ジョブと方向性
下校途中、蓮司の提案どおりにカフェシルクに寄り、いつものキヌさんのコーヒーとサイドメニューのサンドイッチを注文して、月曜から始まるアルターテイルズについての話をする。
平日の昼間だからか、カフェにいるのは俺たち以外だとそこそこのご老人ばかりである。
オーナーのキヌさんもそこそこ高齢なので、おしゃれな老人たちの溜まり場みたいな状態になっている。因みにキヌさんの本名は不明である。誰もがキヌさんと言っているのでそれに倣ってキヌさんと呼んでいる。
因みにアルターテイルズの抽選に当たった際、購入資金を貯めるためにキヌさんに頼み込んで土日にアルバイトをさせて貰ったことがあり、その時は流石にマスターか店長と呼んでいた。
「で、蓮司はどういうビルドにする予定? βテストのまんまか?」
「そうだな。取り敢えずβテストの時と同じ
蓮司はβテスト時代のまとめサイトを見ながら答える。そこには2週間で100人のプレイヤーがかき集めた情報が詰まっている。人類の叡智の結晶だ。
ジョブとはプレイヤーのステータスなどに補正を与え、専用のアビリティやスキル、アーツを与えるシステムのことである。どのジョブを習得するのかで、ゲームのプレイスタイルは大きく変わってしまうのだ。
ステータスは『HP』や『MP』といった戦闘中に増減するゲージステータスと、『STR』や『VIT』などの個別の能力値を表すパラメーターステータスとが存在する。
パラメーターステータスは6つ存在しており、『STR』が筋力、『VIT』が耐久、『INT』が知力、『MIN』が精神、『AGI』が俊敏、『DEX』が器用を表している。これらのステータスが戦闘や生産などで各種必要になってくる。
基本的にこれら8つのステータスをプレイヤーはキャラメイクやレベルアップ、ステータスポイントの割り振り、装備品などでカスタマイズすることができ、どのステータスをどう伸ばすかで、戦い方やプレイスタイルは大きく変わり、勿論習得できるジョブの系統も大きく変わる。
例えばSTRメインで育成すれば物理攻撃を得意とするジョブが合い、INTメインで育成すれば魔術などの術式スキルメインで戦うジョブが合う。
育成方針は人によって様々だが、ある程度βテストの時点で出来上がっているものもあり、さっき蓮司が挙げていた軽装系ジョブでのヒットアンドアウェイ戦法は、人気はそこまで高くはないが確実に強いとされる育成方針であった。
「なるほどなぁ。まぁ、取り敢えず俺は
「……やっぱガチで従魔士で行く予定なのか?」
「そりゃまぁ……な」
コーヒーを啜りながらほとんど定まってない方向性を語ると、蓮司は怪訝そうにこちらを見つめる。まぁ、蓮司が心配している理由は俺にも分かっている。
それは従魔士がβテスト時にかなりのハズレジョブとして扱われていたから、ということである。というかβテスト中に従魔士であり続けたプレイヤーは100人中たった1人だったりする。
理由はテイミングの成功率がかなり低かったこと、そして低ランクのモンスターを育成しても他のジョブが持つ高威力のアーツやスキルには敵わないということであった。
従魔士にはプレイヤーのステータスに関する補正効果はない仕様となっており、純粋に使役するモンスターを強化するというジョブなのだが、その対象となるモンスターが低ランクだと、いくら育成しても普通の戦闘ジョブ持ちプレイヤーにスキルやアーツの以前に、ステータスの時点で敵わないのである。
かといって、高ランクモンスターをテイムするには、従魔士の貧相なステータスではダメージを与えることすら難しい。
βテスト時代は、わざわざ従魔士のテイミングをサポートするというよりも、その高ランクモンスターを殴って経験値とドロップアイテムを手に入れる方が手っ取り早かったので、協力してもらうというのは絶望的だった。
最後まで従魔士であり続けたプレイヤーは、幸運にも手伝ってくれる知り合いがβテスターにいたからであり、運良く高ランクモンスターをテイムできたから続けただけで、出来なかったら生産職になろうと思っていたと自身のブログで語っていた。
「まぁ、テイミングをはじめとして、スキルの成功率はDEX依存だから、DEXに極振りすればテイミングの成功率は上がるだろうが、そうなると戦闘能力が皆無になってしまう」
「結局そこなんだよなぁ、懸念点。まぁ、結局スキル使うためにMPも上げないといけないし、それなら魔術スキルを使うためにINTも上げるのが無難なのかもな」
悠人が対策を考えていると、蓮司はうーんと腕を組んで考え込む。
「……魔術スキルとテイミングスキルの同時利用は、すぐにMPが枯渇するぞ」
「それな。だから俺は【杖術】を取ろうと考えてる」
コーヒーを飲み干した俺は、蓮司に向けてドヤ顔で答える。蓮司は何を言ってるんだこいつみたいな顔で見ている。やめろよ、照れるだろ。
「【杖術】って、STRが無ければ大してダメージは出ないんじゃないか?」
「βの情報サイト見てて気づいたんだけどさ、どうやら打撃武器って斬撃武器に比べてクリティカル発生率がそれなりに高めらしいんだよ。それなら、STRが低くてもクリティカルが出れば結構ダメージを与えられるんじゃないかなぁって。……まぁ、クリティカルがでないとカスみたいなダメージしか与えられないんだけどな」
「成程、DEXでクリティカル発生率を上げる感じか。……実用レベルになるためにはかなり時間が必要そうなこと以外はアリだな」
「いや大問題だよ、それは」
コーヒーを飲み終わってしばらく最高の育成方向が何かを考えていると、頼んでもいないのにコーヒーのおかわりが机の上に置かれる。
不思議に思ったが、そのコーヒーを運んできたであろう人物の方向を見て、何のことか理解する。
そこにはクラシカルなメイドの格好をしたもう一人の友人である、
「なんか随分悩んでるみたいね。例のゲームの話?」
「まぁそうだけど……」
いつからこの店はメイド喫茶になったんだ?
まぁいいか……。
有沙は、学科は違うが同じ高校の同級生で、実際は中学からの付き合いになる。ここカフェシルクは彼女の祖父が営んでおり、俺たちがこのカフェの常連になったきっかけでもある。
こうして学校が早く終わった日や休みの日はたまにウェートレスとして手伝いをしているのだ。とはいえ、今日みたいなコスプレは流石に初めてだが。これがキヌさんの趣味ではないので、おそらくは彼女の趣味なのだろう……。
因みに学科は俺たちは普通科、有沙は商業科である。
そんな彼女もアルターテイルズの抽選には応募しており、初回特典付きには応募していなかったが、俺たちがアルターテイルズをやると知ってから応募した追加分の方になんと当選していた。
本数的には初回特典付きより追加分のほうが少ないので倍率は比較にならない。ぶっちゃけ、俺より凄い幸運の持ち主になる。
因みに本人はそんなにゲームに強い興味を持っているというわけではないのだが、単純に俺たちと一緒に遊びたいというのが大きかったらしい。
確かに高校に上がってからは、別の学科になって、こうしてカフェで会うくらいしか会う機会がないのだから、なんとか共通の話題をつくりたかったというのも分かる。
だからといって、ダイブコネクトを持ってもいないのにゲームを買おうとするのは、いささか手順が飛んでいるような気もする。因みにダイブコネクトは最近の品薄で中々買えなかったらしく、ゲーム開始日にようやく届くらしい。
「そういえば有沙はどういう感じにしようか考えた?」
「まさか。私は蓮司みたいなゲーマーじゃないからね」
どういうことだと突っかかってくる蓮司であったが、有沙は舌をペロッと出して知らぬ顔をする。
それでもぼそっと「魔法とかは使ってみたいかな」と答える有沙。「それなら
「ふーん、魔術士かぁ。結構強いの?」
「あぁ強いな。βテストだと『前衛の
戦士は近接戦闘を得意とするジョブの中では最も器用に立ち回ることができると人気が高く、魔術士はそれの後衛版なのでほぼ同じ理由で人気が高かった。
「だけど、魔術士一つでも属性やスキルの種類で多種多様に分類されるから、そこから自分のスタイルを導き出すのはβテスターでもめんど……難しいと言われてる」
「えっ、マジ? あんまり考えるのはめんどくさいからやだなー」
折角蓮司が言い換えたのに、そのままぶっちゃける有沙。
そんな二人の様子を見て、コーヒーを啜る。
「あ、俺なら
召喚士について説明しよう。
と言ってもβテスターでないので全てはまとめサイトの受け売りなのだが。
召喚士とは従魔士同様にモンスターを従えて戦うジョブである。しかし、従魔士と決定的に違うのはモンスターを常に連れ歩く必要がないということ、そして召喚契約の難易度はテイミングの成功させるよりも遥かに簡単である。おまけにMPがある限り召喚することができるため、単純に手数が多い。
プレイヤーのステータス補正もあるため、正直従魔士よりもジョブとしての戦闘能力は高い。
因みに従魔士とは違い、条件を満たさなくても習得できる汎用ジョブなのでチュートリアル終了時には必ずなれるというのも高ポイントだ。
……と、熱いプレゼンが終わると、有沙は思わずパチパチパチとささやかな拍手を送っていた。
従魔士について調べているとどうしても関係する感じのジョブは気になってしまうので、ついつい調べてしまうのだ。
「へぇー。そういうジョブがあるんだ。ていうかそこまで熱く語るんなら、あんたが召喚士になればいいじゃない」
「いや! 俺は従魔士になるんだって! もふもふをモフりたいの!」
俺が従魔士に憧れる理由。それはさっき挙げていた従魔士のブログに載っていた、もふもふしたテイムモンスターに抱きついているスクリーンショットを見て、自分もモンスターをモフりたいと思ったからであった。マンションがペット禁止なのもそう思った理由の一つだ。
そんな、傍から聞けば実に子供らしい理由を聞いた蓮司と有沙の二人はクスクスと笑い、その笑い声を聞いて俺は憤慨するのであった。
因みに召喚士でももふもふをモフることは可能なのだが、時間制限付きなのでノーセンキューである。やはりもふもふは何時までもモフりたいからな。
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