激昂する轟血熊

「ミュア、今から右方向へブラッディハウルベアをレンたちに誘導してもらうから、45秒後に『ライトニングアロー』を放ってくれ。ゼファーも『雷撃』をミュアがアーツを使用するのと同時に打つ準備をしてくれ。――『従魔激励』『モンスターエンハンス・インテリジェンス』」

「分かりました!」

「よく分かんないけど、わかったぞ!」


 俺はレンとフレンドチャットを繋げた状態でミュアたちに指示をしたため、レンはその話を聞きながらその方向に向けてブラッディハウルベアを誘導してくれるだろう。


〔聞こえただろう、グレイ。お前にも誘導を任せるからな〕

〔お任せを!〕


 グレイにもテレパスを通じて命令を与える。戦闘フィールド内なら少し離れていても聞こえるのでとてもありがたい機能だ。


 今まで、ミュアたちが放ったアーツは着弾するまでの間に相手から気付かれ、特に耐久系のステータスが高いであろう腕の毛皮によって弾き飛ばされることが多かったが、誘導されて移動したタイミングに目の前に来ていたのならば、咄嗟に対処するのは難しいだろう。


 そして、低確率だがスタン効果が入るライトニングアローと雷撃によって、少しでも動きが止められれば御の字、そうでなくても『従魔激励』と『モンスターエンハンス』で強化されたアーツを防御もせずに受ければそれなりに仰け反りはするだろう。そうすればナサが『風化』を使用する時間くらいは稼げるはずだ。


 次はナサたちに連絡だな。……いや、ここはリリーのほうがいいかもしれない。リリーにフレンドチャットを繋げよう。


「聞こえるか、リリー? 今から30秒もしないうちに、そっちから見て左の方角にあいつを呼び寄せて、アーツを集中撃ちするからその隙に近付いてくれ。リリーの【静音】があれば、音で気づかれることはないだろうから、ナサの誘導を頼むぞ」

『はい! 分かりました! 必ずお嬢様をお連れします!!』


 リリーの持つ【静音】の効果アビリティは姿を消すわけではないが、行動中でも物音が立ちにくいという効果があるため、物音に反応して攻撃する敵に近づきやすくなる。これも戦闘外であればオンオフの切り替えが可能となる常時発動型のアビリティとなる。


 そして最初に指示してから45秒後、ミュアとゼファーがアーツを使用するが、レンとグレイがちょうどいいタイミングで誘導してくれたお陰で目指していたポイントにブラッディハウルベアがジャストで辿り着いた。相手は攻撃に気付いて慌てて避けようとしたが、ライトニングアローと雷撃はそのまま命中する。


 流石にスタン効果は入らなかったみたいだが、それなりの威力の攻撃に思わず動きを止めるブラッディハウルベア。


 その背後にリリーと共に待ち構えていたナサは、その瞬間だけ盾を構えていたリリーよりも前に出る形で魔本を構える。


「――『風化ウェザリング』」


 ナサがヘルメススキルを発動すると、魔本の前から黄色い光を纏った風の渦が発生し、そのまま対象となるブラッディハウルベアを包み込むように広がっていく。


「グガアアアアアア!?」


 突然広がった風に慌てて腕を振り回したりして振り払おうとするブラッディハウルベア。あやうくその動きによってナサが攻撃されるところだったが、咄嗟にリリーが前に飛び出たことでダメージはかなり軽減される。とはいえ、二人は後方へと吹き飛ばされてしまった。


 幸いにも『サーバントガードナー』の効果でダメージはあまりなく、その上飛ばされた方向はリーサがいた場所であった為、彼女が慌てて回復に向かっていたので大きな問題はないだろう。良かった。


 その後、風が止んで現れたブラッディハウルベアは、毛皮が侵食されたかのようにボロボロになっている。見た目としてはちゃんと『風化』の効果は入っているようだが、実際のステータスはどうなっているだろう。


 ブラッディハウルベアの頭上に浮かぶステータス変化の状態はVIT値とMIN値が激減していることを示している。想定以上に減らすことが出来たようだ。


「よし、今だみんな! 総攻撃!」


 ダメージが通りやすくなれば、後は防がれようともダメージが入っていくことだろう。効果時間は、強敵や大型の敵であればあるほど自己修復力が高い設定なのか、短くなっている。なので高火力の攻撃をなるべく早く、多く与える必要がある。


 ミュアやゼファーもアーツやスキルを利用することで攻撃を開始する。俺も魔杖から宝風剣に持ち替えて精霊術スキルの使用を選択する。


 レンやフィーネ、グレイやケイルもアーツやスキルを繰り返し、ブラッディハウルベアに対して連続で攻撃を繰り返している。リリーとナサはダメージの回復と距離的に攻撃に向かえないので一旦休憩中だ。リーサはフィーネの戦闘人形スキルで消費するMPを『魔力循環』を用いることで回復している。


 こうして、さっきまでの苦戦が何だったのかという勢いで、ブラッディハウルベアのHPを削っていき、そのHPが半分に差し掛かろうとしていた。


 アンコモントカゲやアシュラゴーレムのように半分時に行動変化が起きる場合があるので、全員に奥へ引けるよう指示を出す。


 そしてHPが半分になった瞬間、ブラッディハウルベアの様子が変わる。


「気をつけろ! 半分時行動の『激昂』が来るぞ! スタンに気をつけろ!」


 レンが叫ぶので俺はリリーの方に視線を送ると、既にその声で何かが来ることを理解したのか、盾を構えて『サーバントガードナー』と『シールドエリア』を発動していた。


 こっちではゼファーが彼自身が持つ回復術のスキルの一つである『ガードストーム』を使用する。これは周囲にいるパーティーメンバーに対して、状態異常に対する耐性を少し引き上げてくれるという効果を持つスキルだ。先のアシュラゴーレム戦でゼファーがレベル25に到達したときに新たに習得していた。


 因みにゼファーは、そのレベルアップ時に新たな精霊術も習得しているのだが、こちらは『ウォール』と同様の防御スキルとなっており、風属性のシールドを目の前に展開するらしい。まだ使っていないので分からないが、属性攻撃と魔術などの術式攻撃に特化した性能らしいので、少なくともブラッディハウルベア戦では使う機会はなさそうだ。


 ガードストームの効果は位置的に俺とゼファー、そしてミュアにかかることとなった。


「グガオオオオオオオオオオ!!」


 まるで怒り狂ったかのように吠え叫ぶブラッディハウルベア。これがレンが言った『激昂』ということだろうか。


 どうやら通常個体が戦闘開始直後に発動する確定スタンの咆哮を行動変化のタイミングで用いたようだが、流石にスタンは確定ではなくなったようで、俺とミュア、そしてゼファーは先のガードストームのお陰か、スタン状態にならずに耐えることができた。


 しかし、他のメンバーはリーサ以外はスタン状態となっている。リーサの場合はフィーネが変わりに動けない状態となっているようだ。あくまで戦闘人形は武器扱いなのでスタン状態にはならないものと思っていたが、近い状態にはなるようだ。


 なお、このスタン状態は一定時間の行動が制限されるだけでなく、その状態で敵から攻撃を受けた際のダメージ量が1.5倍になるという効果を持つ。その一撃でスタン状態は解除されるものの、防御もできない状態で1.5倍ダメージはかなりの痛手を負うこととなる。VITを上げているリリーでもかなりの大ダメージを負うこととなるだろう。


 ここで俺ができることは……。


「リーサ、『クリアオール』だ! ゼファーはレンたちに『クリアストーム』を頼む!」


 リーサに向かって叫びながら、俺は宝風剣を持ってブラッディハウルベアに向かっていく。流石に今のナサやリリーが狙われて攻撃されれば、HPが全損しかねない。ならば、俺がヘイトを稼いでそちらに向かないようにしないといけない。


 ミュアもそんな俺の考えが理解できたのか、単にテレパスで伝わったのか、着いてきてくれている。ゼファーは指示通り前線で戦っていたレンたちの回復に向かう。


 リーサも『クリアオール』を利用する。これはパーティー全体、あるいは周囲のメンバーに対して状態異常回復の効果を持つ回復術スキルだ。ここまで広いと流石にパーティー全体には効果は行き渡らないが、少なくともナサやリーサ、そしてケイルはスタン状態から脱することができたようだ。


 俺は精霊術スキルの一つである『天嵐の息吹ブレース・テンペスト』を使い、ブラッディハウルベアの意識をこちらに向かわせる。少なくともこれでゼファーが『クリアストーム』を使う余裕はできただろう。『クリアストーム』も『クリアオール』と同じ範囲系の状態異常回復スキルだが、効果範囲はクリアストームの方が狭く、また敵も対象になるので使い所は気をつけないといけない。


 ミュアの射撃により、ブラッディハウルベアの攻撃行動は阻害されるものの、その距離は段々と近づきつつある。


 流石に凌ぎきれなくなりそうなタイミングで、ブラッディハウルベアの背後で何らかの爆発が発生する。どうやらフィーネが戦闘人形スキルを使用したようだ。


 レンもグレイも復活しているので、何とか間に合ったようだ。既に全員揃っている。俺はミュアに『幻影』の使用を命令し、俺自身も『姿隠し』を利用してブラッディハウルベアに気付かれないようにみんなと合流した。意外と気付かれないもんなんだな……。


 戦闘開始直後に吹き飛ばされてからようやく全員が一堂に会する。よし、仕切り直しだ!

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