第6話 死と破壊と掃除を司る少女たち

イッシの投擲(とうてき)した石は、彼が思っていたよりも早い速度でトロルの肩に命中する。


そして、なぜかムチで叩いたかのような鋭い音が鳴り響き、しかも、トロルが絶叫を上げてその場で片膝をついたのであった。


「グォォォオオオォオォオォオッ!?」


「は?」


だが、彼が自分の引き起こしたことを理解できず呆然としている間にも、それを開戦の狼煙(のろし)だと受け取った銀と漆黒の少女たちはトロルの方へと駆け出す。


目にも止まらぬ早さでモンスターへと肉薄する姿はそれこそ稲妻のごとしだ。


銀髪をなびかせて大鎌を振るい駆けるアルジェの姿はまさに死神であり、漆黒のナハトが片腕で軽々と持ち上げた大木を振りかぶる様子は暴力の化身である。


イッシがまばたきをした瞬間に勝負のほとんどは決着していた。


死神アルジェがその体に似合わぬ得物を瞬時に2回振り回すと、トロルの両腕が面白いようにすぱすぱと切り飛ばされる。


ご丁寧にもアルジェが、その跳ね飛ばした腕を更に刻み付けるように鎌を振るうと、もはや原型もとどめぬ程ばらばらとなり地面を汚した。


そして漆黒の少女、ナハトはその性格通り、真っ直ぐにトロルの真正面まで駆け寄ると、手に持った大木をそのまま叩きつけたのである。


とんでもない轟音が鳴り響き、周囲にもうもうと巻き上げられた土煙が立ち上(のぼ)った。


だが、その一撃で終わらせるほどナハトはお上品ではないらしい。


土煙を打ち払うように再度、叩きつけた巨木を、今度は両手で振り上げると、おまけとばかりにトロルが倒れているであろう場所に、先ほどよりも遥かに力をこめて一気に振り下ろしたのである。


だが、今度は木の方がもたなかったようだ。


ナハトが戦いに酔いしれ、恍惚とした笑顔のままそれを打ち下ろした瞬間、大木が耐え切れず破裂してしまったのである。


その破片が周囲へと飛び散り、イッシたちのいる方にも飛んでくるが、彼は自分でも理解できないうちに体を動かし、後ろの少女たちを守るかのように、彼女たちにあたりそうな破片を見極めてその手で全て叩き落としたのである。


「さすが、私たちのマスターでございます。マスターほどの力を持っていらっしゃるのであれば、私どもの戦力を不安に思うのもご無理ございません。それにしても、お優しいうえに、そのようなお力まで備えていらっしゃるとは、まさしく私たちが仕(つか)えるに相応(ふさわ)しいお方です」


隣にいたプルミエがどこか赤面してうっとりとした表情をしてイッシに言った。


だが、彼にはなぜ自分にそんなことができたのか、さっぱりと分からないのである。


「いや、僕にこんな力があるはずが・・・」


しかし、最後まで言い終わる前に、緑の髪を長く背中に垂らした少女、空間把握能力を持つベルデが戦況を告げた来た。


「おわったみたいだよー。なんというか、あとかたもなしー」


その言葉にトロルがいた方向に皆は視線を集める。


だが、まさにベルデが言ったように、土煙が徐々に晴れていっても、あの巨体をほこったトロルの影はどこにも見当たらない。


いや、あの地面に落ちているぐちゃぐちゃになった肉塊こそがそうなのだろうが、もはやかつての形を思い出すのは不可能だ。


「どうじゃったろうか館様(やかたさま)、少しは役にたったじゃろうか」


「ごめんなさい、できるだけ固そうな木を選んだつもりだったんだけど、すぐに砕け散っちゃった。破片は全部、ご主人様が撃ち落としてくれたみたいだけど、なんだか余計な手間を増やしちゃったみたいで」


上目遣いに、やや緊張した様子で報告してくる二人の少女に、彼は色々と思うところを全て飲み込んでから、やや引きつった笑みを浮かべながら2人の頭を撫でてやった。


どうやらそれは正解だったらしく、アルジェもナハトも気持ちよさそうに、先ほどの戦闘時よりも余程陶酔めいた表情で、されるがままになる。


そうしてなぜか後ろから「わたしたちだって」「活躍さえすれば」「うらやましい」


といったひそひそ声が聞こえてくるが、彼にはその理由がわからず、ただなぜか鋭い視線が自分の背中に突き刺さるのを感じて首をかしげるのであった。


しばらくすると、おほん、と咳払いをして、プルミエが口を開く。


「もう宜しいでしょう。2人とも下がりなさい。マスター、目の前の驚異は排除いたしました。日が暮れてしまう前に空家(あきや)にたどり着かなくてはなりません。距離としてはけっこうあります。そろそろ出発しませんと」


イッシは頷くと、1000人のホムンクルスの少女たちを率いて、ふたたび森の中を移動しはじめたのである。


・・・

・・


「ここがベルデの言っていた空家か」


それは森から出るとすぐ目と鼻の先にあった。


石を積み上げて作った砦(とりで)であり、どうやら昔はここに軍が駐屯していたらしい。だが、今は使われていないのか、風雨と年月にさらされるままとなってボロボロの状態である。


「ごめんなさいー、ますたーをお迎えするにはふさわしくありませんでしたー」


そう言って申し訳なさそうにベルデが頭を下げるが、イッシは「いやいや」と首を振って笑(え)みを浮かべた。


「どうやら長年、人が使った形跡もないようだし、雨露はしのげそうだ。それに1000人が入っても大丈夫そうな広い作りじゃないか。これだけの条件をそろえている物件はそうはないよ。よくやってくれた。ただまあ、ちょっと掃除は頑張らないといけないけれど」


足元を歩いていく虫やら、顔にかかりそうな蜘蛛の糸を避けながら彼はそう言った。


「ますたー、ありがとございますー」


彼女は頭を下げると、少女たちの中へと戻って行った。


そしてなぜかベルデが戻っていった先のあたりでは、


「うらやましいわね!」とか「私にも活躍の機会をである」


といった言葉が聞こえ、しばらくザワザワとしていたが詳しくは聞き取れない。


彼は、さて、と言って室内へと視線を戻す。


今の状態でも住めないことはないだろうが、日本人であり、いたって普通の一般家庭で育った彼としては、やはり家というのは清潔なのが当たり前なのだった。


なので、目の前の状況というのは、何というか生理的に受け付けられないわけで。


「プルミエ、今から重要な指示を出すからよく聞いてくれ。大至急の命令だ」


その言葉に、新しい拠点にたどり着いて少しばかり気を抜いていた彼女は、マスターを差し置いて気を緩めてしまった自分に反省しつつ、すぐに気を引き締め直すと、彼の言葉を一言一句、聞き逃すまいと傾聴の姿勢をとるのであった。


そして、やはり思ったとおり、彼の口から紡がれた言葉に戦慄したのである。


「僕と君たち全員で、この砦の大掃除だ。今日は徹夜だぞ!」

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