銀灰狼のテイミング

 ――シルバーアッシュウルフ、またの名を銀灰狼といい、その白銀に輝く体毛は気高き孤高の魔狼の証であり、森林の王者に近しきその存在は常に闘争によって傷だらけである。その肉体に刻まれた傷跡が多いということは、歴戦の猛者である証拠である。特に目に傷を持つ者は、片目でも生き残ることができるだけの実力の持ち主。ぶっちゃけこいつらと戦うことはオススメしない。出会ったら逃げろ。秒で。


 これは、魔獣に関するスレで載せられていたシルバーアッシュウルフに関する解説だ。それを聞く限り、かなりやばいやつだということは分かるだろう。


 そのレベルは29で、俺にはそこそこの格上。ミュアには互角の相手といったところか。


 だとしても、男にはやらねばならない時がある! さぁ行くぞ、ゼファー! ミュア!


 せっかくだから、従魔士らしく最初は二人に戦闘を任せてみるか。俺は磁器巨像の魔杖+を手にする。


「ウウォオオオオオン!!!」


 戦闘開始と共にシルバーアッシュウルフの雄叫びが迸る。流石にこれにスタン効果はないため、【緑の息吹】は剥がれない。


 真っ先にミュアが弓を掲げて矢を放っていくが、シルバーアッシュウルフはそれを容易く避けていく。かなりのスピードで飛んでいるのにだ。


 対して、シルバーアッシュウルフは一瞬で俺たちの近くまで飛び掛かってくると、その鋭い爪をミュアに向かって振りかざそうとする。


「くそっ、させるか! 『緊急招集』!」


 俺は咄嗟に従魔士のジョブスキルである『緊急招集』を発動する。これは連れ歩いていてかつ同じフィールドにいる従魔であればMPを消費して俺の目の前に呼び寄せることができるスキルだ。


 いかにも召喚士のようなスキルではあるが、それは召喚士も従魔士もカテゴリー的には使役系統のジョブであるからである。リーサの人形指揮者も形は違うがおそらくは使役系統のジョブになるのだろう。使役系統は、剣士系統や騎士系統、魔術士系統みたいに分かりやすく分類されているわけではないので、非常に分かりづらい。


 まぁ、結果としてミュアは俺の呼びかけに応じて攻撃を受ける直前に俺の前に呼び寄せることができたので、攻撃を受けなくて済んだ。


「す、すいません、ユークさん!」

「気にするな! ミュアは状況を見ながら余裕があればアーツで攻撃、ゼファーは敵の動きを引き付けろ! 行け!」


 この中で一番速いのはゼファーなので、ゼファーには精霊術を使うことでシルバーアッシュウルフを牽制するよう指示をする。


 ミュアにはその合間にアーツで攻撃を仕掛けてもらう。


 ある程度削らないと『テイミング』は効果が低いため、最初は思いっきり殴らないといけない。特にレア個体なら尚更である。


 ホーンラビット種のレア個体であるラピッドラビットや草原ラットのレア個体であるオヤブンラットなど、レア個体のモンスターは総じてボスエネミー並のHPを持っているため、長期戦になることは必須である。


「いけ! 『雷撃』!」

「ギャウウン!?」


 ゼファーは覚えたての精霊術スキルやアーツを駆使してシルバーアッシュウルフに攻撃を仕掛ける。基本的に肉弾戦を得意とするウルフ系のモンスターはMIN値が低い傾向にあるため、INT値を参照する魔術系統の攻撃が通りやすかったりする。だから、メインが精霊術であるゼファーの攻撃はそれなりに通りやすかったりする。


 その合間を縫って、ミュアが霊弓術アーツと弓術アーツでシルバーアッシュウルフを狙って攻撃を繰り出す。


 2体による包囲網に攻撃を避けつつあったシルバーアッシュウルフも次々ダメージを受けるようになる。


 やがて一切動かずに要所要所で『鼓舞』をかけていた俺のことに気付いたのか、俺の方を一瞥すると、よほど隙だらけに見えたのだろうかシルバーアッシュウルフはゼファーの攻撃の合間を縫って俺の方に向かって飛び掛かってくる。


「っ! 相棒っ!」

「ユークさん!?」


 咄嗟の事で動けなかったのか、ゼファーとミュアが俺の方に走り出すが、二人のAGIではシルバーアッシュウルフには追いつけない。攻撃しても俺に当たる可能性があるからか、攻撃できない。


 そんなシルバーアッシュウルフに向けて、俺は杖を構える。


「――『横薙ぎ』、『強力杖殴り』!」


 ちょうど、杖の軌道がシルバーアッシュウルフの胴に入るよう、その口がギリギリ俺の首に食らいつくか否かのタイミングで2つのアーツを発動する。勢いよく振りかざした杖はその加速と共に強撃系アーツが加わり、強力なダメージを与える。


 しかも今回はクリティカルが発動し、更にダメージを与える。シルバーアッシュウルフの巨体は予想したよりも大きく飛んでいくが、その途中で体勢を整えて着地する。


 しかし、それ以前のダメージも含めてかなりのダメージが蓄積されたのか、足がふらついている。


 よし、取り敢えずここでトドメを指すことにしよう。勿論、『手加減』してな。


「『号令』! ゼファーもミュアも手を出すなよ! テイミング前の最後の準備だ!」


 そう言うとゼファーもミュアも黙って頷く。もしかしたら『号令』をかける必要はなかったかもしれない。


 俺は『手加減』スキルを発動すると、武器を宝風剣に切り替える。これで、トドメにしよう。


 今の息も絶え絶えな状態なら避けきれることはないだろう。動きそうなときにはミュアが牽制でその方向の地面に弓を刺していく。


「行けぇぇ! 『緑精の大旋風テンペスト・ゼファ』ァァァ!!!」


 宝風剣が光り輝くと少しの時間をおいて、相変わらず凄まじい勢いの嵐が吹き荒れるように飛び出してくる。シルバーアッシュウルフはその勢いに慌てて避けようとするが、もう遅い。


 次の瞬間には嵐に飲み込まれてしまう。だが、『手加減』の効果でHPが1だけ残り、その場に倒れ込む。


 よし、この状態なら!


「行くぞ! ――『テイミング』っ!」


 変化はない。失敗のようだ……って嘘だろ、ここで失敗って。さっきの一発で俺のMP切れそうなんだけど……。


 あぁ! これなら普通にもっとMP消費の低い精霊術を使えばよかった! あとは最初に使った『緊急招集』も痛いかぁ! くそぉ〜!


 シルバーアッシュウルフも最後の力を振り絞って立ち上がろうとしている。動かれたら止める手段は攻撃するしかない。


 うーむ、どうすべきか……。MP回復アイテム、そんなに持ってきてないぞ……。瞑想をしてる暇もなさそうだし……。


「――ユークさん! 私のMPを使ってください! 『モンスターリンク』です!」


 その時、ミュアが叫ぶ。そうか! その手があった! ミュアは矢を作ることくらいしかスキルを使ってないので、まだそれなりにMP量がある。


 それならテイミングを連発してもなんとかなる。


「サンキュー、ミュア! 『モンスターリンク』! ――ミュア、MPリンク!」


 俺が残り僅かなMPを利用してモンスターリンクを利用し、ミュアとMPゲージを共有化する。一気にMPが増える。


 その勢いのまま、俺はテイミングを連発する。


 失敗、失敗、失敗、失敗――中々成功しない。


 せっかくリンクしたのだが、そのMPもどんどん減っていく。シルバーアッシュウルフも動き出そうとしている。流石にそろそろ厳しいか?


 ――いや、諦めてたまるか!


「いい加減これで決まれ! ――『テイミング』!」


 その瞬間、俺とシルバーアッシュウルフとの間に何かが繋がったかのような、不思議な感覚が走っていく。


 そしてシルバーアッシュウルフはひと際目を開くと、そのまま立ち上がり、俺の元に向けて歩き始める。


〈シルバーアッシュウルフをテイムしました。名前をつけてください〉


 その時、シルバーアッシュウルフをテイムできたことを知らせるアナウンスが響く。眼の前にはテイムモンスターの名前を決める画面が表示されている。


「や、やったぞ! シルバーアッシュウルフ、テイムできたぁ! ――あ」


 やっと、シルバーアッシュウルフをテイムできたという喜びから力が抜けて倒れかけるが、それをシルバーアッシュウルフが自身の身体を下にすることで優しく受け止める。




 その白銀の毛は、とてもモフモフであった。

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