フライ・ハイの戦い

 ――左の分岐


 ユークたちと分かれ、移動するフライ・ハイのメンバーであるオークラ、ユーリカ、リックの3名。


 最初のフロアに到達するまでの一本道、彼らの前には罠はあれどモンスターの姿はない。


 その罠に関してもリックの活躍により、発動前に探知できる。流石に自動で起動することはなくなったものの、それでもその量はかなりのもの。だが、解除自体は簡単だったので彼らにとっては無いのと同じ扱いだった。


 そうして彼らはユークたちが蜘蛛との戦いに明け暮れている中、最初のフロアに辿り着く。


『…………』


 そこに待ち構えていたのは6本の鋼鉄の脚と、2本の鋭利な鎌を有した巨大な蜘蛛型の機械であった。おそらく、アレがケイルが言っていた遺跡の守護者ガーディアンなのだろう。


 モンスター名も『守護者ガーディアン鋼蜘蛛メタルスパイダー』となっている。


 レベルは不明。オークラはβテストの際に一度だけ隠しクエストに遭遇していたので、これがイベント時の特殊モンスターだということを即座に理解する。


 今回のイベントモンスターがレベル未設定なのは、推奨レベルがなかったためだろうが、それでも目の前のモンスターは彼らが戦った鉱山ダンジョンの5階層フロアボスのアンコモントカゲよりも遥かに強いことは確かである。


 アンコモントカゲは巨大なトカゲ型モンスターで、レベルは28となっている。その時はレンも居たが、大した相手ではなかったと思っていた。


 少なくとも目の前の敵は、それよりは骨がありそうな敵であった。尤も、蜘蛛に骨などないのだが。


「さて、細々いっても埒が明かないだろう。大技で仕留めるか。よし、私がヘイトを稼ごう。その間、ユーリカは離れた場所で『アローチャージ』、リックは姿を隠してから『アサルトチャージ』、攻撃が耐えきれそうなら私も『シールドチャージ』を行う。溜まり次第、攻撃だ」

「オッケー、任せて」

「りょーかい! 『インビジブル』っ!」


 オークラの指揮の下、三方に分かれる。


 ユーリカはオークラから離れて弓を掲げ、矢を張る。そして『アローチャージ』の宣言と共に力を溜める。


 リックは『インビジブル』を発動して姿を消す。攻撃するまで自身の姿を消すことができるスキルである。その間に『アサルトチャージ』を発動し、力を溜めるようだった。


 それぞれの動きを複数の眼球で追い、果たしてどこに行こうかと動き始めたガーディアン・メタルスパイダーは、ふと動きを止めてオークラの方を向く。


 オークラのアビリティである【ヘイト集中】の効果により、自動で敵の意識を集める。ガーディアン・メタルスパイダーは結果として、オークラに向けて進撃と攻撃を開始する。


「『テンプルガードナー』!」


 オークラは神殿騎士の持つ防御アーツ『テンプルガードナー』を展開する。発動時に受ける攻撃によるノックバックやスタン効果などを無効にするアーツである。ただし、発動中は移動できない。


 テンプルガードナー発動により青白く光る盾にガーディアン・メタルスパイダーの鎌が振り下ろされる。 カキンという金属同士がぶつかり合う音と火花が散り、オークラは動かなかったが大気が振動する。かなりの衝撃だったようだ。


 とはいえ、ダメージ量はそうでもない。それもそのはずで、現在のオークラのVIT値はサイモンの装備補正も含めて500をゆうに越していた。


 現状、レベル30のカンスト勢でも極端な極振りでもしない限りは頑張って伸ばしても1つのパラメーターステータスの値で300超えがやっとであり、事実オークラも複数箇所を伸ばしている為、装備なしの状態では現在のVIT値の半分程度しか無かったのだが、それを先程サイモンから手に入れた自慢の装備を身に着け、更に元々あった装備をサイモンに強化してもらったこともあって、今の数値に辿り着いていたのだ。


 現状、カンスト勢でも腕のいい生産職プレイヤーとの繋がりがなければギルド装備か一定のデメリット効果のある装備を使うしかない。


 ユークやレンもだが、現在のフライ・ハイはその装備のほとんどがサイモンによるものなので、現時点でトップクラスの性能を有している。防具は1箇所で合計60程度しか上がらないが、それでもギルド装備よりは遥かにマシである。


 特にユーリカと、今ここにはいないがナナミは種族補正と現在ついているジョブの補正とが、ステータス上昇値を打ち消し合っているため、本来ならばそこまでステータスは上がらないのだが、装備でだいぶ誤魔化せているというのが現状である。


 結果として、サイモンによるガッチガチの装備に身を固めたオークラにとって、ガーディアン・メタルスパイダーの攻撃は、そこまでではなかった。


(この感じだと、現状エリアボスに挑んでも勝てたかもしれないな……いや、それは慢心か)


 オークラは再び攻撃の構えを取ろうとしているガーディアン・メタルスパイダーに対し、今度はアーツの発動無しで攻撃を受ける。


 多少ノックバックはしたものの、痺れる感触もないためスタン効果は無さそうと判断したオークラは、『シールドチャージ』の使用を宣言する。


 シールド展開中に受けるダメージの一部を溜め、次の攻撃アーツ発動時にそのチャージ分のダメージを付与するという盾術アーツの一つである。


 次から次へと攻撃を食らうが、多少動く程度でオークラには大してダメージは受けない。盾で防いでいるのもそうだが、それでも現在のVIT値的にオークラのHPを大きく削れるほどのダメージ量はガーディアン・メタルスパイダーには無かった。


「オークラ! 準備完了よ! 多分、リックも行けるはずよ」


 その時、ユーリカが準備完了を示唆する。リックのアサルトチャージも同じ程度の時間が必用なので、おそらく準備完了だろう。仮にまだだとしても、ユーリカの攻撃の後は隙だらけになるだろうから、幾らでも暗殺術のスキルやアーツを打ち込むことができる。


 オークラはシールドチャージを解除、盾術アーツである『ノックバック』の使用を選択する。その後、鎌による攻撃を繰り出していたガーディアン・メタルスパイダーの腹部に向けて盾を叩きつける。


「仰け反れ! 『ノックバック』!」


 オークラがスキル名を叫んだ瞬間、彼の持っていた盾が輝き、衝撃波を放つ。その威力は、ノックバック単体だけでなく、シールドチャージによって蓄積された、ガーディアン・メタルスパイダーがそれまで打ちつけてきた攻撃の分のダメージの一部も加わったことにより凄まじいものとなった。その衝撃により、勢いよく後ろに吹き飛ばされたガーディアン・メタルスパイダーはそのまま体勢が崩れる。

 咄嗟にオークラはユーリカの射線上から離脱し、後のことを任せる。


 ユーリカは溜めに溜まった光が迸る弓矢を手にしてガーディアン・メタルスパイダーに狙いを定める。とはいえ、命中するかどうかはさほど問題ではない。


 何故なら今から放つアーツは、狙わなくても当たるのだから。


「――『バスターシュート』ッ!」


 ユーリカが高らかに叫ぶと、力が溢れていた矢が解き放たれ、そこから巨大な矢がガーディアン・メタルスパイダーに向けて飛んでいく。


 やがてその巨大な光の矢は分裂し、大量の小さな光の矢となってガーディアン・メタルスパイダーを包み込む。


 その光の矢は次々ガーディアン・メタルスパイダーの装甲に当たり、砕けては当たりを繰り返し、怒涛の光の雨が降り注いでいく。


 雨が止んだとき、そこには各所の装甲がボロボロに砕けていたガーディアン・メタルスパイダーの姿があった。虫の息、とまではいかないがかなりのダメージを負ったようである。


 かなりの大技を発動した結果、ヘイト集中を超えてガーディアン・メタルスパイダーの敵意はユーリカに移る。


 しかし、ユーリカは動じてはいない。


 何故なら光の雨が止んだあと、もう一人の仲間がガーディアン・メタルスパイダーの真上に立っていたのだから。


「――『決死行・確殺』」


 リックは敵の死角をついて、自らが持つクナイによる渾身の一撃をガーディアン・メタルスパイダーに打ち込む。限界まで溜めたアサルトチャージの効果により即死効果が高まった上に、暗殺術アーツにより敵の急所を確実に攻撃する。


 それでかなりのダメージを負っていたガーディアン・メタルスパイダーが倒れないわけがなかった。


 巨大な機械の蜘蛛は力を失い、そのまま落下する。リックは離脱しようとしてうっかり挟まってしまい、そのまま崩落に巻き込まれてしまった。


「ちょっ、ちょっとリック! 大丈夫?」

「う~ん、ちょっと助けて?」


 残骸に飲まれ、身動きが取れなくなったリック。オークラは小さくため息をついて、ノックバックを使用しながら残骸を吹き飛ばしていく。


〈戦闘終了。現在、特殊イベント進行中なのでドロップ・経験値は獲得できません〉

〈ガーディアンを討伐しました。もう片方のメンバーが到着次第、扉が開放されます〉


 アナウンスが響き、まだユークたちが辿り着いていない事を知るオークラたち。


 しばらくはかかるかもしれないと思って、今のうちに軽く回復を行うこととなる。


 ナナミが居れば回復術で回復できたが、今は居ないためアイテム頼りとなる。ゲーム開始後でそこまでお金がない……というわけでもなかったが、サイモンの装備でそこそこの出費をしたので、回復アイテムをしっかり買い揃えるのは思ったより難しかった。


 だが、今回はユーリカのリアルでの知り合いである生産職プレイヤーに融通してもらったため、何とかなっている。効果は低いものの、第一エリアでの素材と考えると十分な効果だし、オークラのダメージ量的にもこれくらいで十分だった。


 しばらく休んでいると、扉が開く。どうやらユークたちが向こうのフロアに辿り着いたらしい。オークラは自身のフレンドチャットに届いた文章を見て、向こうが結構大変な事になっている事をしり、道の選択を間違えたかなと思うのであった。


 ――――――――――

(8/19)オークラのVIT値のサイモン製装備の説明と盾術アーツ『ノックバック』付近の描写を一部加筆しました。

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