メルカの良品店


 俺たちは、シグねぇに紹介された生産職プレイヤーがやっている店舗があるであろう北門付近の通りに向かう。


 確かにこの周囲にはNPCの店らしいものはちらほらとしか見かけず、なおかつ冒険で用いるような武器や防具、アクセサリーなどの装備品や回復アイテムなどの消耗品を売っているというわけではなく、おそらくこの世界での雑貨品などを売っているような店が僅かなうちの大半を占めている。雑貨品といえど、料理を飾るための皿や器などといった食器から楽器のようなものまで多種多様となっている。


 仮に料理人クッカー辺りのジョブでなくても、こういう雑貨品に興味があれば結構楽しめるかもしれない。あ、錬金釜とか売ってる。


 因みにプレイヤーハウスの方は案の定あまり借り手や買い手は居ないようだ。空き家が多い。


「さて、案内通りならこの辺りのはずなんだが……」

「ユークさん、あちらの方じゃないですか? シグがいますよ」


 ミュアが俺が向いていた方向とは真逆の方を向いて指差すので、その方向を見ると確かにシグねぇの姿があった。


 ……が、それと同時にサザンカさんとユーリカの姿もあった。どういうことだ? 因みにユーリカが契約しているはずのエコーの姿はない。


 俺は取り敢えずシグねぇたちがいる方向へと走っていく。そして店に到着したが、そこは他のNPCの店と同じ作りの店舗だが、そのプレイヤーの趣味か元のオーナーの趣味か分からないもののかなり多くの植物が飾ってあった。


 頭上の看板には『メルカの良品店』と書かれていることから、この店のオーナーである生産職プレイヤーはメルカという名前のようだ。


 そして俺の来訪に気付いたシグねぇが手を振る。


「おはよう、ユーくん。結構早かったわね」

「あら、ユークじゃない。1日ぶりね。……なんか、またモンスター増えてない? ていうか、シルバーアッシュウルフじゃない!」

「あ、ユークくん。おはよう。ここで会うなんて奇遇だね」


 三者三様の挨拶をかけてくる。相変わらずユーリカは騒がしいなぁ。


 シグねぇはともかく、なんでユーリカとサザンカさんの二人がいるのかと思えば、どうやらこの店のオーナーであるメルカこそが、ユーリカが言っていたリアルの知り合いである調薬士ケミカルブレンダーのプレイヤーなのだとか。


 サザンカさんは、サイモンさんのところでユーリカと仲良くなっていた為に、たまたま店に一緒に来ていたのだとか。そこでシグねぇと鉢合わせという形である。


 因みにメルカはシグねぇたちのチームである暁の戦姫のうち昨日来れなかったメンバーの一人なのだとか。


 で、その肝心のメルカなのだが、まだ現れていない。店の扉は開いておらず、中に誰もいないことは確かなようだ。


「ごめんねぇ、そろそろ来るとは思うんだけど」

「まぁ、あの子いつもマイペースだから、仕方ないわよ。……でも、まさかあの大魔女のチームにあの子が入ってるとはねぇ……」


 ユーリカはシグねぇの方をジトっと睨んでから呟く。シグねぇは困ったように苦笑いを浮かべている。


 あぁ、俺がユーリカたちに初めて会ったときに言ってた『大魔女』ってシグねぇのことだったのか。まぁ、確かにあんな感じでボンボン高火力のスキルを連発してたらそんな風に呼ばれてもおかしくないよな。なんたって、その当時のプレイヤー最強(ただしあくまでイベント参加者の中で、だが)だからなぁ……。


「そういえばユーク。あんた、シグとだいぶ親しそうだったけど、もしかしてリアルでの知り合いとか?」

「あぁ、うん。一応ね」

「そうそう! 私とユーくんはいとこ同士なのよ!」


 あ、俺がわざわざぼかしたのにシグねぇがあっさりとバラしてしまった。


 まぁ、別にリアルでどういう繋がりなのかっていうのはそこまで問題にはならないだろう。まぁ、それが恋人とかだとチームやパーティーに確執が生まれそうなので、問題ありだが。


「へぇ? ……あんたさ、レンにシグとリアルの知り合いにβテスターが多くない?」

「俺も思ってるよ。100分の2って、結構な割合だよな」


 その上、最大1500人程度の現行プレイヤーのうちにリアルの知り合いもレン・リーサ・ナサ・シグねぇ・ハル・ユキと、かなり多い。


 とはいえ、シグねぇたち三姉妹の場合は親のコネの可能性があるので何とも言えない。少なくとも双子は確定だ。


 その後、しばらく話している間に、またもやサザンカさんが口を滑らせる。今度は話の最中に大学の学部の名前を喋ってしまった。そこから自身の大学に同じ学部があることをシグねぇが気付き、ふたりはめでたく同じ大学だということを知ってしまったので、そこからは二人でワイワイ話をしている。学部は違うが、キャンパス自体は同じらしい。今度リアルで会おうとか話をしている。


 おかげで俺とユーリカは置いてけぼり状態となっている。


「……別に、ここでリアルのことを話すなとは言わないけど、私みたいに話についていけないやつもいるってことを知ってほしいわ。これだから東京もんは……」


 ユーリカがブツブツと呟くが、どうやら彼女は東京からはかなり遠い場所に住んでいるようだ。……うん、あまりこの部分には触れないようにしよう。


 因みにエコーだが、昨日ユーリカが契約できて嬉しかったのか、はしゃいで色々な場所に連れ回してしまったら、朝から姿を見せなくなってしまったらしい。とはいえ契約自体はそのままなので、しばらく経てば顔を出してくれると信じているようだ。まぁ、こういうのは信頼関係が大事だからな。きっと帰ってくるよ。きっとね……。


 そんなこんなで、10分ほど経ったところで店舗の中に明かりが灯り、中から女性プレイヤーが飛び出してくる。見た目は可愛らしいフリルがついたドレスがよく似合う、茶髪のセミロングで、顔は眠いわけではないのだろうが少し目尻の下がったとろんとした顔つきの可愛らしい少女だった。


「ご、ごめんなさい〜! お茶してたら遅れちゃった〜!」

「遅い! だからゲーム直前にお茶するなって言ったでしょ!」

「ごめ~ん! って、なんでそんなに怒ってるのユーリカちゃん?」


 のんびりふわふわした雰囲気というのがよく似合う女性プレイヤー、メルカは先程のイライラがまだ残っていたらしいユーリカに怒涛の勢いで怒られていた。可哀想。


「え〜っと、そこの人がシグさんの弟さん?」

「いや、従弟いとこだな。俺はユークだ。よろしく」

「えへへ~、私はメルカだよ〜。よろしくねぇ〜」


 挨拶を交わした俺たちは、早速中で彼女が作ったアイテムを見せてもらうことになった。


 メルカに続いて店に入ろうとしたら、ふと彼女が振り返る。


「ようこそぉ〜、メルカの良品店へ〜! にひひひ、こういうの一度やりたかったの〜」


 両手をばっと広げて、にへら笑いのまま自分の店を紹介するメルカ。どうもこの店を始めたはいいが立地が悪く、来るのは顔なじみのプレイヤーばかりでそういうのをやることができなかったらしい。


 シグねぇやユーリカの紹介とはいえ、俺やサザンカさんみたいに知らないプレイヤーが来るというのは実は初めてだったらしい。どうやら知る人ぞ知る、というよりは知る人しか知らない店だったようだ。


 そんな店の中には、NPCの店売りやそこら辺の生産プレイヤーが売っていた回復アイテムとは比べ物にならないランクや効果の高いアイテムが多数置いてある。まぁその分値段も高くはなっているが、ランクやその効果からすればだいぶ安いだろう。


 普通のHP回復薬やMP回復薬もかなり質がいいのか、NPCのものよりも回復量がかなり高い。その上、はじまりの街ではあまり見かけないポーションも幾らか置いてある。とはいえ、こちらは素材が第一エリアではあまり見かけない為か少し高めになっている。


「これだけのアイテムを一人でか……凄いな。結構【調合】のレベルは高い感じなのか?」

「にひひ、今は【中級調合】がレベル6だよ。他にも【調薬】がレベル4で【成分学】がレベル7かなぁ」


 【中級調合】と【調薬】は中級技能、【成分学】は調合を補助するタイプの効果アビリティらしい。それらがそれなりに高いレベルであることからも、彼女のやりこみ度が凄まじいことを伺える。

 しかし、それだけの腕があるのなら尚の事ジョブが惜しい。調薬士はクラス2ジョブだからだ。

 その旨を伝えると、メルカはニンマリと笑みを浮かべる。多分、聞かれると思っていたのだろう。


「まぁ〜、ぶっちゃけ今の状態だと【調合】でも手を余す感じだし〜? 現状は問題ないかな〜? それに、第二エリアのその先で、もし必要になったらその時に『薬剤調合士ドラッグブレンダー』とか『劇物取扱者ポイズンメーカー』とかを目指すって感じかなぁ。その頃には条件は満たせてると思うしねぇ〜」

「毎度思うけど、調合士ブレンダー系のクラス3ってちょっと物騒な名前よね……」


 メルカの考えが述べられたあとにユーリカが思ったことをポツリと呟く。まぁ、この手のジョブはどうしてもマッドな方向に行きやすいので仕方ない。そもそもクラス3の生産職は結構物騒だ。服飾士系クラス3ジョブの断罪裁断士カッティングテーラーとか何を切るつもりなんだって名前だしな。いわゆる戦闘可能な生産職枠である。


 ジョブチェンジに関しては運営がジョブチェンジチケットをくれるから、もし期間が設けられてなければ、そういった必要となったタイミングで使うとかなんとか。


 まぁ、仮に期間があっても今後はジョブチェンジチケットは入手しやすくなっているだろうし、ステータスもクラス2からクラス3ならレベルでのステータス上昇が一箇所増える程度なので、今までのレベルの分が貰えなくとも生産職ならさほど問題はないだろう。


「……それにしても、わざわざはじまりの街に店を出したのは何故?」


 ふと、サザンカさんが同じ生産職として疑問に思ったのか、質問する。確かに店を開けるなら、シグねぇたちと一緒に第二エリアに行ってから出せば、より素材も集めやすくなるだろうし、作れるものも多くなるはずだ。


 因みにここは暁の戦姫のチームハウスも兼ねているらしく、2階にはシグねぇたちの部屋もあるらしい。裏口から2階へ通じる階段があるのでメルカがいなくともそこから直接入ることは可能らしい。まぁ、それに関しても第二エリアでも良かったような気はする。


 その質問に対し、メルカは「う~~~ん」と唸りながら悩み、やがて答えを見つけ出したのかキリッとした表情で話し出す。


「まぁ? 私の作ったアイテムを、これから始めるようなプレイヤーさんが、気軽に使えるような店をやれたらなぁって……ね?」


 メルカのその思いは、自分の利益よりもこれから先に訪れるであろうセカンドロット以降のプレイヤーの事を考えたものであった。


 まさかメルカがそんな高尚な思いを抱いていたと思っていなかったのか、シグねぇが口に手を当てて感動している。……が、ユーリカはジト目でメルカを見つめていた。


「……で? 本当のところはどうなのよ?」

「いや〜、普通に第二エリアが開放される前にお店借りちゃったから、もう仕方ないかなぁ〜って」


 本音と建前というやつであった。まぁ、第二エリアが開放されたのは2日目の夜だったし、仕方ないといえば仕方ないのか? しかし、かなり早めに店を借りれたんだな。店舗開設は露天よりかなり商人ギルドに貢献してないと難しいらしいのに。


 まぁ、シグねぇたちはこの店があることで、はじまりの街に拠点を持っていることになるので、チーム暁の戦姫としては全くの無駄にはならないだろう。転移システムがあればなおのこと完璧だ。


 それに、建前だとしてもここみたいないいアイテムを売る店が、ゲーム開始直後に行ければプレイもやりやすくなるだろうし、確かに良いのではないだろうか。


 たとえ今はあまり人が来てなくても、噂が人を呼んでくれるだろう。俺らもその一助になれるといいが。


 因みに今のところ月額で借りているらしいが、既にこの家程度なら購入できるだけのお金はチーム内で集まっているらしく、契約の切り替えのタイミングで購入するのだとか。


 立地は確かに悪いが、何だかんだで店の作りや外観・内装は気に入っているようで、チームの活動が第二エリアをメインとするようになっても、メルカ自体はこのまま残って、第二エリアへは移動するつもりはないらしい。まぁ、転移システムが導入できれば、シグねぇたちが幾らでも素材を持ってこれるからな。


 その後、俺はチームの皆に渡す分も含めて、幾つかの回復アイテムとステータスを強化してくれるアイテム、そしてレア個体を呼び寄せやすくする……かもしれないお香を購入することとなった。


 一番最後はメルカが昨日ようやく作れるようになったアイテムらしく、サービスで安く売ってくれた。


 その効果の程はわからないが、レア個体が呼び寄せやすくなる効果があるらしい。


 まぁ、しばらくは使うことはないかもしれないが俺の新たな仲間を探すとなった時にもしかしたら使うかもしれないな。そうでなくても、レベリングか素材目当て辺りには使えるか。

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