第一章『精霊と従魔士』

ゲームが始まるその前に

フルダイブVR

 医療技術がさらなる発展を迎えた時代。


 医療技術の分野において、電脳世界に意識データを転送し、擬似空間において身体機能のリハビリや精神セラピーを行う『精神没入型電脳治療法【ダイブリハビリテーション】』が確立したのは今から10年以上前のこと。




 その治療法に用いられた技術はメタバースやゲームの分野でも流用できると分かり、多くの企業が意識データをサーバー上の仮想空間に直接飛び込ませる『フルダイブVR』を用いたゲームやメタバースを作り出していった。


 法律上、色々問題があったらしいが気付けばあっという間に『フルダイブ新法』みたいなものが成立して、認可を受けていた。こういう時の偉い人たちの行動力はほんと凄いと思う。




 しかし、当時はフルダイブVRを可能とする機材はかなり高く、情報処理する本体だけでも数百万もすることから一般には普及せず、限られたゲーマーしかプレイすることはできなかったらしい。


 そんな状況に心を痛めた、精神没入型電脳治療法を生み出した精神医療のスペシャリストと天才プログラマーの夫婦は、フルダイブVRマシンの専門企業である『ワンダー・エクシレル』社を立ち上げる。それが今からちょうど10年前の話だ。




 ワンダー・エクシレル社は、設立から5年の月日を経て、フルダイブVRを体感できるゲームサロン向けに複数人の意識データを一つの端末で並列処理することができる大人数処理型のフルダイブVRマシンを作り出し、それが空前絶後の大ヒット。


 それまでは数百万もする機械を買わなくてはいけなかったフルダイブVRが、ゲームサロンで料金を支払うことで手軽にプレイできるようになったのだから、話題にならないわけがない。




 俺も遊びたかったが当時はまだ年齢制限が16歳以上だったのでプレイできなかった。


 若者が休日にやることを聞かれたときの返答である「ゲームサロンでフルダイブ」はその年の流行語となった。




 こうしてワンダー・エクシレル社は一躍フルダイブVR界のトップとなる。技術開発者が手を出したのだから、当然と言えば当然ではあるのだが。


 そしてワンダー・エクシレル社は、とうとう個人用のフルダイブVR体感型専用ゲーム機である『ダイブコネクト』を開発する。それが今から2年前。




 値段は手軽に買うにはいささか高い6万ちょっとだが、ゲーミングPCやちょっと高性能な携帯を買うよりは安いということで概ね受け入れられており、ゲームサロンで導入されていたフルダイブVRマシンとアカウントで連携することで、全く同じゲームを家庭でプレイできることから、最初からゲームのラインナップも多く、評価はかなり高かった。


 もはや一人に一つ、ダイブコネクトという時代になりつつあった。ちょうど法律での年齢制限が12歳(中学生以上)となったのもこの時だった。




 そんなワンダー・エクシレル社、今度はダイブコネクトでプレイすることができるフルダイブVRを用いたMMORPGである『アルターテイルズ・フロンティア・オンライン』の開発を発表する。


 そのアルターテイルズ、ワンダー・エクシレル社が持ちうる全ての技術を導入したと宣伝され、多くのゲーマーたちが目を光らせる。そもそものフルダイブVRの生みの親みたいな人達が手掛けたゲームなのだから、凄まじいことになってるに違いないと思ったのだろう。実際その通りだった。




 アルターテイルズのβテストは、たった100人の枠に100万近くの応募が殺到する。その倍率、およそ1万倍である。


 そしてそこから勝ち抜いた僅かなβテスターたちは皆そのゲームを体験し、「もう一つの世界が存在した」と語る。


 視覚・聴覚・触覚だけでなく、味覚や嗅覚をも完全に再現したそのゲームは、ほぼすべてのβテスターから称賛を受けることになった。




 2週間のβテスト終了後、予約開始の案内とサービス開始時期が7月中となることが発表されると、一時的にダイブコネクトの在庫がネットショップから消えることとなる。まぁすぐに戻ったが。


 そんなアルターテイルズのソフトパッケージの初期に生産されるファーストロットのうち、初回特典付きのパッケージは抽選による予約販売となった。なお、βテスターは協力特典としてパッケージは無償で提供されるが、特典の方はなしとなる。




 因みに初回特典はゲーム開始時にランダムでアイテムを入手できるランダムアイテムボックスを2つ貰えるというもの。完全ランダムとなるが、確定で高ランクアイテムが入手できるギフトアイテムの一つで、基本的に使えるようになるまで取っておくか換金するかの選択になるだろう。その時点で使えるものなら、超ラッキーと思えばいい。


 その応募総数は明らかになっていないが初日に応募サイトがサーバーダウンする程度には応募があった筈なので、かなりの倍率となったことは間違いないだろう。ネット上では落選者たちの悲鳴が書き連ねられていた。




 その応募総数の多さが要因かは不明だが、初回特典はないもののサービス開始と同タイミングにログイン可能となる追加分のパッケージが急遽販売されることとなるがそれも抽選となり、かなり少なかったのかネット上では再び落選者たちの悲鳴が書き連ねられていた。


 因みにβテスター分や追加分も含めてファーストロットでプレイできるプレイヤーは1500人程度になる。尤も、その全員が本当にプレイできるわけではないのだが。




 結局、安定してパッケージが生産できるようになるのと、同時ログイン数の問題が解決できるのが11月中旬頃となることから、その時期にセカンドロットが販売されることとなる。


 第二陣と呼ばれるセカンドロットパッケージは最初は販売数が制限されることとなり転売も見られたが、次第に販売数が増えていき、本サービス開始直前となる6月の時点では常に在庫がある状態となった。


 なお、ファーストロットも含めて転売していたショップはいつの間にかその会社自体が物理的に無くなっていた。




 予約開始時は7月中としか発表されていなかったサービス開始日は7月の第3月曜日、いわゆる海の日になることが7月の頭に決定する。


 曰く、その日が応募ユーザーの大半であった学生がプレイするには最適だったからというものらしい。初日から祝日なのはサーバー的にどうなのかとも思ったが、そもそも数は絞っている状態なので問題ないのだろう。




 そんなこんなで、アルターテイルズのサービス開始日は刻一刻と近づいていた。


 それは同時に俺たちの学校では、一学期の終わりであり、夏休みの始まりが近づいていることも意味するのであった。

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