切札は『アシュラモード』

 激昂個体のブラッディハウルベアとの戦闘が開始してしばらく経つ。


 ナサによる風化により耐久系のステータスが激減したブラッディハウルベアに総攻撃をかけて、HPを半分まで削ったことで行動変化が発生し、スタン咆哮が俺たちを襲ったが何とか耐えきることができ、そして再びパーティーは一つの隊形へと戻ることができた。


 ここからはリリーがパーティー全体の守りとなり、またレンとフィーネ、グレイはその速さを活用してヒットアンドアウェイの先方で攻撃を行う。


 俺とゼファーは精霊術、ナサは魔術スキルの『ボール』やヘルメススキルの『大地震撼』、そしてミュアとケイルは弓術系のアーツで敵を遠くから攻撃する。流石にリーサ本体は攻撃しようがないのでフィーネが戦闘人形スキルを存分に使えるよう『魔力循環』を繰り返している。


 そんなこんなで少しずつではあるが敵にダメージを与えているものの、その削りは風化をかける以前よりも悪い。やはり行動変化と同時にステータスの方も変化したようだ。


 リリーが盾を構えながらナサが再度『風化』を使用したものの、耐性がついたのか単純に失敗したのか、風はブラッディハウルベアの腕の一振りでかき消されることとなった。


 耐久系のステータスを下げることはできないため地道に削るしかないが、現状ではなかなか厳しい状態となっている。


「くそっ、マジでジリ貧だな……確かに時間をかければ倒せるかもしれないけど、下手すりゃ強制ログアウトの可能性もあるんじゃないのか?」

「……? まだ1時間も経ってないよ?」

「え? あ、ホントだ……」


 ナサの言う通り、攻略開始からまだ1時間も経過していない。体感ではかなりの時間を費やした気もするのだが、それはやはり全力で動き回ったりしていたからなのだろうか。


 因みに強制ログアウトはダイブコネクトの仕様により、ゲーム機を起動してダイブ開始した時点から8時間経過し、そこから更に数分後に強制的に行われる形となっている。その前に一応アラートで知らされるようにはなっているし、だいたいの自分のログイン時間はメニューや表示で分かるようになっている。それは戦闘中も確認できる。


 なお強制ログアウトの場合は、フィールドエリアでログアウトした場合のようにアバターがそのまま残るだけでなく、3時間のダイブコネクトの起動制限が発生するペナルティがあるので、率先してやろうとするやつはまずいないだろう。健康第一ってね。


 ……まぁ、強制ログアウトギリギリでログアウトして、少し休憩してからまたプレイするという一連の流れができてしまう時点で、健康とはどこへ行ったのかという疑問は浮かぶのだが……。


 俺は緊急招集や精霊術で大きく消耗したMPを『瞑想(杖)』で回復しつつ、次の一手を考える。


 現状、ブラッディハウルベアに大打撃を与えられそうな大技は、各人が持つ必殺系アーツやフィーネの『チェストバスター』、そして俺やゼファーが放てる『緑精の大旋風テンペスト・ゼファー』があるが、何れも使用から発動までに時間が必要という点で、前衛ではスタンか何かしらで動きを止めないと使うことはできないし、何より狙われる可能性が高いので危険だ。


 フィーネの場合、その技の発動で耐久値を大きく減らすらしいので、下手すれば最後となってしまいかねない。まだ耐久値的には問題なさそうだが、そういうのはあまり精神的によろしくない。


 また遠距離系の技だとしても、やはり相手が動く以上は正確に狙うことは難しいだろう。


 初動が少しだけ遅い『緑精の大旋風テンペスト・ゼファー』はある程度AGIがある相手なら、距離が離れていれば余裕で回避することができる。


 ケイルが遺跡で見せてくれた【狙撃術】の必殺系アーツも溜めに時間はかかるし、狙いはピンポイントなので当たる前に避けられれば終わりだ。


 ケイルが【弓術】の必殺系アーツを覚えているかどうかは知らないから、遠距離系だと後はミュアが覚えている【霊弓術】と【曲射術】の必殺系アーツになるか。


 ……そういえば、確かミュアが習得していた【霊弓術】の必殺系アーツは、確か範囲系の技だったと本人が言っていた気がする。それならば、おそらく多少敵が動いていたとしても命中精度的には問題ないのではないだろうか。


「……だとすると万全を期すために、を使うしかないか」


 俺はそう呟くと、一旦後ろに下がってミュアの方へと向かう。ミュアは俺が来たことで弓を放つ手を一旦止める。


 そして俺はミュアにその作戦を伝えると、少しだけ表情が曇るものの、「勝利のためなら」と頷いてくれた。


「……ユーク、何をするつもりだ?」

「ミュアに『アシュラモード』を使わせて『メテオショット』を撃たせる」

「メテオショットは分かるが、アシュラモード……? あぁ、さっき言ってた『阿修羅の面』の装備スキルか。……いや、待て。ミュアを暴走させるつもりか!?」


 隣で弓を放ち続けていたケイルに問われたので、何をしようとしていたのかを説明する。


 そう、装備を変更する際に一緒に渡していた『阿修羅の面』。そのアクセサリーに付与されていたスキル『アシュラモード』には使用者に『暴走状態』を付与し、30秒間使用者のSTRとINTを3倍にしてVITとMINを0にする効果がある。


 このスキルの効果を利用し、ミュアの持つ霊弓術アーツ『メテオショット』の威力を3倍にする。


 暴走状態と防御系のステータスが0になるという懸念点があるものの、現状これくらいしか行動変化で硬くなったブラッディハウルベアに大打撃を与えられる気がしない。


「ケイル、お前が持ってきてくれたアクセサリーに賭けるぜ俺は」

「……確かにオヤジが用意した装備には暴走耐性のものはあったが、それで抑えきれるのか? 確実じゃないんだろう?」

「まぁ、俺はミュアのことは信じてるからな。……それにミュアがアシュラモードを使うときは、俺が側にいて、他のみんなのところには行かせないようにするつもりだ」

「まぁ、同士討ちだけ阻止できれば問題はないんだがな……」


 まぁ、その際にどうミュアを止めるかはまだ考え中だ。取り敢えず、その時は従魔士のジョブスキルである『一時離脱』が使えるかどうかを試す必要があるな。


 これは本来、連れ歩き数の制限によって待機している従魔がいる場合、その控えの従魔を呼び出す『従魔召喚』を使用する前にこちらの連れ歩いている従魔を送還する為に用いるスキルなのだが、βテストの際にガタゴロウさんが従魔のHPが危険な時にその従魔が倒されないようにするために使っていたことから、外部からはそういう使い方だと思われている。俺も最初はそういうものだと思っていたので、習得時にスキル説明を見て驚いた。


 因みに従魔はHPが0になったあと、蘇生可能時間を過ぎた場合はプレイヤーと同様に噴水広場やプレイヤーハウスなどの、指定したリスポーン地点に死に戻る形となるので、実際は使う必要がないのだが、我が子可愛さというものがあるのだろうか。結構このスキルを使うプレイヤーは多いらしい(とはいえ、まだジョブレベル15に到達していない従魔士も多いようだが)。


 まぁ、あとはモンスターによっては倒されると好感度などの信頼値が下がってしまう場合があり、極端に下がると命令を聞かなかったり逃げ出してしまうこともあるらしいので、その点で言えばその使い方も間違いではないのだろう。


 まぁ、あくまで極端にだから、ずっと負け越さない限りは大丈夫だとは思う。例えば従魔を盾扱いみたいにするプレイヤーとかが当てはまりそうな話ではあるな。……居るかどうかは知らないが。


 この場合、『一時離脱』でミュアを離脱させるとまだ『従魔召喚』を覚えていないので、再度この戦闘に呼び出すということはできない。まぁ、そもそも暴走状態のミュアに対して『一時離脱』自体が使用可能かどうかも、使ってみないと分からないのだが。


 因みにその『従魔召喚』の習得レベルはβテストから変更されていなければ、ジョブレベル19の筈なので、少しだけ足りなかったという形になる。


 これはミュアにも伝えたのだが、理想なのは【暴走耐性】で耐えきってくれることなのだ。もしそれでも暴走してしまった場合は、被害が広がらないためにも、いの一番にこのスキルを試してみることになるだろう。……いやホント、使えるといいな。


 流石に前衛のいる場所に伝えにいくことは難しいので、再度フレンドチャットを使ってレンにこの作戦とも呼べないような賭けを説明する。


 レンはフレンドチャットを使いながらも、普通に敵の攻撃を避けながら戦闘をしていた。普通に凄いなオイ。

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