イアンの防具店、再び


 レンにおすすめの店があると告げてから、東門に向かう通りから外れて歩いていく俺たち。


 リーサはともかく、レンもこういう場所は歩いたことがないらしく、辺りをくまなく見回している。


 リーサに至っては独特の薄暗さも相まってかフィーネを抱きしめながら歩いている。フィーネは素知らぬ顔だ。


 ゼファーは俺の方で丸まって寝ていた。透明化が解除されていないか不安だ。


 そして目的地となるイアンの防具店が目の前に現れる。明かりが灯っているため、中にはいるようだ。入り口の金具を叩きつける。


「……入ってこい」


 イアンの返事が聞こえたので俺たちは、中に入っていく。相変わらず乱雑に積まれている防具を見て、目を目開くレン。


 そこに置いてある防具がかなりの性能であることに驚いているのだろう。


 俺もよくよく考えて気付いたのが、まだゲーム開始直後なのにプレイヤーメイドで物凄く性能が高い装備があるわけがないんだよな。


 仮に居ても、そういうプレイヤーはβテスターであることが多く、かつてのレンたちみたいにβテスター同士で組んでプレイしている事が多いため、基本的に市場に出回ることはない。


 それを抜きにしても、普通にここの装備はプレイヤーレベル30近いプレイヤーでも使うことができる性能だった。レンの反応がその最たる証拠である。


 だが、多分レンはそれらの防具を手に入れることは出来ないだろう。


「……ユークか。よく来たな。見るにそれなりに腕は上がったようだが、何のようだ? 今のお前に渡せる防具などないぞ」


 案の定、俺にはもう防具を買う権利がない。


 前に店に行ったときに一度きりイベントかと思っていたが、どうやらそれは間違っていなかったようだ。


 まぁ残念ではあるが。


「……そこの男は連れか? そいつにも渡せる防具はないぞ」


 次にレンを見てからイアンははっきりと言い放った。やはり断られた。


 レンは防具とイアンを見比べて、明らかに落胆した様子で肩を落とす。


「……そこの娘は……ふむ、お前になら合う防具があるかもしれん。どういうものがいいか?」


 最後にリーサだが、彼女に対しては防具を探してくれるようだ。


 やはり、この店は初心者向けの高性能防具店。おそらくジョブ習得前に一度だけ買うことができるという仕様だろう。


 俺の場合、セドリックというNPCに出会って教えてもらったが、その俺の紹介という形でも大丈夫なようだった。


「えっと、どういうのがいいのかしら?」


 リーサはどういう防具がいいのかよく分かっていない。まぁさっきのステータスの割り振りも俺たちの提案通りにしかやってないからな。


「取り敢えず、MPが上がって、VITとMINを両方とも上げられる装備が合ってるかもしれないな」

「いや、AGIを上げたほうが良くないか? 当たらなきゃどうとでもなるだろ」


 俺とレンの意見が対立する。意見としては前者が俺、後者がレンだ。


 俺の場合、咄嗟の攻撃に耐えられるように2つの耐久ステータスを上げるべきだという意見。


 レンの場合、咄嗟の攻撃には避けて対処するためにAGIを上げるべきだという意見。


 ステータスの上がりを見るなら後者の方が上げる箇所が少ないから、1つあたりのステータスが上がりやすい気がするが、それも防具によるから前者の方でも万遍なく上がるかもしれない。


 そんな俺たちの意見を聞いて、イアンは店の奥に向かう。イアンはどっちの案を取り入れるのだろうか。


 そしてイアンは防具をまとめて持ってくる。……えっ、なんかちょっと多くない?



『桃色蝶の髪飾り(☆2):頭装備。モモイロチョウを模した髪飾り。本物は使っていない。

 MP+20』

『黒雲牛のケミカルジャケット(☆3):胴体防具(追加:腕)。ブラックラウドカウの革を使用した半袖ジャケット。見た目よりは動きやすい。

 MP+20、VIT+20』

『マジカルハンド(☆2):手防具。魔法がうまくなるように思わせる手袋。実際にはうまくならない。

 MP+20』

『燐鳥のドレススコート(☆3):腰防具。フラッシュバードの羽毛を用いたショートスコート。魔術耐性がある。

 MP+10、MIN+20』

『黒雲牛のケミカルショートパンツ(☆3):脚防具(追加:腰)。ブラックラウドカウの革を利用したショートパンツ。見た目よりは動きやすい。

 MP+10、VIT+10』

『クロッカスブーツ(☆3):靴防具。花飾りが付いたブーツ。華のように舞える気分になる。

 MP+10、AGI+30』

『赤角兎の耐火頭巾(☆3):外套防具。レッドホーンラビットの毛皮を利用した頭巾。燃えにくいため、火事でも安心。

 MP+10、MIN+10、効果アビリティ【火傷耐性】追加』


 いや、なんかすごいことになってるんだが。


 複数部位の装備を含めたら完全に全身揃ってるんだけど。


 これでステータスがMP+100、VIT+30、MIN+30、AGI+30か。結局、俺とレンの双方の意見を取り入れたみたいな形か。


 それにしても、イアンが作ったにしてはやや志向がバラけているような気がするし、説明文もなんかコミカルだ。


 フラッシュバードとか第一エリア内でもかなり高ランクのモンスター素材を使ってるし。ブラックラウドカウは流石に初耳だけど。どんなやつかはちょっと気になる。


「……これは俺の姉が昔作った防具でな。今は独立して『ハッシュ』に居るのだが、お前たちの意見を取り入れつつ女性向けの防具となるとそういうものになった。少し古いが、性能としては十分だと思うが。……あと説明は、俺たちが付けたものじゃないから気にするな」


 成程、製作者が違うのか。だからバラつきがあるように思えたわけだ。説明文は別に製作者とは関係ないらしい。確かにプレイヤーメイドの『星森のペンダント』の説明もシステム的な感じだったな。


 デザイン的には髪飾りと頭巾以外は白と黒を基調としているため悪くはなさそうだ。


 ジャケットも半袖なのでフィーネにMPを送るドールリンクバングルとは干渉しなかった。


 デザイン的には、リーサの好きそうなジャンルかどうかは定かではないが、防具を見たときに結構良さげな反応をしていたので問題はなさそうだ。


 しかし、俺のときは上下の革鎧だったというのにこの差である。やはり、こういうゲームは女性のほうが装備が豊富だったりするからな。


「えっと、取り敢えず試着してみてもいいですか?」

「……構わんが、試着室みたいなものはないから、向こうの衝立の先で着替えるといい」


 リーサは取り敢えず着てみてから決めて見るようだ。まぁ確かに着てみないと外観は分からないからな。俺なんて性能を見て即決めたからなぁ。


 衝立の先に向かうが、着替え自体はシステムメニューの装備で行うために一瞬で切り替わる。一応、店の外に着ていかなければお金は取られない仕様のようだ。


「そういえば、さっきお姉さんが居るって言ってたけど、イアンより腕が立つのか?」

「……そうだな。俺なんかは初心者向けしかまともに作れんが、姉はそうだな……並の来訪者と遜色ないほどには腕がある。憧れの存在だ」


 イアンはその強面の顔でニヤリと笑うと、遠くにいるであろう姉に対して思いを馳せる。


 うーむ、運営が生産プレイヤーの基準をどう取っているのかは知らないが、流石に過大評価な気はする。この男の防具が低ランクとかありえないし。


 多分、イアンの姉はトップクラスの裁縫士と同レベルの技術を持つことになるんじゃないだろうか。


 そんな会話をしていたところ、着替え終わったリーサが衝立から出てくる。


 デフォルトのアンダースーツの上に白と黒のツートンカラーで彩られた半袖ジャケットを着ており、更にその上から赤い頭巾がついたミニコートを羽織っている。真っ白なショートスコートの下に膝上丈の黒いショートパンツが映える。靴がだいぶ大きめなので髪飾りと共にいいアクセントとなっている。


 纏まりは確かにないかもしれないが、それでもある程度様になっているように見えるから女性向けの装備はホントズルい。


「ね? どうかな?」

「あぁ、似合ってるな」

『素敵だと思います』


 似合ってるかどうか尋ねるリーサを諸手で褒めるレンとフィーネ。俺も素直に似合っていると伝えておいた。


 防具代の方は、リーサはフィーネを作るときにお金を使い果たしたのでどうするのかと思っていたが、どうやら昼に別れた際に自分で採集してて換金してなかった素材を売っていたらしく、そのお金をほぼすべて使うことでこれらの防具全てを購入することになった。お古であるから多少は安くなっているらしい。


 10000FG近くあった所持金がまた無くなったとはリーサの談である。


 やはり、イアンはプレイヤーの所持金を把握している感じなんだな。これでもうしばらく会うことは無いかもしれないが、そういうところは覚えておこう。

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