暴走するミュア
暴走状態……それは敵味方の判別がつかなくなって勝手に行動するようになり、また味方に対してダメージを与えられる『フレンドリーファイア』が解禁となってしまう状態異常だ。
どうやら暴走状態になるタイミングは発動時の一度きりではなく『アシュラモード』発動中のいずれかのタイミングだったようで、【暴走耐性】で完全に抑えきれることはできなかったようだ。
俺は暴走状態のミュアに対して真っ先に『一時離脱』を使用しようとしたのだが、ミュアに対しては『選択不可』と表示される。
どうやら暴走状態の相手には使えないということらしい。結構当てにはしていたのだが、そうなるとミュアが正気を取り戻すまで俺たちが相手をしなくてはならないということになる。
「なっ、ミュアのやつどうしちまったんだ!?」
「暴走状態だ。今のミュアはフレンドリーファイアが解禁されているから、絶対に攻撃を受けないようにしろよ!」
そう言って俺はゼファーとグレイと共に、ミュアがブラッディハウルベアへの最後の攻撃を行っている他の仲間に牙を向かないよう対峙する。
こちらからの攻撃は『フレンドリーファイア』が解禁されていないため、ミュアに対して攻撃してもヒットはすれどダメージは発生しない。しかし、向こうからの攻撃は普通にダメージを食らうようになってしまうため、気をつけないとスリップダメージでもあっという間にHPを削られてしまう可能性がある。
「状態異常か? だったら『クリアストーム』だ! ……って効いてないぞ!?」
ゼファーがクリアストームを発動したものの特に変化もなくミュアは真っ赤な瞳を光らせながらこちらに矢を放っていく。
暴走状態は状態異常回復では回復せず、時間経過でのみ回復する。だから厄介なのだ。
俺は矢を避けながら、宝風剣から阿修羅巨像の魔杖へと持ち替える。遠距離攻撃を得意とする武器に対して同じ土俵で戦う必要はないので、普通に接近戦で対処する。グレイも横に並んで戦ってくれるようだ。
「……………………」
ミュアは無言のまま次から次に矢を放っていく。暴走状態になったミュアが今のところアーツを使用していないことから、この状態ではスキルやアーツは使用できないのだろう。不幸中の幸いといったところか。
取り敢えず、俺とグレイは近くに寄って魔杖や爪を使って攻撃を振るう。幾らあちらにダメージが与えられないとはいえ、味方であるミュアに攻撃をするというのは精神的につらい。
出来ることならあちらが早く片をつけてくれることを願いたいのだが、チラリと見た感じではもうしばらくはかかりそうだ。まぁ、火力枠というか、普通にそれまでの戦闘員の半数近くが抜けてしまったのだから時間がかかっても仕方ないだろう。
まぁ、こればっかりはこの作戦を立案した俺の問題なので、俺が責任持ってミュアと戦う必要があるだろう。
いやはや、まさかエリアボス戦がミュアとの戦いになろうとは思わなかったな。
「行くぞミュア! 『横薙ぎ』!」
「ワファ!〔単爪斬!〕」
俺とグレイが接近戦を仕掛けるも、ミュアはサブ武器の霊堅弓に持ち替え、俺の『横薙ぎ』は横に避け、グレイの『単爪斬』に関しては弓の本体で受け止める。
流石は精霊樹の堅木材からできた弓、グレイの獣戦術アーツでもビクともしてない。ゼファーの精霊術は弓によって阻害されてしまう。
そのままミュアはこちらに向かって弓本体を振るって攻撃を繰り出す。弓の先端が矢じりのように尖っており、それが空を切る音が耳元を掠める。これもれっきとした弓を使った攻撃なので、精霊弓士のジョブ特性でINT値を参照した攻撃となっているようだ。
STRを参照するのなら、ミュアのSTR値が0なので怖くはなかったのだが……。
遠近両用できる武器は結構便利だと思うのだが、こうして対峙すると厄介この上ない。
とはいえ単純な軌道なので避けること自体は難しくない。しかし、ゼファーやグレイまでミュアの対処を行わせたが、却ってレンたちの足を引っ張る形になってないか?
向こうの方は今、レンとフィーネ、そしてケイルくらいしかまともなアタッカーはいない。となると、少しでも向こうの方に戦力をまとめたほうが良さそうだ。あっちが早く終われば、戦闘自体も終了するからな。
ミュアの暴走状態が長引いても、戦闘終了してしまえばそれまでだ。
一旦、ミュアから離れると放たれてくる矢を避けながらゼファーとグレイに命令を出す。
「……ゼファー、グレイ、呼び出しといて悪いが、お前らはブラッディハウルベアの方に向かってくれ。あっちを早く倒せれば、戦闘終了だ。……こっちは避ければ何とかなる、筈だ」
「相棒……あぁ、分かったぞ。行くぞ、グレイ!」
「アゥア!〔ご武運を!〕」
ゼファーとグレイをブラッディハウルベアの方に向かわせる。これであっちの攻略が早く進むこととなるだろう。
俺はミュアの弓による攻撃を避け続けていくが、やがて避けきれずにその弓本体を魔杖で受け止める形となる。
まさか、鍔迫り合いになると俺のほうが余裕で力負けする形となるとは思わなかったが。
ミュアのINTは普通に500はあるので、INT参照だと考えると圧倒的な差がある。……いや、こういう鍔迫り合いまでINT参照になるのは流石に理不尽だろ !
「くそっ、『
咄嗟に精霊術を使用することで強制的に鍔迫り合いを解消するものの、このままでは埒が明かない。
次の攻撃が来た際にも咄嗟に魔杖を構えてしまったが、今度は弓によって魔杖が吹き飛ばされる。別に武器剥がしのスキルやアーツは持っていないはずなのだが、単純に力量差で武器が持っていかれた。マジかよ……。
マズイ、流石にこの状態だと本当にヤバい! ゼファーたちに任せろと言ったのに、やっぱりダメだったじゃ笑い話にもならないぞ!
「くっ……! 止まれ、ミュア!!」
ミュアが弓を振りかざした瞬間、俺は咄嗟にミュアの名を叫んだが、その瞬間にミュアの動きが止まり、弓の切っ先は俺の眼前で静止することとなる。……いやホント、弓の切っ先ってなんだよ。
「……ユ、ユークさん、すいません……」
息絶え絶えといった様子で声を漏らすミュア。どうやら暴走状態が時間経過によって終了したようだ。
この状態異常、βテスト時ではプレイヤーの意識に関係なくアバターが勝手に動作するという仕様だったので普通にプレイヤーの意識はそのままだったらしいのだが、ミュアの場合は怒りが内から膨れ上がるように飛び出して来たことから意識が途切れていたらしい。
自身が暴走しているという意識はあるのだが、こうして冷静になるまでははっきりと知覚できなかったようだ。
暴走していたとはいえ、自ら契約している主人に対して攻撃をしたのだから、罪悪感は凄まじいだろう。だが、それについては俺も同様だ。
「いや、俺の方こそスマン。もうちょっと考えてから使わせるべきだったかもしれん」
「……あのときはあれを使うしかなかったんですし、それを御せなかった私が……」
「いや、判断を軽率にした俺が……」
そう言い合っていると次第に互いに自分が悪いと言っているのがバカらしく感じてしまったのか、俺もミュアも変に笑い声を上げてしまう。いや、笑ってる場合じゃねぇ。
取り敢えず互いに謝りはしたので、後は仲間たちにも謝らないとな。戦線離脱とかなりの迷惑をかけてしまった。取り敢えず、レンに報告しなくては……。
俺は飛んでいった魔杖を拾ってから、レンにフレンドチャットで詫びるも、さっさと戻ってこいと喝を飛ばされることとなった。……よし、早いとこ戻りましょう。
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