初対面なのに恩返し?
「そういえば2人はなんでダンジョンに? ここでテイム可能なモンスターは廃坑道とか草原エリアに出てくると思うけど」
「それは……私が『ジョブチェンジチケット』を手に入れる為よ。流石にレベル25になったけど生産職じゃまともに戦えないもの。この『モフたろう』がいくら基礎能力が高くても、流石にちゃんと指揮をとったり補助をしてやらないとね。それに、一体しか連れ歩けないなんて、つらすぎる……っ!」
どうやらキャンティとヨハネスはジョブチェンジチケットを手に入れる為にダンジョンに挑戦していたらしい。最後の方はホントに切実な理由だ。うん、分かる。
ジョブチェンジチケットはサザンカさんがそうであったように、ジョブレベルをマスターレベルまで上げることができれば確定で入手可能ではあるが、そのマスターレベルまで上げるのが大変だ。
ジョブレベルが上がりやすくマスターレベルも20であるクラス1ジョブなら、サザンカさんみたいにそのジョブに合った行動を取り続ければパーソナルレベルが20程度でマスターレベルに到達できるが、ある程度実用性があるクラス2以降だとジョブレベルは途端に上がりにくくなるし、マスターレベルも高くなる。
例えばクラス2ならマスターレベルは40であり、クラス3ならレベル60となる。伸びしろが高いため、より高みを目指すのであればクラス3になるのは必須といえるだろうが、従魔士のようにクラス2にしかないジョブだとそちらを選ぶしかない。
とにかく、木工作士であるキャンティはジョブレベルのマスターレベル到達にはかなりの労力がかかる。しかも、生産職なので戦闘ではなく【木工術】を使った生産をしないといけない。
だからこそ、ダンジョンでジョブチェンジチケットを入手しようという考えに至ったわけである。これは別に珍しいことではない。
比較的レアアイテムであるジョブチェンジチケットは、特定のボスモンスターを倒した際に低確率でドロップする。
一番のボスっぽいモンスターである、第一エリアのエリアボスであるブラッディハウルベアではジョブチェンジチケットがドロップしたという報告が上がってないようなので、現状はドロップしないという認識らしい。また、エリアボスは基本的に一度しか戦えないのもある。
そんなジョブチェンジチケットが入手できるのはダンジョンのフロアボスだ。階層が上がるほどに入手確率が上がっていく。
……そういえば、第5階層のフロアボスであるアンコモントカゲからドロップしてたな。
「……えっと、そのジョブチェンジチケット、俺ちょうど持ってるんだけど、要ります?」
「何っ、それは本当か!?」
ガバッとこちらに詰め寄ってくるキャンティ。その勢いに一瞬ドキッとしてしまう。……そして、 ミュアが妙に冷たい眼差しでこちらを見ているのに気付いてしまった。なんで!?
あと、さっきまでと口調が違うけどこっちが素なのだろうか?
「さっきのフロアボスでちょうどドロップしたんだ。俺は今のところ従魔士から変わる予定はないから、必要ならあげてもいいかなって」
「……けど、ジョブチェンジチケットはかなりのレアアイテムで、NPCに売っても10000FGはするんだよ? いいのかい?」
えっ、そんなに高いのジョブチェンジチケット。聞けばNPCのショップでも極稀に売っているらしいのだが、その最低の値段が5万FGらしい。
今の俺からすれば「ふーん」と言ってしまいそうな金額だが普通にかなりの高額だ。ただそれらのジョブチェンジチケットのほとんどは商人系のプレイヤーによって買い占められ、更に高値で売られているという。いわゆる転売というやつだ。
よろしくはないことなのだが、基本的になりたいジョブになれなかったプレイヤーはクラス1ジョブになることが多く、また普通のプレイヤーは別にジョブチェンジする必要はないため、基本的には売れずに在庫になっているらしい。
入手方法がNPCから買う以外では、ジョブレベルのマスターレベル到達と特定のボスモンスターでの極低確率でのドロップしか現状はないため、NPCから確保していたら最低でも5万FG以上じゃないと赤字になってしまうのでおいそれと値段は下げられないらしい。
因みに所持数制限で一人一枚しか所持できない為、大量に在庫を抱えて売りつけるという商売は不可能となる。まぁ、その仕様もあってレアアイテムと化しているのだろうが。
まぁ俺の場合、本当に不要だし、お金は昨日の隠しイベントの報酬でかなりの金額を手に入れた(流石に金額が金額だったので、冒険者ギルドの銀行機能を使って預けている。レンやリーサ、フライ・ハイのメンバーと再会したら口座から出す予定である)ので、しばらくは大丈夫だろう。
何より、あのガタゴロウさんが困っているのだから助けてあげたいというのが本音だ。別に下心がどうこう、ではない。ミュアが疑ってそうだが、本当だぞ?
「俺はガタゴロウさん……キャンティが居なかったら従魔士にはなってなかったし、俺が従魔士を志すきっかけになった人が困ってるんなら助けてあげたい。まぁ、恩返し……みたいなものかな。まぁ、初対面なんだけど」
「恩返し、か……」
照れくさそうに顔を背けるキャンティ。やましいことは特にしているつもりはないのだが、先程からミュアの視線が痛い。本当に何故だろう。シグねぇのときはそんなでもなかったんだけどなぁ…… まぁ別パーティーだから、警戒してるのかもしれないな。気付けばグレイにも妙な目で見られていた。
「と、とにかく! ホントに要らないからさ! せっかくだから使ってよ。そんで、色々従魔士の情報とか流してよ」
まぁ、俺の情報以外で頼みたいところだが。
「そうか……じゃあありがたく貰うことにするよ。その代わり、お前が何かしら困ったときは助太刀に行ってやるからな! レア個体いっぱい引き連れて来てやるぞ!」
「なんかそれだと特殊な百鬼夜行みたいだね、姉さん――ってアイタッ! 何するんだよ!」
ヨハネスが余計なことを呟いて脇腹を小突かれていた。
取り敢えず、俺はキャンティとヨハネスの2人とフレンド登録をし、キャンティにジョブチェンジチケットを渡すことに。
まぁこちらから得られるものは物としては特にないが、2人の従魔士の知り合いを得て、うち一人はあの生ける伝説とまで言われたプレイヤーなのだから、それなりにちゃんと得ているだろう。
キャンティはダンジョンから出た際にジョブチェンジチケットを使うとして、ひとまずジョブチェンジは後回しにするつもりらしい。
さて、シグねぇたちの方はどうなってるのかというと、相変わらず冷戦状態になっていた。ずっと睨み合いしてたのこの2人。
「おーい、ナギサ! 実はな、この眼鏡の坊主からジョブチェンジチケットを譲ってもらえたんだ! だからもう帰るぞ!」
「はっ? えっ、ちょっとどういうことですか、キャンティちゃん? えっ、帰るって……えっ、えぇぇぇぇっ!?」
そんな中、ズカズカと歩み寄っていくキャンティによって強制的に連れて行かれるナギサ。よほど嬉しかったのか、さっきはナギサの力の圧に押されていたのが嘘みたいに、キャンティが引っ張っている。
眼鏡の坊主って、名前教えたはずなんだけど……。ヨハネスを見るとどうやらいつものことのようだ。成程、ある程度親しくならないと名前は覚えてもらえないというやつか。
そして、そのままの勢いでダンジョンからの離脱を選択するキャンティ。一応、ダンジョン等から離脱するのはパーティーのリーダーが行えるのだが、どうやらあのパーティーの場合はキャンティがリーダーだったようだ。
キャンティは俺たちに大きく手を振り、ヨハネスは小さくお辞儀をし、そしてナギサはシグねぇに対して色んな恨み節を叫びながら、ダンジョンから消えていった。
うーん、ホントなんだったんだろうあの人……。シグねぇも疲れたように「はぁ……」とため息をついていた。
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