マニュアル生産とリアル技術
「しかし、オークラのやつがあのサイモンと知り合いだったとはな」
「ん? レンは知り合いだって知らなかったのか?」
「知ってたらここまで驚いてない」
一人ムッとしているレン。
紹介された生産職のβテスターはサイモンさんといい、なんと新進気鋭の天才鍛冶職人としてテレビにもよく出ることがある
確か、まだ30代にも関わらずその道の職人の多くから、その才能を認められたとして話題になっていた。そしてかなりのゲーム好きらしい。
βテスト自体、その鍛冶職人としてゲーム内の鍛冶がどうなのかをチェックしてもらうことを目的として運営側から参加を打診され、二つ返事で了承したらしい。
この話をオークラさんから聞いて知ったが、実は100人のβテスターのうちの何名かはサイモンさんのように運営から直接打診されたり、抽選者の中から運営より直接抜擢されたりしたらしい。いわゆる運営側のテスターという形で、主に仕様の整合性の確認やバグ修正、より複雑な動作における不具合などを確かめたりしていたらしい。因みにその枠のせいでβテスターは実は100人以上いるという噂があるようだが定かではない。
……これで父親が運営側であるシグねぇが運営抜擢枠だという可能性が出てきたのだが、ぶっちゃけあの叔父さんなら普通にやりかねないと思ってしまう。あの人、俺には当たり厳しいけど娘にはホント甘いからな……。まぁ、シグねぇならそういった確認作業とかもしっかりこなしてくれるだろうから、テスターとしては問題ないのだろうけどね。
そんなサイモンさんだが、現在は鍛治をやりたくて始めたファーストロットプレイヤーたちに自分が会得したゲーム内ではないリアルの技能をかいつまんで教えるということを行っているらしい。
「しかし、あの渡辺彩紋がゲームの中で鍛冶教室か……なんか凄いな。別のところでは、有名パティシエが料理教室をやってたりするし」
「生産プレイヤーにとってリアル技術は重要だからな。あっちもあっちで、全体の腕を上げないと需要が集中してパンクするし」
俺の呟きにレンが反応する。
スキルによるフルオート生産よりもアーツを用いたマニュアル生産の方が質が高いというのは、人形製作の際にも触れたが、実はそのアーツを用いたマニュアル生産よりも、スキルやオートを使わずにアビリティ補正とリアル技術のみで行う『フルマニュアル生産』の方が更に質が高くなる事がβテスト時に明らかとなり、この事からアルターテイルズにおいてはリアルと同じ手順で手を加えるほど質や性能が良くなるという法則が存在することが明らかとなった。
その法則が発見されたきっかけは、【調理】を取ったリアルで料理が得意なプレイヤーが、完全に自分の技術で作った料理とアーツで調理した料理を食べ比べた際に微妙な違いを感じたことらしい。確かに味の差というのは分かりやすいだろう。
マニュアル生産とフルマニュアル生産との差がどこまでのものなのかは、βテスト時代に多くの生産職プレイヤーが検証することとなる。
結果的にβテスト最終日に、最初から最後までリアルと同じやり方でなくとも、アーツのマニュアル生産の際に少しでもリアルでの生産方法を取り入れる、またその生産における最も重要な工程をリアル技術での作成を行う、という事を遵守すればフルマニュアル生産と同じ効果が出ることが明らかになった。
そういう事もあって、ゲーム内でもリアル技術は必要なものとなり、有志のβテスターや特定の技能をリアルで齧ったことのあるプレイヤーは、それらの技術の指南を行っているらしい。
サイモンさんもその一人ということだった。
まぁ、理由としてはレンが言った通り、特定のプレイヤーだけが特出した技術を持っていると、そこにばかり需要が集中してしまい、供給が追いつかなくなるためである。
なお、リーサの人形製作については、リーサがどこまでスキルやアーツを利用したのか本人にしか分からないのでなんとも言えないが、
「だが、あのサイモンの装備となると俺も身銭をかなり切る覚悟をしないといけないな」
「せめて俺の宝石とトレードして貰えたら助かるんだが、駄目なら諦めよう……」
そんなこんなで、オークラさんが招待してくれたサイモンさんかいる鍛冶工房へと辿り着く。
すると、俺はその工房の中で鍛冶のリアル技術習得に熱心に取り組む、ある女性プレイヤーの姿が目にとまった。
「あれ? サザンカさん……?」
熱心に取り組んでいたため、俺には気付いていなさそうだ。
とはいえ丸一日以上前で、なおかつかなり濃厚な時間が体験できるアルターテイルズだ。俺のことなんて忘れててもおかしくはないよな。
奥の方でオークラさんが手を振って俺たちのことを呼んでいたので、サザンカさんのことは一旦置いておいてそちらの方に向かうことにした。
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(8/19)βテスターの運営抜擢枠について具体的に追記しました。
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