第二章『隠しクエストと精霊姫』

隠しクエストと戦闘人形

妥協だけは


 ――翌日。午前9時。


 アルターテイルズにログインした俺は、見覚えのない茶色く汚れた天井を見上げていた。


 宿屋のベッドの上で目が覚めた俺は、すぐ真横で丸まって眠っているゼファーの姿を発見する。どうやらここで眠ってログアウトしたあと、ゼファーも眠っていたらしい。


 寝顔を確認しようかと思ったら、そのままゼファーは目をパチリと開き、勢いよく飛び上がる。


「おはよー! 相棒!」


 寝て起きてリフレッシュしたのか、今日も相変わらず元気だった。どうやら昨日のナイーブ状態はどこかへと飛んでいったようだ。良かった良かった。


 宿屋を後にすると、既に村の広場にはレンとリーサの姿があった。


「おうおう、自分だけ宿に泊まるなんてズルいなぁ、ユークさんよぉ」

「うるせぇな。一泊500FG支払うだけの意義を感じたから泊まっただけだよ」


 そんなに言うならお前も泊まれば良かったじゃないか。


 結局ログアウトするだけなのに宿屋に泊まる理由なんて、HPとMPを回復したいってだけだからな。ダメージも食らってない、アーツメインでスキルを使わないからMPが減らないレンは……泊まる理由なんて無かったな。


 リーサは別に泊まっても良かったんだろうが、時間的にそれどころじゃなかったし、新規だから所持金がもったいない。


 まぁ、現状俺が一番金を持ってないんだけどな。


 取り敢えず、後で要らない素材を売りに出そう。


「取り敢えず、あっちの方に移動しながら今日やることを話そう」


 レンは近くにあるギルド施設を簡略化したような建物を指さしながら話し始める。あっちに行こうってことか?


「ねぇ、あの建物って何なの?」

「あれはギルド支所って施設らしい。冒険者ギルドや生産者ギルド、商人ギルドの最低限の設備だけある感じだな」


 この鉱山の村のような『村』は、はじまりの街のような市街地エリアの『街』と比べると圧倒的に規模が小さい。そのため、必要最低限の施設だけが凝縮されているということになる。


 ギルド以外では、俺が利用した宿屋の他にジョブチェンジを行うために必要となる『神殿』や生産活動に必要な『クラフトハウス』、そして幾つかのNPCによる店ってところだ。


 そんな村だが、それぞれ村によって特徴があるらしく、この村では鉱山の村という名前なだけあって、鉱石関係のアイテムやそれをもとにした装備品がはじまりの街よりも充実していた。


 あちこち煙が上がっているのも、鍛冶士が多い証拠である。


「取り敢えず、ここで足りない素材を集めてからリーサには人形製作を頑張ってもらう。こればっかりは俺たちには手伝えることはもうないから、ここからは別行動になる」


 レンがそう告げると、リーサは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。まぁ確かに昨日もあんまり一緒に遊んだっていうよりはずっとエスコートされていただけって感じだったから、今日もそんな感じなのかと思ってしまったのだろう。


 だが実際問題、人形製作にその手の生産スキルや技能を持たないプレイヤーが手を出したところで評価を落としてしまう原因になりかねない。


 とはいえ流石に可愛そうだな……。よし。


〔なぁ、ゼファー。リーサの側で彼女が人形を作るのを見守っててくれないか?〕


 従魔士は従魔がいてなんぼだが、別に必ずしも連れ歩かなくてはならないという制約はない。


 それこそ、ゼファーははじまりの街の中では自由に飛び回っていたからな。ここに来るときだって、俺が呼ばなかったら帰ってこなかったわけだし。


〔んー? 別にいいけど、相棒はその間どうするんだ?〕


 従魔を連れて歩かないといけないわけではないが、逆につれていかないと従魔士は戦力ダウンする。とはいえ俺の場合は精霊術が使えるので、まだ何とかなる筈だ。


〔俺は取り敢えずこの街の中の散策かなぁ。ちょっと調べたいことがあるからな〕

〔えー、そっちの方が面白そう! ……まぁでも、相棒の頼みだからな。仕方ない、引き受けてやるよー!〕


 一瞬断られるかと思ったが、何とか承諾してくれた。それじゃあ頼むぞ、ゼファー。


 その後、俺たち3人と1体の精霊はギルド支所にゆき、残りの素材を買い集める。


 そして近くの個室タイプのクラフトハウスを借りる。ここまでで普通にリーサの所持金をオーバーしたため、残りはレンが立て替えていた。


 個室は広くもなく、かといって狭すぎるという事もなく、ちょうどいいスペースの作業場であった。奥には焼成用の窯があるが、まだ火がついていない。生産技能を持ってるやつがそこに触れると自動で点火する仕組みらしい。


 取り敢えず、俺たちは昨日の採掘で集めた素材を出していく。ゼファーも幾つか取っていたようで、陶芸土が数個増えることとなった。


 結果、4個あった机のうちの2つが素材で埋まってしまう。そのほとんどが陶芸土なわけだが。


 素材としては載ってなかったが、使えるかもしれないのでセラミック強化剤も置いておくことにした。焼き付けるときに強度を上げてくれるということなので、ランクを上げるには丁度いいだろう。


 おまけにゼファーの隠しダンジョンで手に入れた宝石の一部も置いておいた。よく分からない部品だと言っていたマギアハートやアニマハートは実は人形のコアユニットだったことが分かり、そのパーツの素材として使えるものに宝石があったので、評価を上げるために使ってほしかった。


「えっ、いや、流石にこれは使えないよ……」


 リーサは突然宝石を出されて困惑している。まぁそれもそうか。売れば数千、いや数万FGになるのだから、そんなものを突然あげると言われても困るだろう。


 とはいえ、結構な量をゼファーから貰っているので、今更数個減ったところでこっちとしてはなんの問題もない。ゼファーにも朝ログインしたときにちゃんと了承は取っている。


「俺たちがサポートできるのはここまでだけど、リーサにはちゃんとした人形を作ってもらいたい。それこそ、変に妥協したものじゃなくて、持てるすべてを出し切ってほしい。だって、そうじゃなきゃつまんないぜ?」


 そうレンが告げると、リーサは黙って頷く。


 まぁゲームなんだから妥協はつまんないよな。うん、よく言ったレン。


「じゃあ、私頑張ってみるよ。確かに妥協しても面白くないもんね。やるからには最高のやつ、作ってみせるわ!」

「その勢いだぜ、リーサ。あと、ゼファーも付いていてくれるから。……ゼファー、リーサが窯で作業するときに、あんまり熱くならないように風で涼しくしてやってくれ」


 そうゼファーに告げると「おうよ!」と元気な返事が返ってくる。リーサもゼファーが居てくれると知って少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。


「よろしくね、ゼファーちゃん!」

「おう! おいらに任せとけ!」


 作業場に籠もることになったリーサと別れた俺とレンだが、レンは昨日のβテスト時代のメンツ――既にチーム『フライ・ハイ』を結成していた――と共に鉱山ダンジョンに向かうらしい。


 昨日の今日でもう一緒にパーティー組んで遊ぶのだから、ホントに仲が良かったんだな。


 しかし、高校生らしいユーリカやリック、大学生らしいナナミさんはともかく、オークラさんは社会人の筈だが平日の朝からゲームしてて大丈夫なのだろうか。


 俺は予定通り、この村を散策することにする。


 調べたいこととは、例えば始めたての頃に出会ったセドリックやイアンみたいな出来事が、この村でも起こるかどうかということだ。


 そういえばセドリックで思い出したが、買ってた焼き串は結局渡しそびれていたな。ストレージ内では腐らないから問題ないとはいえ、流石に時間が経ったものを渡すのも気が引けるし、後で俺とゼファーで食べることにしよう。


 取り敢えず、散策開始だ。




 ――――――――――――――――――――


※7/8:プロローグの時系列を変更しました。イベント開催をゲーム開始後一週間となる日曜に変更しました。

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