ハンバーグ

 その後、昼過ぎに帰宅した俺は、制服から完全な部屋着へと着替え、黙々とテキストの課題を片っ端から片付けていった。


 そしてふと休憩がてらに携帯を開き、アルターテイルズの事前考察サイトを見ていく。


 アンケートを取っていたのか、なりたいジョブランキングというページがあるので、興味本位で開く。


 やはり戦士や魔術士の人気がツートップなことには変わりないが、意外と生産職系のジョブの人気も高い。


 これはゲームシステム上、生産職の存在がかなり大きなものになっていることが大きい。


 装備品や消耗アイテムは、フィールドやダンジョンで手に入れる他にNPCの店からも購入できるが、生産スキルを覚えたプレイヤーからも購入したり譲渡してもらったりすることもできる。


 その生産スキルを覚えたプレイヤーのステータスやアビリティレベル、そしてマニュアル操作での腕前などに左右されるが、基本的にプレイヤーメイドのものの方が、NPCの店売りのアイテムよりも品質も効果も高くなることが多い。


 そういったことから、システム上でも生産職を優遇している部分もある。例えば生産職は一部しか戦闘能力を持たないが、戦闘しなくてもプレイヤーのレベルは上げることができる。これは生産活動も経験の一つだと運営が認めているからである。


 他にもNPCに素材採集中の護衛をしてもらえる護衛システムや、生産活動において素材の流通や生産品の売買が行えるギルドなどのシステム補助がある。


 そういった点から、物作りをメインにプレイしたいスローライフ系プレイヤーからも歓迎されているのであった。


 成程そういうのもありかなと思いかけたが、自分は従魔士になるんだと自己暗示に近い呟きを繰り返し、なんとか落ち着かせる。


 とはいえ、育成方針的にテイムモンスターが捕まえられなければ基本的な生産職とほぼ同じステータス割り振りになってしまうことには薄々気づいている。


 いざというときは、ホントになろう生産職。


「俺が目指す従魔士は……まぁ載ってないわな」


 残念ながら従魔士はランク外。聞いたこともないジョブの名前が出ている中で誰も挙げていないという事実に苦笑いする。


 因みにそのサイトでは従魔士は『運良く高ランクモンスターがテイムできたらなってもいいかもしれない』という評価であった。


 そんな評価にしゅんとなりながら、再び課題を再開する。


 そして休憩がてらに考察サイトを見て、課題をするを繰り返す。


「さて、取り敢えずこんなもんかな……って、この匂いは?」


 課題をひとまず片付けた時、ふと部屋に漂ってくる匂いに気付く。デミグラスソースの匂いだった。


 壁にかかっている時計をみるとそれなりに良い時間になっていた。


「あ、そういえばシグねぇたちがメシ作りに来るって言ってたの忘れてた……」


 その時、昨日の夕方辺りにイトコのお姉さんである、シグねぇ――九条時雨くじょうしぐれから電話でそう伝えられていたことを思い出す。


 完全に頭の中がアルターテイルズと課題でいっぱいになっていたから仕方なかったとはいえ、流石に善意でしてくれたのに、完全無視は人として最悪だ。


 慌てて部屋を飛び出した俺は、その場で誰かとぶつかってしまい、昔からヒョロかったためかそのまま後ろに倒れてしまう。


 相手の方も倒れたみたいなので、慌ててその顔を見る。うん、シグねぇだった。


「痛たぁ……あ、ユーくん、お疲れさま。ご飯できたよ?」

「うんありがとうシグねぇ……じゃない、ごめん! 大丈夫!?」

「大丈夫よ、ちょっとびっくりして倒れただけだから」


 流石に大怪我はしてないだろうが、ぶつかっておいて謝らないのは人として云々。


 それはともかく、どうやら今日はシグねぇ一人だけのようだ。


 いつもは双子の妹の美晴みはる紗雪さゆきの二人も一緒について来ているので、とても騒がしい。


 それこそ、あの二人が来ていたら課題途中でも突然部屋に入られて、物を物色しだして、ゲームを見つけて、一緒にやらされて、そしてボコボコにされるんだ。……俺が。


「えっと、美晴と紗雪は一緒じゃないの?」

「あの二人は、そうね……さっきまでのユーくんみたいな感じよ」


 そう言うとシグねぇは遠い場所を見るように目を細めて、だいたいシグねぇたちの家があるであろう方向を向く。


 どうやら、二人ともアルターテイルズのファーストロットにログインするためにある程度、夏休みの課題を進めている真っ最中なのだという。


「へぇ、シグねぇはβテスターだったからやれるとは思ってたけど、あいつらも確保できてたんだ」

「まぁ、お父さんがかなり無茶したみたいなんだけどねぇ……」


 そう言うとシグねぇは口をへの字に曲がらせて、困ったような表情を浮かべる。


 彼女たちの父親、俺にとっては親父の弟なので叔父に当たるのだが、実はアルターテイルズのゲーム運営をワンダー・エクシレル社から委託されている企業に務めており、しかもそれなりに偉い立場にある。


 その特権を利用して、妹二人のパッケージをむりやり入手したということであった。


 転売業者を潰した際に宙に浮いてしまったパッケージが何本かあるらしいという話は前に叔父に会ったときに聞いたので、おそらくはそのパッケージを娘二人に渡したのだろう。


 まぁ、シグねぇ含めた三姉妹は昔からゲーマー姉妹として親戚中に知られているので、シグねぇ一人だけがプレイできるのは二人にとっては耐え難い苦痛だったのだろう。


 まぁ、結果的にそれで課題が進むので叔母さんにはありがたい話ではある……筈だ。


「取り敢えず、晩御飯にしましょうか」


 そう言ってシグねぇはリビングに向かう。


 食卓にはデミグラスソースがかかったハンバーグが置かれていた。


 シグねぇと晩御飯を食べながら再度アルターテイルズの話を始めるが、シグねぇからは案の定、従魔士はやめなさいと言われてしまう。


 まぁ、βテスト時代に一度だけ行われた闘技場でのバトル大会で他のβテスターを圧倒した伝説を持つシグねぇからすれば、修羅の道に進もうとしているのは止めたいと思うのも仕方ないだろう。


 まぁ、今更この方向を変えることも面倒だし、出来なかったら出来なかったで生産職になるからと適当に理由を言ったら納得してくれた。


 まぁ、なんでゲームのジョブの話でここまで心配されなきゃならんのかという話でもあるのだが。


「このゲーム、一度ジョブを決めちゃうと変更するのに専用のアイテムが必要なの。しかもそのアイテムがかなり入手難度が高いから、下手なジョブにつくと後戻りが出来なくて大変なのよ」


 シグねぇの言うとおり、このゲームはジョブ選択をミスるとかなり躓くことになる。


 しかもそのジョブ選択が、プレイヤーのパーソナルレベルがレベル10になったらその時点で強制的に行うことになるため、それまでに条件を達成する必要があるのだ。


 まぁ、数撃ちゃ当たる戦法で駄目なら本当にその時はその時という話になる。


「ま、なるようになるさ」


 正直、今の状態だとそれ以外に言うことはない。


 もしかしたら本サービスでテイミングの成功確率が高くなっているかもしれないが……まぁ、期待しすぎてもそうでなかった時の失望感がとんでもないことになりそうなので、あまり考えないようにしよう。


 そのまま晩御飯を食べ終わったシグねぇは、幾つか作り置きのおかずがあることを言い残し、双子の様子が気になるからと慌てて帰っていった。


 ……さて、取り敢えず日曜までにはある程度課題は終わらせないといけないし、取り敢えず再開するか。


 その後、気付いたら深夜になっていたので慌てて歯磨きして寝た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る