お嬢様と従者?

「えっと、俺になにか用かな?」


 取り敢えず誰なのかは置いておき、この女性プレイヤーが俺に何かしらの用があることは、この距離の詰め方からは明らかだ。それにしたってこの距離の詰め方はおかしいが。


 まぁ、人違いで近づいている場合もあるかもしれない。たまたま待ち合わせのタイミングに部外者の俺が立っていて勘違いして近づいてしまったなんてことも、もしかしたらあるかもしれない。まぁ、周囲に待ち合わせしていそうなプレイヤーがいない時点でお察しなのだが。


「…………もしかして、九条くん?」

「え?」


 ふと、女性プレイヤーから名前を呼ばれる。しかも聞き間違えじゃなければリアルネームの方だ。


 このプレイヤー、やはり俺の知り合いだな? でも知り合いで、なおかつアルターテイルズのソフトを手に入れてる人なら、一緒にプレイするために俺に話しているとは思うし、話ししてないならわざわざゲームで話しかけたりはしないよな。それに、そもそもゲームをやりそうな女性の知り合いは有沙やシグねぇら三姉妹以外には、記憶している限りは居ないと思う。あれ、ほんと誰だ……?


「――あぁ! お嬢様! 他のプレイヤーとの接触はまだダメって言ったのに!」


 その時、俺の目の前、つまりこの女性プレイヤーの背後にある噴水の方向から大きな声が響く。そこには、短い黒髪にメイド服を身に纏った幼そうな女性プレイヤーが現れる。見た目的には目の前の女性プレイヤーよりも幼い。まだ中学生くらいだろうか。それにしては成年済みプレイヤーが居なそうだが。


 メイド服といっても、秋葉原とかのメイド喫茶にありそうなフリフリのメイド服ではなく、西洋のお屋敷とかでしっかり働いている感じのクラシカルなタイプのメイド服だ。ちょうど終業式後のカフェシルクで有沙が着ていたタイプだ。目の前のメカノイド族の女性プレイヤーとは異なり、既にゲームを開始してそれなりに進めているプレイヤーなのだろう。


 そんなメイド服の少女の声を聞いた女性プレイヤーは、露骨に嫌そうな顔をして後ろへと振り返る。


「…………リリー、うるさい」

「うるさいってなんですか! お嬢様がゲームやりたいって言ったから、お母さんに頼まれて私が色々ご指南しようとしてたのに――!」


 急に口喧嘩が始まってしまった。この2人はどうやら知り合いらしい。お嬢様とその従者という関係なのだろうか。リアルでは初めて見た。まぁ、ここはな訳だが。


 流石にロールプレイならもう少し装備を整えてからやってくれと言いたい。お嬢様のほうはゲーム開始直後の初期装備だからお嬢様感は皆無なのだ。


「ん? あれ? お嬢様、その人ってまさか……」

「そ。まさかゲーム開始直後に会えるとは思ってなかった」

「……あ、あの、まさかとは思いますが、出会い頭に相手の名前を呼んだりしましたか?」

「うん? 九条くんが居たら九条くんと呼ぶよ?」


 そんな問答の末にリリーと呼ばれていたメイド服の少女は顔面蒼白になって叫んだあと、大きなため息をつく。なんとなく関係性が分かったというか、お嬢様に振り回される従者って感じがひしひしと伝わってくる。少なくとも、こっちの子はまだネットリテラシーには明るいようで、一安心する。


 しかし、リリーにも俺のことはどうやら認知されているらしい。まだ、レア個体をテイマーしているプレイヤーや、よく分からない噂のNPCテイマーなるものならば、認知されていてもまだ納得はできるのだが……。


 そんなことを考えながら、色々怪しげに見つめていたのが相手に伝わったのか、リリーは慌てて謝りだした。


「す、すいません! 別に怪しいものじゃないんです!」

「いや、怪しくないやつは普通そうは言わないぞ? ……君も俺のことを知ってるみたいだけど、誰かから聞いたのか?」

「うん? 九条くんのことは前から知って――」

「だから、お嬢様は黙っててくださいってば!」


 あー、とうとう怒られてしまった。メカノイド族の女性プレイヤーがちょっとだけシュンとしてる。


 ミュアがどう扱っていいのか分からないと言わんばかりにオロオロしている。いや、俺もどうすればいいのか分からないよ。


 そんな時、リリーはふと口を開く。


「えっと、あり――リーサさんは勿論ご存知ですよね?」

「ん? あぁ、知ってる――って、君がリーサの知り合いのプレイヤーか!」


 そう言うと、リリーはコクリと頷いていた。


 成程な。リリーが蓮司の奴が言ってたリーサの知り合いのプレイヤーか。たしか竜人族の女性プレイヤーって言っていたから、間違いないのだろう。あまりジロジロ見るのはアレなのだが、良く見ればオークラさんみたいに皮膚が鱗のような感じになってる。


 聞けばリリーはリアルではリーサのクラスの同級生らしく、お嬢様と呼ぶ少女の従者――ではなく、実際はただの幼馴染らしい。ただ、彼女の母親が、リリーがお嬢様と呼んだ少女の家のリアルな従者をしているので、彼女もそれに倣って高校進学後から従者のように(まだまだ半人前以下らしいが)振る舞うようになったらしい。リアルから続くロールプレイだった。……なんかごめん、中学生とか思っちゃって。普通に同い年でした。


 それにしても俺の高校でアルターテイルズを買えてるプレイヤー、なんか多くない? もしかして先輩とかも居たりするの?


「俺が聞いた話だとリーサの知り合いのプレイヤーは1人だと聞いたんだけど?」

「はい! 私がその知り合いのプレイヤーです! ……ただ、お嬢様がこのゲームを始められるってことになったので、お母さんから同い年の私が付き添いを頼まれて……一応リーサさんにお願いして、お嬢様も一緒に特訓してもらおうと思ったんですが……」


 その時にリーサから俺の情報を一応伝えられていたらしい。まぁリリーも当然ながら同じ高校の生徒でリーサ――有沙と俺は学校で度々すれ違っていたりするから、自ずと俺の顔も学校で見たことがあるのかもしれない。ここでも顔はほとんど変えてないし、リアルと同じように眼鏡もかけてるから、知ってる人が見たら一発で分かるだろうな。


 そういえば5月くらいから有沙の近くに小柄な子が居たような気もする。もしかしたら彼女がリリーだったのかもしれないな。あいつ、何気に友達を作るのがうまいから、結構周りに人が多いんだよな。対する俺は……いやもう何も言うまい。


 要するに有沙が俺に連絡し忘れていたってことか。まぁ、まさか相手がこんな早くに来て、しかも俺に接触してくるなんて考えてもいないだろうし、普通に自分がログインしてから伝えればいいかと思うだろう。


 そんな感じでリリーと話をしていると、目の前のメカノイド族の女性プレイヤーは自分のことを無視されていると思ってぴょんぴょん飛んでアピールを開始する。いや、ホント誰だよ君?


「……あれ? 気づいてない……? ……私、同じクラスの朝菜だよ、九条くん」

「だからゲーム内でリアルネームは駄目ですってば、お嬢様!」


 そんな彼女が思わず口を出した名前で、その正体が俺のクラスのクラスメートの立川朝菜たちかわあさなだということを知る。

 ……えっ、嘘でしょ? なんで立川さんがここにいるの?




 ――――――――――

※朝菜はモニタールームでユークのプレイヤーネームを聞いたり確認していましたが、この時点ではゲームをプレイできる楽しみで忘れており、「クラスメートの九条くんが楽しそうにしてた」くらいしか覚えてません。箱入り娘てかつ天然なので、こういうオンラインゲームのマナーやリテラシーもそこまで分かっていません。リリーがなぜ止めるのかも多分、あまり理解していないです。

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