リリーのジョブ

 えっと、立川朝菜――立川さんについて簡単に説明しよう。といっても、俺もそんなに知っていることは多くはない。


 彼女は俺のクラスのクラスメートのひとりで、長い黒髪を持つツリ目気味の美少女。かなり無口な上にジッと睨みつけてくるような視線のせいでちょっと怖がられて、男女関わらず避けられている。


 俺が見る限りでは、少なくともクラス委員長の結城由真ゆうきゆまくらいしか学校内では話してる生徒はいないんじゃないだろうかというくらい喋らない。それも事務的な連絡とかくらいなので、プライベートなことはほとんど話していないのではないだろうか。


 学校では、特に誰ともコミュニケーションを取っていなかった為にそこまでお嬢様って印象は無かったのだが、確かに浮世離れしたような雰囲気があったのは確かである。


 おそらく普通に話せるであろうリリーのリアルだと思う子が何故学園では話しかけなかったのかは知らないが、たしかあっちの方の学科の教室は俺たちの教室がある棟とは別で、それなりに距離がある。また授業も実習系があったりするので昼休み以外の休み時間にちょこっと顔を出すということもあまりできないだろう。俺らと有沙も、昼休みくらいしか学校で交流できなかったからな。それも有沙はクラスメートとの付き合いでほとんどできてないし。まぁ男女の間だから仕方ないといえば仕方ないのだが。


 立川さんも昼休みには教室から居なくなっていたので、もしかしたらその時に会って話をしていたのかもしれないな。


 で、俺の場合もご多分に漏れず、基本的に直接話しかけることはなかった。まぁ、俺の場合はその容姿のせいで変にビビって話しかけられなかったってだけなんだがな。やっぱり、ちょっと怖かったし。


 そういえば、夏休みに入る前もジッと見つめられていたような……。アレはやはり気の所為ではなかったのか。


 まぁ、そんなこんなで彼女のことについてはその程度しか知らない。お嬢様とか言われているが、彼女の実家がどれくらいの金持ちなんかは俺も知らないし、多分クラスの誰も知らないんだろうなとは思う。そこら辺は先生辺りが口止めしていたのだろう。裕福そうな家であることは、持ち物とかで薄々気づきはしたが。


 しかし随分と箱入りで育てられたようで、こういうところでのマナーというかリテラシーというか、本名を晒す危険性とかをよく分かっていないようだ。リリーの方を見ると、しきりに頭を下げている。まぁ、君は従者のように振る舞っているが実際はただの幼馴染なんだから、指導できなくても仕方ないだろう。


「……? どうしたの、九条く――」

「――ユークだ。俺のここでの名前。取り敢えずリアルネームはやめてもらえるかな? ほら、他のプレイヤーが聞いてないとも限らないし」


 そういえばミュアの一件からアイコンとネームの非表示設定に変更していたが、それのせいで俺のプレイヤーネームも相手から認識することはできないようになっていた。まぁ、同時に俺も他のプレイヤーの名前が分からないのだが。


 成程、ずっとプレイヤーネームがわからなかったから、俺の名字を呼んでたわけか……。これは俺の対応も悪かったな。最初からこっちのプレイヤーネームを伝えるか、相手がこっちのリアルの名前を知ってるんだから、こちらも周りを気にしながら聞き返せば良かった。まぁ、リリーがすぐに来たからそんな余裕は無かったわけだが。


「……分かった。よろしく、ユーク。私はえーっと……うん、ここではナサだよ」

「あぁ、宜しくなナサ。それと、リリーも宜しくな」

「はい! よろしくおねがいします!」


 出会いは変な形ではあったが、まぁ仲良くしておくことは無駄ではないだろう。リリーはリーサの知り合い、というか友達だろうから仲良くしておかないと色々言われそうだし、ナサに関しては立川さんだったら、ぶっちゃけ仲良くはなっておきたいわけで。うん。


「さて、リーサが来る前に確認したいことがあるが……リリーのジョブは?」

「あ、はい! 私のジョブはクラス3の護衛侍女メイドガードナーですね!」

「め、護衛侍女? クラス2の侍女メイドの派生ジョブなのか? 確かに合っているといえば合ってるが……」

「お嬢様の身を護る侍女としては、やはりこのジョブ以外はありえないかと!」


 いや、だから君はただの幼馴染なんだよね? このゲームではがっちり従者になるつもりなのかい?


 俺の心の中のツッコミはさておき、リリーは自身のジョブである護衛侍女について語ってくれた。流石にこのジョブに関しては俺も初耳でよく分かっていないので、素直に助かる。


 ……で、簡単に言うと護衛侍女とは侍女メイド盾使いシールダー系統が一つになったようなジョブらしい。


 まずもって、侍女メイドとは何かというと、特殊職の一つである従者サーバント系統にあたるクラス2ジョブであり、特定のプレイヤーと主従関係を結ぶことでその主人となるプレイヤーに常時強化状態を与え、またジョブスキルなどで主人を援護したりすることができるというジョブである。


 それだけ聞くとネタ臭がいささか強いものの、特定の個人を対象とした強化状態としては、クラス2にも関わらずすべてのジョブの中でもトップクラスの性能を持つとのこと。


 その習得条件は、はじまりの街をはじめとする大規模な市街地エリアにいる、お金持ちの老紳士や老淑女に話しかけることで発生する特殊クエストである『従者の心得』を良以上の成績でクリアすることらしい。このクエストは、基本的に従者として行動する際の最良の動きを見極めるというもので戦闘とは関係ないらしい。成績は不可・普・良・優秀の四段階だが、点数的には不可が20点以下、普が60点未満、良が80点未満、それ以上が優秀となる。


 彼女の場合は幼い頃から従者である母を見て育ち、また最近はそういう仕事を手伝っていた為か、簡単に優秀の成績を取ったらしい。しかし、確かこういうジョブ習得用の特殊クエストは結構難易度が高いという話を聞いたことがある。オークラさんの『神殿騎士』とかが、その最たる例だった筈だ。


 因みに男性プレイヤーの場合は、同じ条件で執事バトラーにつくことができるが、こちらは逆に主人の代わりに戦うことで自身を強化するというジョブになる。『戦闘バトルをする者』=『バトラー』とかけているらしい。こちらも自身のSTRやVITにかなり高い強化がかかるため、普通に強力なジョブだったはずだ。


 無論、これら従者系統のジョブは自分自身だけでは全く効果がないので、パーティーで一緒に行動できるプレイヤーが他にいることが大前提となるわけだ。つまり、この2日半ほどリリーはジョブの恩恵をステータス補正くらいしか受けていないということになる。まぁ、盾使い系の恩恵はあるのだろうが。


 次にその盾使い系統のジョブについてだが、こちらは単純に盾を使って戦闘を行うジョブだ。基本的には敵の攻撃を耐えたり、盾で攻撃を回避したりするタンク役となる。


 同じく盾を装備可能なジョブで有名所として騎士ナイト系統のジョブがあるが、この2つの系統のジョブは似ているようで厳密には違う。その大きな違いは装備できる武器種やジョブ特性にある。


 騎士系統はオークラさんの神殿騎士を除いて、メインに盾を装備できず、またサブ武器に必ず盾を装備しなくてはならない。メインに装備できるのは剣や槍などだ。また、メイン武器とサブ武器を同時に展開できるという特性もある。


 それに対して盾使い系統は盾をメイン武器に設定しなくてはならない。サブ武器は片手でも持てる短剣辺りらしく、一応こちらも同時展開が可能となっている。


 騎士系統の場合、基本的にはメイン装備の剣や槍が攻撃の主となり、あくまで盾は防御や回避の為のサポートとなる。なので騎士系統を目指すなら【盾術】ではなく【剣術】や【槍術】を最初に選ぶ方がいいだろう。


 盾使い系統の場合は盾による攻撃がメインとなる他、習得条件的にも【盾術】の習得が必要となる。


 そうなるとオークラさんの神殿騎士となんら変わらないのではないかとなるのだが、VIT値を攻撃の際のダメージ参照に使用する神殿騎士とは異なり、盾使い系統の攻撃は普通にSTR依存であり、またサブ武器を利用した攻撃も重要となってくる。


 確か盾使い系統のジョブには、ジョブアビリティに短剣での戦闘に補正がかかる【短剣戦術】などが含まれており、また一部の短剣術アーツもジョブアーツとして習得するため、ある程度短剣でも戦うことができるのだとか。


 まぁ、護衛侍女がどこまで盾使い系統と同じなのかは分からないが、それでも似たようなものだとは説明してくれた。


 取り敢えず、主人に対して強化状態を与えながらその攻撃を庇って守るという、まさに従者の鑑というべき存在なのだろう。まぁ、ある意味では騎士と同じ存在なのかもしれないな。


 リリーはご丁寧に習得条件まで教えてくれたが、【盾術】の習得、VITとSTRの合計値が100以上、『従者の心得』クエストを成績:優秀でクリア、誰かを庇って盾回避を行うを30回達成と、まぁクラス3らしいハードな内容となっていた。


 因みに盾回避は頑張って野良パーティーで達成できたらしい。割と達成できたのがギリギリレベル9だったので焦ったらしいが、ダメだった時は普通に侍女メイドになればよかっただけなので心配はなかったです、と言っていた。

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