始まりの越境者

「スマンみんな! 迷惑かけた。こっから挽回するぜ」

「すいません! 私がちゃんとしていれば……」


 合流後、俺たちが謝罪しようとするとブラッディハウルベアの近くで剣術アーツを発動していたレンがその声を遮るように喋りだす。


「気にすんな! ミュアのお陰でここまで一気に削れたんだ。さっさとぶっ倒して次のエリアに行こうぜ!」


 そう言ってレンは再び攻撃を開始する。ブラッディハウルベアはHPが10%を切ったのか、2回目の行動変化を迎えて、かなり激しく攻撃を行うようになっていた。


 この動作は通常個体においても発生していたもので、どうやら激昂個体でも変わらないようだった。


「よし、それじゃあ一気に行くか! ミュア、MPを借りるぜ! 『モンスターリンク』! ――ミュア、MPリンク! そして、『従魔激励』! グレイ、『モンスターエンハンス・ストレングス』! ゼファー、ミュア、『モンスターエンハンス・インテリジェンス』! 一気に重ねがけだ!」


 モンスターリンクを使用することで俺とミュアのMPゲージは共有化することになる。これである程度は精霊術スキルも数が放てるだろう。


 更に従魔激励とモンスターエンハンスを重ねがけで、アーツに対するダメージ量を底上げしていく。

 グレイにはブラッディハウルベアの右足を集中して攻撃させ、ゼファーにはアーツの雷撃を使って攻撃、そしてミュアには霊弓術アーツを使って攻撃するよう指示をする。


「へへへー! 行くぞぉ! 『雷撃』!」

「グオオオン!〔おおお! 『ビーストラッシュ』!〕」

「行きます! 『ライトニングアロー』!」


 更に俺は再び宝風剣を展開し、ナサの隣で精霊術の発動の準備をする。


 先程確認したときにリリーの最大HPが減少していたが、どうやらナサはゼファーたちが戻ってくる直前くらいにブラッディハウルベアの攻撃が当たってしまってHPが全損し、蘇生待ち状態になってしまっていたらしい。それをリリーが『自己犠牲』によって蘇生させたという形になる。


 ……これも俺が離脱していた結果、無理に前線に立つ必要があったからなので、本当に申し訳ないと思う。


「いこう、リリー。『大地震撼アースレイジ』」

「お嬢様には今度こそ指一本触れさせませんからね! 『クイックエッジ』!」


 リリーはかなりHPが少なくなったにも関わらず、変わらず味方に対して盾を用いて庇ったり、攻撃を受け流したりしている。時には片手に構えた短剣をブラッディハウルベアに斬りつける形で攻撃をしている。


 現状、シールドバッシュなどで攻撃すると敵の攻撃をモロに受けることから減らしきれないダメージを受けることとなる為、盾使い系特有の戦法で攻撃する形となる。まぁ、普通に盾で受け流しつつのサブ武器での攻撃である。


「フィーネ! ちゃっちゃとやっちゃいなさい!」

『言われなくとも。おまかせをマスター。「アサルトバレット」』


 フィーネはリーサがMP回復手段を取得していることからガンガンスキルを使用している。適時、リーサによる『指揮』によって攻撃をやめたり、逆に攻撃したりと多種多様な動きを見せている。


 まぁ、スキルを使えば使うだけリーサが『魔力循環』で動かなかったり、メルカの店で購入したMP高回復薬を使ったりすることになるのだが。


「『スナイプシュート』――『クイックショット』」


 ケイルは相変わらず的確に自らの仕事をこなしている。本来は野伏弓士レンジャーアーチャーという斥候役なので弓士にも関わらず前衛向けのジョブなのだが、弓士本来の後衛の役割もちゃんとこなせるという姿を見せつけている。


 矢を番えるスピードもミュアのそれよりもかなり早いし、狙撃系のアビリティを多く習得しているのか、ミュアの【正射必中】と異なりどんな体勢からでも的確に狙い撃つことができている。


「さぁさぁさぁ! どうしたぁ!? すっかり鈍くなったじゃねぇか! 『クロススラッシュ』!!」


 レンは……言わずもがなといったところか。戦闘開始からそれなりに時間は経っていると思うが、ずっと避けながら攻撃をしている。一応行動ゲージの制限があるので、適時フィーネやリリー、グレイがカバーしているものの、それでもかなりの時間ヒットアンドアウェイで攻撃を続けている。


 【中級剣術】によって強化された剣術アーツのクロススラッシュ+は、更に双剣士のジョブアビリティにより強化されているので、一撃一撃がかなり重い。既に相手もボロボロなので余計にダメージを食らうこととなる。


「――あと少し! 『緑風の大弾丸ストーム・マグナム』! そして、『疾風の刃雷エレクトール・テンペスト』だ!」


 俺はミュアとMPを共有化したことで通常ではあまり連続で使うことのない精霊術を立て続けに放っていく。


 もう敵のHPゲージも残りわずか。動きもだんだんと鈍くなっていき、攻撃もこちらを狙ったものではなく、やがてかなり大ぶりになっていく。


 たまにこちらに当たりそうになるが、避けれることが多いし、避けれなくともリリー辺りがカバーしてくれている。


 そして、ケイルが放った矢が綺麗な軌道を経て、ブラッディハウルベアの眉間に突き刺さったかと思うと、その瞬間に巨体はピタリと動きが止み、そのまま崩れるかのように横へと倒れた。


 かなり呆気ない幕切れとなってしまったが、どうやら倒したようだ……。


〈戦闘終了。轟血熊の粗皮×4、轟血熊の爆血×2、轟血熊の御霊石、『ベアリング』、『轟血熊の戦斧』を入手しました〉

〈経験値を獲得しました。レベルが1上がりました。アビリティポイントとステータスポイントが付与されました〉

〈ジョブレベルが3上がりました。アビリティ【騎乗】、スキル『従魔召喚』を習得しました。【補正強化】がレベル3になりました。【連れ歩き数+】がレベル2になりました〉

〈ミュアの装備制限が一部解禁されました。新規アビリティ【覚醒】を習得。また習得可能アビリティに【不屈】【緊急離脱】【精密射撃】【鷹の目】【精霊弓術】【精霊召喚】が追加されました〉

〈習得可能アビリティに【フレンドリーファイア】【魔杖術】が追加されました〉


 まずは戦闘終了後に流れる通常通りのアナウンスが流れていく。パーソナルレベルは1しか上がらなかったが、ジョブレベルは思ったよりも結構上がった。やはり最初の従魔メインで違うといったのが良かったのかは分からない。これで念願の【騎乗】アビリティ獲得だ。


 習得可能アビリティ、中身はよく確認はしていないが、【フレンドリーファイア】は流石に習得はしないかな……。これ確実にミュアと戦闘したからだろうな。あと、【魔杖術】は【杖術】系の派生戦闘技能だろうか。一応、中級技能のようだ。


 あと、大きなものといえばミュアの装備制限が一部だが解禁されたこと、そしてアビリティが習得可能になったことだ。解禁されたのは腕と腰装備となる。アビリティに関しては習得可能になったものがかなりの種類になるが、まずは【不屈】と【緊急離脱】は覚えたほうがいいだろう。防御系が低めなミュアだと、いざというときに役立つ筈だ。


 後は【精霊弓術】と【精霊召喚】だが、どちらもエルフ族の種族アビリティである。前者は【霊弓術】の中級技能、後者は精霊と契約している状態で精霊を召喚できるようになるアビリティだ。……ミュア自体は精霊と契約はまだしていないのだが、契約したら使えるようになるのだろう。


 何はともあれ、これでミュアも更に強くなれるだろう。レベルも上がるようになったことだしな。




「……みんなー! おつかれー!」


 戦闘終了のアナウンス後、戦闘エリアが消滅して深緑の寝床はサザンカがいた安全地帯と一体になる。サザンカさんが遅いながらも駆けながらこちらへとやってくる。

 ブラッディハウルベアがいた場所の先に次のエリアへと向かう道がいつの間にか出来上がっており、その向こうに光が見える。あの先が第二エリアか。


〈第一エリアボス『ブラッディハウルベア』の討伐を確認。初討伐特典として、称号【始まりの越境者】とアビリティポイント5ポイントを討伐パーティーならびにチーム全員、また特殊使役キャラに付与しました〉

〈『第二エリア』への通行権を獲得しました。第二エリアへ移行後、パーソナルレベルのレベル上限が45へと拡張されます〉


 再度アナウンスが流れると、今度は全員にエリアボス討伐の証である称号が与えられるというものだった。これは次のエリアに行けることを示す証なので、戦闘に参加していないメンバーに対しても与えられることとなる。


 しかし、まさかミュアにも称号やボーナスが与えられるとは思わなかったな。特殊使役キャラは結構プレイヤーに近い扱いなのかもしれないな。ケイルには特にこのアナウンスは聞こえてなさそうだし。


 アビリティポイントの方は、いわゆるエリアボス討伐の特別ボーナスというやつで、以前初ジョブ習得で得られたボーナスアビリティポイントと大体同じものだと捉えていいだろう。因みにレベル30になったら第一上限レベル到達ボーナスでステータスポイントの方が5ポイントもらえるらしい。俺はあとちょっとだな。


 これらの特典は初討伐時にもらえるもので、仮に複数回エリアボスと戦うことになったとしても、再度貰えることはない。


 しかし、第二エリアでのカンストレベルは45なのか。これを意外と少ないと見るか、それとも妥当だと思うかどうか。上がりにくさを考慮すれば確かに妥当ではあるのかもしれない。


 まぁ、あのSランク冒険者のアドミスがレベル100なのだから、プレイヤーがそう簡単にそのレベルまで上がられても困るのだろう。とはいえ、来訪者プレイヤー現地人NPCのレベルの扱いは違うのかもしれない。ミュアの場合はパーソナルレベルではなくモンスターとしてのレベルだしな。


〈称号獲得数が10種類に到達しました。称号【名が売れ始めた来訪者】を獲得しました。また貴方が全プレイヤー中、最初の到達者となるので特別ボーナスとしてアビリティポイント5ポイントが与えられました〉


 また、続けて俺にだけであろうアナウンスが鳴り響く。どうやら称号獲得数による称号と、それに付随するボーナスが与えられたらしい。やはり俺が最初になったのか……。


 さっきの初討伐のアビリティポイントと合わせるとこれだけで10ポイントだ。まさか、さっきの【魔杖術】がこんなすぐに習得可能になるとは思わなかったな。


「どうした? 感動で頭が痛いのか?」

「いや、どういう状況だよレン。……えっと、なんか称号獲得数が10個になった特別ボーナスで、アビリティポイントをまた5ポイントも貰えたっぽい」

「は? マジかよそれ? つか、いつの間にそんなに称号持ってたんだよ。俺なんてまだ6個くらいしか獲得してないのに」


 レンが興味を持ってくれたので、取り敢えず習得した称号を説明していく。


 俺が獲得したものは【ジャイアントブレイカー】や【鉱山ダンジョン10階層踏破】などのように戦闘していればある程度容易に習得できるものから、精霊と初契約した際に得られた【精霊の守護者】や【精霊王の祝福】などの特別な称号もある。


 また、部位破壊や与えたダメージ量などの特殊条件を満たしたものも存在する。


「あ、お前やっぱり昨日ダンジョン行ってたのか……しかも10階層。くそう、やっぱり2日目にフライ・ハイの奴らと一緒に行った時に、家の用事があったからってフロアボス直前で抜けるんじゃなかったぜ。そしたら今頃5階層踏破だったのにな」

「いや、家の用事なら仕方ないだろ。おばさんにまた叱られるぞ。……まぁ俺の場合、シグねぇたちが居なかったら5階層辺りでヤバかったけどな」


 そう言うとミュアとゼファー、そしてグレイがコクリと頷いた。


 とはいえ、シグねぇたちと一緒に行ってなかったら普通にミュアはパーティー内に従魔として居たはずなので、そうであれば普通にモンスターリンクでミュアのMPと共有化してさえいれば、あの場面は何とかなっただろう。 それ以前にミュアに対して従魔士の効果やスキル等が入るので、もうちょっと安定して立ち回れた筈だ。


 やはり思い直すと、俺が居るのにNPCとして入ってもらう利点は無いな。やっぱり。


「へぇ……ってシグねぇ? お前、お姉さんとか居たっけ?」

「いや、俺が一人っ子なのはお前が一番知ってるだろ。従姉いとこだよ従姉。プレイヤーネームはシグだよ」

「あぁ、なるほど! ……って、名前がシグってことはもしかして――」

「もしかしなくても例の『大魔女』らしいよ。つか、お前にβテストのタイミングで伝えてたんだけど、やっぱり聞いてなかったんだな」

「いや、従姉がβテストをやるって言われても、そもそも名前を知らないんだから仕方ねぇだろ!」


 それもそうか。確かにプレイヤーネームまではその時には伝えてなかったもんな。


「ねぇ二人とも! いつまで話してるのよ! 置いてい くわよー!」


 そんな時、ふと第二エリアへと続く道の方からリーサの声が響く。見れば、いつの間にか他のメンバーやケイルが道の方に近付いて、境界らしい光の前に立っている。


 さっきまで隣に居たはずのゼファーたちもいつの間にか向こうにいる。ホントいつの間に行ったんだ?


 俺とレンは互いに顔を見合わせ、慌てて仲間たちの元へと駆けていくことになった。




 ――――――――――――――――

(9/11)昨日の時点でレンのジョブアビリティ【双剣術】を【双剣戦術】に変更し、アビリティレベルを設定しました。アビリティの効果は変わりませんが、アビリティレベルが上がるごとに強化されるようになります。

 今後、【双剣術】は中級技能アビリティの一つとして登場する予定です。

 今後、ジョブアビリティで特定の武器種を用いるものに関しては、技能アビリティとの区別をするために【○○戦術】として表記したいと思いますので、ご理解頂けると助かります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る