第4話 勇者たちは正義の味方?

「ちっ、遅かったか。ここにいた邪悪な人形どもはどこにいった」


そう言って不機嫌そうに吐き捨てた男は、まだ若い端正な顔立ちをした青年であった。


柔らか気な髪とスマートな体型、だがその体についた引き締まった筋肉は、彼が年相応のただの青年ではないと伝えていた。


「ほほっ、仕方なかろうて。さっき岩の下で見付けたセイラムじゃがな、長年この王国で悪しき邪神を復活させようと活動していたかなり高位な魔法使いじゃった。最後は間抜けにも、召喚魔法に気を取られて岩の下敷きになったようじゃがの。邪神の角も近くにあったぞい。まあ、そんな大陸でもトップクラスの魔法使いが張った防御結界と迷わしの呪文。それにゴーレムどもを使った防衛機構を打ち崩すのは容易ではなかった。わしの魔力もすっからかんじゃよ。おぬしだって戦ってよく分かっておろう。のう、勇者カザミよ」


けっ、とその説教じみたおいぼれの言葉に舌打ちをすると、


「そんなことは分かってんだよ、うるせえジイさんだ。王国からの指示は、そのセイラムってやつの始末と、可能ならば人形どもも破壊しておけってことだったろう。だが、ホムンクルスたちの影も形もないときている。なんだか不思議な話じゃねえか」


ふむ、とジイさんと呼ばれた魔法使い、王国でも随一の魔力を誇る、魔法学院顧問のバザル翁(おきな)は頷く。


「まあ勇者の言う通りじゃな。ホムンクルスは人の命令があって初めて動くものたち。人の造りし邪法の産物に過ぎん。邪神復活には1000の処女の娘たちの命が必要とされておった。そのためにホムンクルスを1000体、ここで製造していたようじゃが、はて、どうしたことかここにはおらん」


一体、セイラムは何を考えておったのじゃ。

少なくとも、逃げる様な指示を出す暇があったようには思えぬのじゃが・・・。


そう呟くが、その少女たちの行方を追おうにも、かつての大空洞は自分たちがゴーレムたちと戦った際に放った大魔法や山をも切り裂く勇者の一撃によって、大崩落を起こしており、自由に歩き回れるような状態ではない。


かろうじて、一番の目標であったセイラムの命を奪い、邪神復活の召喚儀式に使う、邪神の角を見付けることができたのだが。


その時、また再び天井から大きな岩が次々と落下し始めた。


どうやら、本当に崩れる寸前らしい。


「くそったれが、これ以上の調査は無理だな。おいジジイ、急いで外に出るぞ」


「やれやれ、人使いの荒い勇者じゃな」


そうした会話が繰り広げられた次の瞬間には、二人はすでにセイラムの魔術工房に通じる隠し階段を人とは思えぬほどの速度で駆け戻って行ったのである。


・・・

・・


「ぷはっ、すごい蜘蛛の巣だったな。プルミエもみんなも大丈夫だったか」


そう問いかけるイッシに、ぞろぞろと洞窟の出口からはい出る少女たちは一様にうなずいた。


場所は森の中で昼間のようだ。


1000人もいるので、全員いるか一瞬では分からないのだが、


「マスター、申し訳ございません。少しお待ちくださいませ。No.0233、ちょっとこちらへ」


プルミエがそう言うと、緑の髪を長く背中に垂らした少女が彼の近くに走って来た。


「なんでしょー」


気の抜けた返事だが、プルミエは気にせずに言葉を続けた。


「私たちにはセイラム様から一般的知識のほかに、一人に一つ、先天的魔法技能と呼ばれるギフトが付与されているはずです。実験的な試みであったようですが、もしも成功しているとすれば、確かあなたのは広範囲に何があるか分かるという空間把握能力だったと思いますが、間違いないですか」


その言葉に、緑の髪をしたNo.0233と呼ばれた少女は、「そですー」と頷くと、「えいさー」と両腕をバンザーイとする。


すると、あたりに魔力がまるでソナーのように広がるが、緑の少女以外にはその魔力は感知できない。


そう、相手に感知されることなく、魔力を発信し、それによって広い範囲の状況を把握するのが彼女のギフトなのだった。


「把握、かんりょー」


「分かりました。ではマスター、周囲の状況についてお知りになりたいことがありましたら、このNo.0233にお聞きください」


イッシはいきなりの展開に頭があまり追いつかないのだが、言われるがままに緑の少女へと質問する。


「えっと、よろしく。ギフトとかなんとか、よくわからないが、質問は全部後回しだ。とりあえず森の中は危険なのと、勇者とかいうのがまだ近くにいるかもしれない。だからすぐにどこか落ち着ける安全な場所に移動しようと思う。だが君たちは普通の人たちに見つかると騒ぎになってしまうだろう。人がいない場所で、大きな空家なんかが都合の良くあったりしないかな」


そう言うと、少女は「ありますよー」と気の抜けた返事をした。


「本当か。よし、すぐにそこに移動するとしよう。ああ、それから、君たちは1000人いるはずだが、誰も逃げ遅れていないな」


少女は頷きながら「だいじょーぶ」と口にした。


よし、とイッシが早速行動を開始しようとすると、なぜか、その少女が「ますたー」と言いながら彼の袖をつまんでいる。


はて、なにか聞き漏らしたことがあったろうか、と向き直ると、彼女はもじもじとしながら、ねだるような口調で彼に言った。


「あのーわたしも名前がほしーです。No.0001だけずるいーです」


そう言うと期待する眼差しでイッシの方をじーっと見つめる。


急がないといけないのだが、可愛らし少女のお願いを断るなど、彼にはとうてい出来ない。


うーん、と少し考えてから、よし、と言って告げる。


「君の名前はその美しい緑の髪からとって、ベルデでどうだろうか」


すると彼女は、ベルデ、ベルデと何度もつぶやいてから、「えへへー」とにっこりと笑った。


「これで私もますたーのものですねー」


そう言って腕にぎゅっと絡みついてくる。


だが、次の瞬間、プルミエが引き離すように間に割って入った。


「ベルデ、マスターに対して慣れなれしいですよ。今は何よりもこの場所から逃げることが大切です。周囲にモンスターなどがいないから良いようなものの」


そこまで言うと、ベルデが「うーん」という声を出した。そして、


「ごめんなさーい。ごほーこくが出来てませんでした。その空家に向かうとちゅーにですね、大型のモンスターがいるよーです!」


なんてこった。モンスターと言ったら、ゲームなどでよく見かける、あの獰猛な化物たちのことだろう。


そんな奴らと彼や目の前のいたいけな少女たちが戦えるはずもない。


せめて武器でもあれば話は別なのだろうが、高校で試験を受けていた彼には所持品が何もなかった。


やむを得ずイッシが迂回を提案しようと口にしかける寸前、プルミエが言った。


「では、それを殲滅し、一刻も早く安全な場所へマスターをお連れすることといたしましょう」

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