精霊王と精霊姫

「ん……ぅう……」


 俺が意識を取り戻したのはそれからしばらく経ってのこと。そこは先程までの無機質な機械仕掛けのバトルフィールドではなく、それに似た構造ではあるが緑あふれる場所であった。


 どうやら、俺以外のメンバー全員がここに飛ばされており、俺同様に意識を失っている状態だった。俺が調査員の少女を助ける直前くらいに全員マキナテック・ガーディアンの攻撃を受けて倒され、そのまま蘇生待ち状態になったようだ。


 最終的に成功のアナウンスだけは聞こえていて、特殊成功演出がどうとか言っていたが、これがその演出なのだろうか。


 レンやオークラさんたちが目を覚ます。あの時吹き飛ばされたゼファーも無事のようだ。泣きながら俺の方に飛んできた。


「しかし、この光景はなんなんだろうな……」

「ここは精霊郷だ。しかも、今は失われた古の精霊郷……まさかここに来ることになるとはな」


 俺の問いかけに答えるのはケイル。どうやら彼が幼い頃に聞かされた絵物語の中に登場するのがこの古の精霊郷というものらしい。


 ゼファーも、なにか懐かしいものを感じているようでそわそわと周囲を見つめている。


『よくぞ、我が娘を救ってくれた。礼を言うぞ。我が眷属の契約者、その友の来訪者たち、そして我が血を分け与えし一族の末裔よ』


 その時、突如として空間そのものから声が響き渡る。まるでその場そのものが話しかけてきたかのように、その声は大気を震わせる。


 そして、その場に光が降り注ぐと天上から一人の男が現れる。


 偉大なる輝きと共に舞い降りたその男の姿を見て、ケイルは即座に跪く。その対応はゼファーに初めて出会ったときの態度に近い。


 俺のことを『眷属の契約者』と呼んだことからも、もしかしたらこの人は……。


『如何にも。我こそが【精霊王】である。固くならずとも良い、おもてをあげよ末裔』


 精霊王が、そう告げるとケイルは表を上げて立ちあがる。


 どうやら本物の精霊王で間違いなさそうだ。


 もっとゼファーに近いのかと思っていたが、かなりしっかりとした人型の姿をしており、女神に似た布で構成された衣装を身にまとっている。かなりの大柄で、身長は竜人族補正で背の高いオークラをも越える。


 その背後には8つの色が異なる羽を有している。それぞれの属性でも表しているのだろうか。火・水・風・土・樹・雷・鋼・氷――これがこのアルターテイルズで一応基本属性と認められているものだが、その属性と同一のもののようでだった。


 因みに前者である火・水・風・土が初期基本属性、樹・雷・鋼・氷は応用基本属性として扱われる。他にも特殊属性として光と闇、神聖と混沌があるのだが、背中の羽ではそれらは冠していないらしい。


『さて、今回私が現れたのは他でもない。我が娘である精霊姫を救ってくれたことに対する礼を与えるためでな――』


 そう精霊王が語ると、突如として精霊王の側に先程俺たちが助け出した銀髪のエルフ族の少女が現れる。意識はあるようで、突然の光景に戸惑いを隠せない様子であった。


『この者は、ミュアと言ってな。我が精霊の血を色濃く受け継ぎ、本来ならばその身に宿ることのない精霊の力が半身に宿ってしまった、いわば「ハーフエルフ」という存在なのだ。尤も、本人は知らなかったようだが』

「ほ、本当に私がハーフエルフなんですか……?」


 調査員にして精霊王の愛娘たる精霊姫のミュアは、その事実が真実かどうかを精霊王に問いかけるが、精霊王は無言で頷き肯定する。


 ケイルに尋ねると、ハーフエルフとは本来交わる筈のない精霊の力を色濃く宿して生まれてきてしまったエルフ族の事をいい、残念ながらその存在そのものはヒト種族ではなく精霊族、すなわち広義的なモンスターと同じものであるらしい。


 今までもその存在の在り方から、他のエルフ族と馴染めずに孤独に生きてきたハーフエルフが多くいたのだという。そのハーフエルフだが、数十年に一度のタイミングで生まれてくることがあり、男であれば精霊王子、女であれば精霊姫と呼ばれるらしい。


 彼らが異種族であるエルフ達から崇められる対象になるか、疎まれる対象になるかはその時のエルフの国の風潮次第との事であったが、調査隊に特殊な身の上で送り込まれたという扱いからも、厄介者として扱われていたのは間違いなさそうである。


『さて、我が眷属の契約者よ。貴殿に折り入って頼みがあるのだ』

「た、頼み? 俺にか?」


 その時、急に俺の方に話が振られてきたので少しだけ焦る。


 精霊王が語るには、ミュアはその精霊姫という存在からかなり強力な力を有している。


 その結果、古代遺跡の力を歪な形で解き放ち、周囲に多大な被害を被りかねないという状態になっていた。


『その力を抑え込む為には、特別な力を持つ者と契約を契る必要がある。貴殿には、その契約相手になってもらいたいのだ』

「契約……? それって、従魔士と従魔としての契約なのか? それとも、単純にパートナーみたいな感じで?」

『そうだな……。貴殿と我が眷属ゼファーとの間の契約に近いものだとすれば、前者の方が近いのかもしれないな。種族的には、私もミュアも貴殿たちが言う「もんすたー」とやらと同じようだからな』


 つまり、俺は目の前の普通のNPCみたいな少女をテイムするってことなのか?


 流石に周囲の目が冷たくなっていくのを感じる。


「仮に契約をしなかったら?」

『契約をしない、という選択肢は既にないと思え、契約者よ。ミュアの力は既に古代遺跡によって暴走寸前まで来ている。貴殿が契約をしなければこの遺跡もろとも吹き飛ぶだろう。それこそあの鉱山周辺の集落もな』


 そう精霊王が告げるとケイルがハッとした表情で俺の方を見てくる。集落までも吹き飛ぶということは、あの異種族孤児院も巻き込まれてしまう。


 そういうのは流石に困る。


「……ミュアの方は、俺と契約して大丈夫なのか?」


 仮に契約するとして、ミュア本人がどう思っているのかが気になる。


 これで無理して契約したとして、ぎくしゃくした関係性なのは流石に御免被るところだ。


「えっと……正直、あまりに突拍子のないことで、驚いてますが……精霊王様がお認めになって、風の大精霊様が信頼している方を、私が信じないわけにはいかないですから」


 ミュアは笑顔でそう告げる。あまりの即答に本当に本心なのか気になったのだが、ケイル曰く間違いなく本心から言っているのだという。


 何故ならば精霊に認められた者というのは、エルフ族にとっては特別な存在となる。それがより上位の精霊――それこそ精霊王やその眷属であるのならばその信頼度はかなり上がることだろう。


 とはいえ、俺がケイルと最初に出会ったときに俺とゼファーが契約している事を理解していながらもケイルが警戒していたように、精霊と契約していとしてもエルフ族は必ずしも従うというわけではない。


 ミュアがここまで俺に対しての信頼度が異様に高いのは、エルフ族として生きてきた経験以上に、彼女の中の精霊としての在り方が強いのだろうとケイルは推測していた。


 エルフ族以上に、精霊という存在は上位の精霊や精霊王から受ける影響が大きく、それらに認められた相手はそれに連なる存在として本能的に認識するらしい。……もしかしたらこれのお陰で俺は今後精霊をテイムしやすくなるのかもしれないが、今のところは他の精霊と出会う機会は無さそうだ。


 何はともあれ、ミュアが問題ないというのであれば、こちらもしても問題はない。というか、精霊王の言うように最初から『契約しない』という選択が無いのだから、そもそもこの問答自体が無意味なものだったのは……間違いないだろうな。


「分かったよ、ミュア。――精霊王、俺はミュアと契約を行う」

『了解した。ならば我が名をもってして、汝【ユーク】と精霊姫【ミュア】との特殊従魔契約の結びを執り行う』


 そう精霊王が告げると、俺とミュアとの周りに仄白い光の円が走り、俺とミュアは光の中に包まれていく。


 ゼファーと契約を結んだときと同じように、俺が今、何を為すべきなのかが頭に浮かぶ。


「――『テイミング』」


 スキル発動と共に光が一際輝き、その光が落ち着くと先程までの調査隊の衣装から一変、巨大な大弓を手に持ち、豪華な飾りが付いた精霊衣装を身に纏ったミュアの姿がそこにはあった。


 服装と武器については精霊王からの餞別とのことであった。


「えへへ。ミュアです。よろしくお願いします。ユークさん、ゼファー様」

「おう、よろしくな。ミュア。……って、ゼファー様?」


 俺は「さん」付けで、ゼファーは「様」ってちょっと態度に差があるのではと思ってしまったが、ゼファーはこれでもかの精霊王の眷属たる上位精霊なのだから、まぁ仕方ないらしい。


 仕方ないなら仕方がないよなぁ。



 ――――――――――

(7/22)精霊王の背中の羽について変更。6枚から8枚に。

 更に属性の種類を『火・水・風・土・樹・雷』の6つから『火・水・風・土・樹・雷・鋼・氷』の8つに変更。それらの8つの属性は基本属性として扱い、前者4つを初期基本属性、後者4つを応用基本属性として扱う形に。

 また、特殊属性として『光・闇・神聖・混沌』を追加。これらについては出てき次第説明が入ると思います。


(6/26)ミュアがユークを異様に信頼している点に関して説明を加筆しました。



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