベント自体ははじまりの街から参加することを決めていた。


 ユーリカやリックは再度挑めばいいからと、早々に第二エリアへと向かおうと言い出していたが、オークラが万全を期す為と押し通した形となる。ナナミはどっちでもいい派であった。


 そんな彼らは冒険者ギルドの2階以降にあるチームルームにて、死に戻りしたことで減少したステータスが戻るまで、先程まで戦っていたことによる疲労を癒やしていた。


 それは草原エリアと廃坑道の間の、ちょうどはじまりの街から南東にあたる方向での出来事だった。


 その地点は廃坑道みたいに分かりやすいスポットが表向き無かったこと、またその付近はスライミーの群生地を抜けた更に先にある場所で、毒や麻痺を振りまくポイズンスライミーやパラライズスライミーなどの状態異常特化のモンスターが多数出現することから、あまり好んで攻略するプレイヤーが居なかった。おまけに地形も毒沼である。


 そんな場所で、フライ・ハイのメンバーはレベル上限を超えたレベルを持つボスモンスターと遭遇することとなったのである。


 既に全員が第一エリアでのカンストレベルに達しているチームであるフライ・ハイだが、敵が特殊な毒攻撃を繰り出した結果、ろくな対処もできずに全員仲良く死に戻ってしまったという形になる。


 因みにこの情報はその時点では誰も上げておらず、彼らが初遭遇となるボスモンスターであった。


 そんな地点をフライ・ハイが探索していたのは、ユーリカがメルカから毒液と麻痺液を取ってきてほしいと頼まれたからである。


 当初は自分のチームメンバーに頼めと断ろうとしたユーリカであったが、その地点を探索したことが無かったオークラやリック辺りがやる気になったことで、探索することとなった。


 ……まさか、それが新たなボスモンスターと遭遇することになろうとは誰も思わなかったが 。


 そんな中、ユーリカはユークから届いたフレンドチャットの文面を見ていた。ちょうど、エリアボス戦に向かう前に、ユーリカからギルドで面白そうなことがあれば教えろという言葉に応えるように送っていたものとなる。


「はぁ……。何よ、『ギルドクエスト』って。めちゃくちゃ面白そうなこと起きてるじゃないの。やっぱり【友好化】って有能スキルだったのかしら」

「何をブツブツ言っているんだユーリカ?」

「何でもないわよ。それより、結局エコーは見かけてないのよね? ……ホント、あの子どこに行ったのかしら……」


 一向に帰ってこない自身の精霊であるエコーのことを案じるユーリカ。一応、今のところは契約破棄には至っていないものの、まさか腹を立てて家出してしまうとは思っていなかった。


「まぁ、しばらくしたら帰ってくるだろ。ユークだってそう言ってたんだろ?」

「まぁ、そうだけど……」


 リックに心配しすぎであることを暗に指摘され、ひとまず落ち着くことにするユーリカ。不安や怒りなどの感情が高まるとかなりヒステリックになりやすいのがユーリカの性格である。


 そんな中、シャワールームから出てきたナナミはその両手でイルカの形の人形を抱えている。……いや、人形ではなかった。


「ねぇ、ユーリカ? この子、シャワー浴びてたら飛んできたんだけど……」

「はぁっ!? エコーじゃない! ……なんで、女の子がシャワーしてるところに行ってるのよ、このエロイルカ!」


 ユーリカが怒りのまま言葉を発するとナナミの胸の中でビクビクと震えてしまうエコー。


「……いや、そういう反応だから逃げ出すんじゃないのか?」


 そんなエコーとユーリカの問答を見つつ、ポツリとつぶやくオークラ。それを聞いてハッとした表情を浮かべたユーリカはぎこちないながらも、笑顔を浮かべてエコーと仲良くしようとしていたが、結果としてまた逃げられることとなるのだった。


 その後、新発見となったボスモンスター『シザークロス・スコーピオン』の情報はユーリカを通じて、彼女のフレンドや掲示板へと知れ渡ることとなる。




 ――暁の戦姫の場合。


 暁の戦姫もまた、イベント前に第二エリアに向かうことは諦めていた。その理由はイベントに参加するシグが現状で十分実力があること(双子談)、また今日の夜から土曜の昼までシグたちの家に母方の叔母が泊まりにくるのでおそらくほとんどプレイできないということ、そして戦力的にエリアボスに挑むにはチーム外のメンバーが必要不可欠なのだが、そのあてがまだ見つかってないことの3つとなる。


 そんな彼女たちの元にユーリカから新たなボスモンスターの情報がメルカを通じて届くこととなる。因みにユーリカに頼んだ素材の件は、メルカはすっかり忘れていた。


「ふぅん、シザークロス・スコーピオンねぇ。はじめて聞いた名前だわ。βテストにも居なかったし、ホントに新しいボスモンスターなのね」

「へぇ……シグねぇも知らないんじゃあ、どのくらい強いのか分かんないな!」

「……でも、スコーピオンってことはサソリだから、毒系統の攻撃はしてくるのかも」


 メルカの良品店の2階にある交流スペースで話をするシグ、ハル、ユキ。そんな3人の姿をメルカが面白そうに眺めていると新たにこの場にログインしてくるプレイヤーの姿が映る。


 当然のごとく、そのプレイヤーは女性であったが、シグたちが身に纏っている防具を更に前衛的にしたようなものを身に纏っており、モデルのような細いスタイルをしている。まぁ、モデルのようなとは言ったものの、彼女のリアルは正真正銘のファッションモデルなのであるが。


「あら、マイマイじゃない。こんな時間にログインできるなんて珍しいわね」

「ああ。地方での撮影が雨天で一旦中止になってね。ちょうど機材も持ってきていたから、回線を繋げてプレイさせてもらっているんだ」


 マイマイと呼ばれたプレイヤーはβテスターであり、その当時からシグとは仲の良い間柄となっている。現在はクラス3の『断罪裁縫士カッティングテーラー』として腕をふるっている生産職プレイヤーだ。


 そんな彼女のリアルは前述の通りファッションモデルなのだが、実はファッションデザイナーとしても有名であり、自身の本名をもじったブランドである『MyMayマイメイ』は女子中高生を中心に話題となっている。その影響もあって、運営からデザイン関連のテスターとして抜擢されていた。


 因みに彼女がシグたちが身に纏う防具を制作しており、その性能はあのサイモンが作ったものと遜色ないレベルとなっている。尤も、服飾と鍛冶はジャンルが異なるので完全に比較することはできないのだが。


 未だに彼女に装備の生産を頼むプレイヤーは多く、その度にシグが表に出てチームメンバー専任である旨を説明している。その際にも技術指導などを積極的にしているサイモンを比較に出されたりするが、それはそれ、これはこれと話を強制的に終わらせていた。


「マイねぇ! スコーピオン倒してから、新しい装備作ってよ!」

「スコーピオン? 良く分からないが、今の装備じゃ不満なのかい?」

「……不満ってわけじゃないですけど、新しい装備があればシグねぇも安心して第二エリアに向かえるかなって」


 ハルとユキの言葉にウッと言葉を詰まらせるマイマイ。彼女は小さい子供が好み(保護しなくてはならない対象としてであり、決して深い意味はない)なので、こういうお願いには弱かった。


「成程成程……フフッ、任せたまえ! より強い装備をこの私が! 作ってあげようじゃあないか! ――よし、そうと決まれば善は急げだ! 私もボス戦に行くぞ!」

「ちょっ、ちょっと待ってマイマイ! 行くにしても、他に戦力を見つけないと4人じゃ無理よ! そもそもあなた、ほとんどレベル上げれて無いでしょう?」

「そんなもの、愛があればどうにか――」

「なるわけないじゃない!」


 まんまと乗せられて装備制作を約束するマイマイ。因みに彼女のログイン可能時間は基本的にモデルやデザイナーの仕事が休みのタイミングしかないので、ほとんど存在しないといっていい。たまにこうして一日休みみたいなものがある程度で、あとは小一時間程度ログインできるかどうかのレベルだ。


 なので、この中では実は一番パーソナルレベルが低かったりする。そんな彼女が率先して討伐に向かおうとしているのだから、シグは当然止めに来る。


 そんな様子をにこやかに眺めていたメルカはふと思う。


(あー、これ、ユーリカちゃんのチームと一緒に行けば解決するやつだ〜)


 そして、思ったことをそのまま口にするメルカによって、暁の戦姫とフライ・ハイの合同でボスモンスター『シザークロス・スコーピオン』の討伐が、決行されることとなった。


 結果として、その先には第一エリアの第4の市街地エリアである『パブリア農村』が存在することが明らかとなり、それを知った農家ファーマー系統のジョブを選んだが農地や農作物などを見つけられていなかったプレイヤーたちが大歓喜するという現象が発生するのであった。




 ――――――――――――――――――

※次回は掲示板回です。


(9/13)グレイのステータスにおいて、アビリティ【希少種】の名前を【レア個体】に変更しました。

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