深緑の寝床にて

 第一エリアのエリアボスであるブラッディハウルベアはその名の通り熊である。それも超巨大な荒熊だ。普段はその戦闘エリアである『深緑の寝床』で眠りについているが、戦闘が始まると凄まじい咆哮を上げることとなる。


 その咆哮はスタン耐性があったとしても確定スタンになるらしく、その強烈すぎる咆哮と全身に血走ったかのように赤い毛が混じっていることから、ブラッディハウルベアと呼ばれるようになった……というのがケイルによるブラッディハウルベアの説明となる。


 まぁエリアボスというだけあってその戦闘能力は今までの敵よりもかなり強い……筈だったのだが、実際には弱体化によりパーソナルレベル26程度のプレイヤーが4人以上いれば、かなりの長期戦にはなるだろうが何とか勝てる程度にはなったらしい。


 因みに『深緑の寝床』は安全地帯も含めて、プレイヤーやパーティー毎に別エリア扱いとなっている。キャリーにしろ普通に突破するにしろ、前のパーティーの戦闘が終わるまで待たなければならないということになれば、この辺りは順番待ちのプレイヤーだらけとなってしまう。


 先に『深緑の寝床』に入ってから、次のプレイヤーたちが入れるようになるのに約5秒ほどのラグはあるが、基本的に待つこともなくスムーズに突入することができる。そして後ろから急かされることもないので、倒されない限りは幾らでも時間をかけて戦うことが可能となる。


 こうなると、レベル32のアシュラゴーレムとどちらが強いのかという疑問が浮かぶが、ぶっちゃけあのアシュラゴーレムはシグねぇの多重詠唱による魔術スキルが無ければかなりの長期戦になっていた可能性があるので、どっこいどっこいであるというのが正しいのかもしれない。まぁ、レベル弱体化まではブラッディハウルベアの方が圧倒的に強かったのは間違いないが。


 取り敢えず、こいつの場合は物理攻撃も魔術などの術式攻撃も耐性を持っているらしいので、生半可な攻撃ではダメージを与えることすらできないらしい。


 そうなってくると、重要になるのはどれだけダメージを受けずにいられるか、ということになるな。


「……さて、準備はいいか?」


 俺たちは『深緑の寝床』内の安全地帯でMPなどを回復させ待機するメンバーに話しかける。サザンカさんは予定通り、ここの安全地帯の奥の方で待機している。今回は見学となるため、離れた場所で応援してもらうこととなる。もしうっかり俺たちに近づきすぎると、戦闘エリア内に巻き込まれる可能性があるのでそれなりに離れてもらっている。


 隊形だが、レンとフィーネ、そしてグレイには積極的に攻撃をかけてもらう。


 リリーは盾術スキル等で全員の守りを固めてもらって、中衛で俺とゼファーにナサが精霊術スキルやヘルメススキルで攻撃、後衛のミュアとケイルが弓術アーツで攻撃という形になる。


 リーサは基本的には中衛か後衛の位置に居て、適時回復術のスキルを使用してもらう感じだ。まぁ安全なのは後衛だろう。大技でも余裕を持って避けることができるからな。


「ん。大丈夫。【簡易修復】も覚えた」


 ナサは早速レンから貰った耐久値回復アイテムを使用している。実は森林エリアに入る前、俺が見てないところでリリーとヘルメススキルの性能の確認をするために既に数発使っていたらしい。


 確かに自分のスキルがどういうものなのか確認するのは大事だが、そういうのはみんなが見てる前でやって、共有してほしいと思う。取り敢えず武器が壊れなくてよかったよ。とはいえこれでちょうど【簡易修復】も習得可能となったようなので早速習得してもらった。これでエリアボス中でも少しは安心できるだろう。


 そんなナサだが、ヘルメススキルの射程的に後衛だと厳しいようで、なおかつリリーが咄嗟に庇うときに離れすぎると『貴方の元へ』の消費MPが跳ね上がってしまうので、中衛地点に留まってもらう。


 彼女が覚えている魔術スキルにしても、簡単な攻撃用の『ボール』と防御用の『ウォール』しかないので尚の事だ。新たに習得した『ウォール』の魔術スキルに関しては、属性攻撃からの防御に特化しており、無属性では物理攻撃にも術式攻撃にも弱いというかなり中途半端な性能となっている。


 ぶっちゃけ【魔術】関連に関しては属性付与ありきなので、使い続けるのならばいずれ何らかの属性付与を習得してもいいのかもしれないな。その分、消費MPは跳ね上がるが。


「俺も問題ないな。こいつも調子良さそうだしな」


 レンは既にエレメントモノクロームを展開しており、戦闘準備を済ませている。先程はどういう性能なのか見ることができなかったので、今回はちゃんと見させてもらうことにしよう。


 因みにレンはこのエレメントモノクロームをメインではなくサブ武器に登録しているらしい。何故なら、剣カテゴリー2本を同時装備できて、双剣扱いにできるのがメイン装備時に限られるからだ。現状は剣を2つ装備できたほうがステータス上昇量は高い。サブ武器なので最初から展開している形となる。


「こっちもさっきのアクセサリーを装備完了したから問題ないわ」

『これで私の活動時間がほぼ無制限となりました』


 リーサは先程の戦闘でミラージュカメレオのレアドロップで入手できるアクセサリー『幻避役のマナドロップ』を獲得したようで、それを装備している。なお、ボス戦突入前の安全地帯では最後の装備変更が可能となっている。


 その『幻避役のマナドロップ』だがMPを50増やす効果の他に、【魔素吸収】の効果アビリティがついている。これはレンの持つ【自動回復】のMP版であり、毎秒総MPの0.1%が回復するというものだ。リーサは既に同じ系統の【魔力循環】を持つが、こちらはアーツ発動中に回復効果を発揮するというものとなる。基本的にリーサは指揮以外は手持ち無沙汰となるので、戦闘中はこのアーツをよく利用している。なので実際には長期戦が可能だったりする。


 因みに【魔力操作】でフィーネの通常稼働の消費MPは減っているが、このアビリティによってその消費量よりも回復量の方が多くなった。つまり、フィーネは戦闘人形スキルを使用せずに戦う分には無制限に活動可能となった。いやはや末恐ろしい話である。


「うぅ〜……。やっぱりいい感じのアクセサリーは無さそうです……」

「仕方ないから、またメイド服に戻りましょうリリー?」


 なお、リリーは流石にエリアボス戦に武装装飾を装備したままは厳しいと判断したのか、別のアクセサリーを装備しようとしていたのだが、どうやら良さげなアクセサリーが見つからなさそうだ。銀鎧装備姿のリリーを初めて見たが、確かにこれは無骨すぎて小柄な彼女にはあまり似合ってなさそうだ。そんなリリーの姿を見てサザンカさんが遠くで何やら呟いてる姿が見えるのだが、何を行っているのだろうか……。流石に遠すぎて言っている言葉は聞こえなかった。


 まぁ、元からちゃんと装備も組んでいるので今更ステータスが10や20増えたところで大した問題でもないだろうということで、リリーが再び武装装飾を身に着けることとなった。やけにリーサが元に戻るのを促していたが、そういえばこいつメイド服とか好きだったな……。


「全く、騒がしい奴らだ。ほんとに休めてるのか?」

「まぁ、私達は皆さんのようにシステム? ……を弄るみたいなことはできませんからね」

「おいらたちは一休みして準備万端だぞ!」

「ガウッ!〔いつでもいけます主殿!〕」


 ミュアやケイルに関しては特に装備変更などをすることもなく、ただ普通に休憩している。まぁ休めるときに休むという形だろうか。彼らはこちら側の世界の存在なので、空き時間の使い方が結構違ったりする。まぁ、設定を弄ったりすることがないので当然と言えば当然のことなのだが。


 ゼファーもグレイも一休みして元気いっぱいという感じだろうか。元気があることはいいことだ。


「よし、みんな大丈夫そうだな」


 これから俺たちは次のエリアに行くための最後の関門に挑戦することになる。まぁ、駄目なら再挑戦すりゃいいだけの話なのだが、正直負ける気はしない。


 ケイルのレベルがどれくらいなのか本人が教えてくれない為に知らないが、ほぼ間違いなくレベル30にはなっているだろう。カンストレベルが3人にユニークジョブがふたりとなると、かなりの戦力にはなるからな。


「さぁ、行こうか。ブラッディハウルベア戦に――!」


 俺たちは戦闘開始エリアに足を踏み入れる。その先には血走ったような毛皮を持つ巨大な荒熊の姿があった。

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