第5話 一桁ナンバーの少女たち

「あそこにいるよー」


ベルデの声を潜めた報告にイッシとプルミエが背の高い草むらに身を伏せて、警戒するように彼女の言った方向に視線を向けた。


するとたしかに、草原のど真ん中に立つようにして、土気色の肌をした巨大な化物が周囲をにらみつけている。


どうやら、獲物がいないかを探しているようだ。


手に持った大きな棍棒という凶器には、かつて屠った相手の血がこびりついているのかドス黒く変色しており、とてもではないがただの高校生やいたいけな少女たちが立ち向かうことはできない相手のように思われた。


何も問題ございません、というプルミエの言葉を信じて、とりあえずここまでやってきたが本当に大丈夫なのだろうか。


そんな不安にかられながら背後を見れば、金色の瞳のみが共通したホムンクルスの少女たちがやはり静かに腰を低くして彼のほうを信頼するかのように見ている。


(いやいや、不安要素しかないんだが)


と彼が頭をがしがしとかいていると、隣にいたプルミエが、何をそんなに慌てているのですか? という、本当に理由が分からないとでも言った表情を浮かべてイッシのことを見ていた。


ええー、僕のほうがおかしいのか?


と彼の混乱にますます拍車がかかる。


そうしている内に、プルミエはベルデを呼び出した時のように、


「1桁ナンバーの者たちの内、戦闘技能をギフトとして持つ者たちはここに」


と、美しい声色でひっそりと囁いたのである。


すると、少女たちの中から最も幼い容姿をした銀髪の少女と、ホムンクルス達の中では珍しい褐色の肌をした、どこか活発そうな黒髪の少女が前に進み出てきた。


その2人にプルミエが静かに告げる。


「マスターは一刻も早く、安全な場所へ移動することをご所望です。つきましては、目の前の驚異を迅速に排除する必要がありますが、あなたたち二人でやれますか?」


いやいやいやいや、とイッシは大きな声を出せない代わりに内心で盛大につっこむ。


どう見ても目の前の少女たちで、あの巨大な生き物を倒せるわけがない。


彼がその無茶ぶりを止めようとしたとき、銀髪の少女が口を開いた。


「もちろんじゃよ。わしを誰じゃと思うておる。一桁のNo.0004じゃぞ。あれくらいのモンスターであれば、恐るるに足りんわ」


そう自信満々に言うと、どこから取り出したのか、いや、間違いなく突然、空間に現れたのだ、その巨大な鎌は。


そして彼女の小さな体に似合わない、何倍もあるそれを軽々とひとしきり振り回すと、にやりと意気軒昂(いきけんこう)に微笑んだのである。


幼い要望には似合わない挑発的な視線は、この界隈で自分にかなうものはいないと信じるトロル、という怪物に注がれている。


一方の褐色の肌を持つ少女も、やはりまぶしい笑顔を浮かべていた。


「嬉しいなあ。こんなに早くご主人様のお役に立てるときが来るなんて。任せておいてください。この手で奴の体を哀れな肉片に変えてしまいますから。あっ、ちなみに僕はNo.0008です」


そう言うと、子供らしい細い腕に一瞬オーラのようなものが走る。


そして、少女が隣にあった大木に、なぜか手を添えた。


すると次の瞬間、突然大地が鳴動し始めたのである。


イッシは地震かと慌てるが、すぐにそれが何であったのかを察する。


そう、褐色の少女の片手に、大地から引き抜かれた大木が、やすやすと持ち上げられていたからである。


地震は彼女が力をこめたことによって引き起こされたものだったのだ。


「ご安心ください。トロルごとき、No.0004、No.0008の敵ではございません。さあマスター、開戦の狼煙(のろし)は至高の存在が上げるものです。この石をトロルへとご投(とう)じください。そうしてモンスターが混乱したところを、彼女たちに急襲させますので」


プルミエはそう言うと、イッシの手に投げやすそうな小石を握らせてきた。


なるほど、今見せてもらった力の片鱗を信じるならば、彼女たちならばあの恐るべきモンスターですらも容易に打ち倒せるのかもしれない。


だが、少女たちを戦場に赴かせることに変わりはないのだ。


致し方のない状況とは言え、万が一ということはあろう。


彼は銀と黒の美しい髪をなびかせる少女たちを呼び寄せて言葉を告げる。


「信頼していないわけじゃない。ただ、やっぱり君たちみたいな可愛らしい少女たちをモンスターに向かわせるのは本当はつらいんだ。危なければ無理をせず、すぐに帰ってきてくれ」


そう言って、両方の頭をひとなでずつすると、彼女たちは感動したようにその身を震わせながら、


「なんと慈悲深い館様(やかたさま)じゃ。承知いたしました。わしに全てお任せくだされ。塵ひとつ残さず、かのモンスターを滅殺いたしましょう」


「No.0004の言うとおりだね。こーんな優しいご主人様に拾ってもらえるなんて、人形冥利につきるってもんだよ。大丈夫です、ご主人様。僕にかかれば一瞬で粉々ですよ。こ・な・ご・な」


なぜか余計に戦意を高揚させてしまったようだ。


イッシが余計なことを言ったかぁ、と後悔していると、


「あっ、そうだ」と黒髪の少女が言った。


「戦う前に僕と彼女の名前が欲しいな。死ぬかもしれないからじゃないよ。これからずっとご主人様のために戦う僕らが、この大切なはじめての戦いを忘れないために」


そう言うと2人はじっと彼の目を見つめる。


ああ、たしかに戦いの勝利を願って名前をつけるのは良いアイデアだ。


彼は思いついた名前を2人へと贈る。


No.0004と呼ばれた銀色の少女にはその色を示す「アルジェ」。


No.0008と呼ばれた漆黒の少女には夜を示す「ナハト」という名を与えた。


彼女たちは満足そうに微笑んだあと、すぐに獲物を見つけた時の肉食獣のごとき獰猛な笑みを浮かべるのである。


イッシはそれを確認すると、トロルの背中目掛けて握らされた石を投擲(とうてき)したのだった。

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